玻璃 | nobumiさんちのおねえさんの天然石の話

nobumiさんちのおねえさんの天然石の話

水晶やパワーストーンと日常のあれこれ

いやいや、このあいだの続きを書こうと思ってね・・・。
大した話でもないんですけど・・・^^;


仏教七宝の一つに「玻璃(ハリ)」というのがあるのを、ご存知でしょうか。
仏教七宝というのは、仏教に伝わる7つの宝物で、極楽浄土の美しさを表すと言われています。
それ以上は、私も宗教にはあまり詳しくないので、細かいことは聞かないでください^^;
その「玻璃」というのは、水晶のことを指します。

水晶は日本の国石でもありますし、世界各国いたるところで産出されます。
透明で綺麗で、さらにカットを施すと、あちこちから光を取り込んでキラキラ・・・。
今でも美しいと思うものですから、昔の人は、現代人にもまして、美しく見えたことでしょう。

ところが、現代でも見分けるのが難しい「水晶」と「ガラス」。
今でこそ様々な鑑別方法で見分けることができますが、昔の技術では、違いを図るのは、難しかったに違いありません。
今でも、水晶玉かどうか見るために、文字が逆さまに見えるかどうか、見る人がいるくらいですから。

(ちなみに、透明な丸い玉を覗いたら、その素材が何であれ、向こう側のものは逆さまに見えます。
これは、その形状がなせる技であり、中の成分とは全く関係がありません。)

その透明な物体、ガラスなのか水晶なのか、もしかしたら昔の人は、見分けるどころか、違うものだという概念すら、持ち合わせていなかったかもしれません。
無色透明な物体=玻璃となり、それは、水晶だろうがガラスだろうが、大差なかったに違いありません。


時々、お客様の中に、どこかのお寺で買ったのだから・・・と、ブレスレットやお念珠を見せてくださる方がいらっしゃいます。
信心深い方なのでしょう。
私のように、無宗派の人間が話を合わせても、どうせボロが出てしまいます。
「素敵ですね^^大切にしてください」
と、言葉を濁すことにしています。

ところで、その「お寺」で買ったのかもらったのか、よくわかりませんが、大切にされているブレスレットやお念珠。
「お寺で頂いたのだから」と、当然のように、水晶あるいは天然石だと、信じて疑わない方が大勢いらっしゃいます。

お寺さんがされることですもの。
偽物であるはずがない・・・・・・。



さてさて、水晶が本物でガラスが偽物だなんて、いったい誰が言い出したことなんでしょうか。
お念珠というものとしては本物なのに、ガラスやプラスチックで作られていると、偽物なのでしょうか?

私の妹は、仏教系の大学を卒業していますが、卒業の際、卒業生一人ひとりにお念珠がプレゼントされたのだそうです。
その珠は紫色・・・・。
なんにも言われていないのに、勝手にアメシストだと信じて疑いもしませんでした。

私がこの仕事を始めるようになった後、何かのきっかけで妹が仕舞ってあったお念珠を引っ張り出してきました。
「おねえちゃん、これってなんの石?」
何も考えずアメシストだと思い込んでいた私は、手にとって違和感・・・。
「ん?石じゃないねえ・・・」

それは、紫色のプラスチックを綺麗にカットした珠で作られたお念珠。
確かに一見、アメシストに見えてしまいます。
しかも、お寺から頂いたものだという予備知識が加わり、=アメシストの方程式が頭の中で出来上がってしまっていたのです。

よく考えたら、妹の卒業した大学は、一応それなりに大きな大学です。
学生数も膨大な数でしょうから、そんな学生一人ひとりにアメシストのお念珠だなんて、それも毎年だなんて、お寺の経営も圧迫しかねません。
(個人の勝手な思い込みによる記述です^^;)

お寺としては、これからも信心深く、精進しなさいという意味で贈ったのでしょうから、珠は何であっても構わないわけです。
水晶やアメシストである必要性など、全くないのです。

お念珠とは、そもそもお経を読んだ数を数えるために使われるもの。
なので、珠の素材はなんでもいいのです。
大切なのは、その珠の「数」なのですから。


お寺の方々は、宗教家としては立派な方であると思いますが、石の世界では素人同然です。
水晶とガラスの違いなんて、見分けることができない人の方が多いのです。
宗教の世界には、そんなことよりも大切なことが、多分たくさんあって、念珠の珠が何でできているかなんて、取るに足らないことなのかもしれません。

そもそも、仏教七宝として大切にされている「玻璃」だって、実際は水晶だったのかガラスだったのか、疑わしいものです。
昔の人からとってみれば、どちらも同じくらい美しいものだったのでしょうから。


お寺さんが信者さんに託したのは、信仰心であり、水晶などではありません。
素材はなんであれ、お念珠としてはまぎれもなく立派な「本物の」お念珠です。
石じゃなかったからって、何がいけないんでしょうか。
ちゃんとお念珠としての役割は果たせます。

どうしても水晶のお念珠が欲しければ、仏具屋さんなどで買えばいいのです。
なんだったら、うちにもあります^^
念珠のオーダーも(外注で時間はかかりますが)できるので、好きな石で作ればいいのです。


ガラス玉でできたお念珠は、仏教七宝「玻璃」で作られた、立派なお念珠です。
現代の概念にとらわれて、本質を見失わないでください。
石じゃないと効果がないわけではありません。
煩悩の数を割った数で、ちゃんと作られているはずです。


お寺さんからありがたく頂いたお念珠に難癖をつけるのは、本当にナンセンスです。
手元にある玻璃のお念珠でお経を読んで、ちゃんと精進していただきたいものです。
信仰心は、手元にはなく、心の中にあるはずです。


(すいません・・・私の心にはあるんでしょうか・・・信仰心・・・・)