患者を殺してもいい | いっぺん死んでこい〜女医NOBUKOのブログ〜

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生き方も死に方も自分で決めよう、ついでに親の見送り方も。
内科医23年の女医が語る、生き方・死に方・日常のあれこれ


テーマ:
よし、焚き付けられたので←
普段言ってるけど書いてないことを書いてみる(笑)




国はさ、医療費始め財政パンクしてる

で、今まで病院で死んで来た人たちを
どんどん病院では死ねないようにして
経費削減してきてる

のためには、老人ホームとか自宅で死ねるようにしなきゃいけなくて、訪問診療とか往診(厳密に言うと保険点数違うから敢えて分けてみた)する医者を増やさなきゃいけない

から、そっち方面の価格を上げた
→訪問診療始める医者が増える
(この頃私もバイトで始めた)

老人は1割負担で受けられるからさ

基本毎月6500円位+αで24時間医療機関と連絡取れたり、薬の指示もらえたり、診察が必要なら診に来てもらえて、入院が必要なら段取りもしてくれて、もちろん看取りもそのままできる

残り9割は国から医療機関に入るんだけどさ



これ365日24時間体制で
やってんのよね、こちとら
私みたいに真面目な医療機関ならね




もちろん、それ謳うくせに夜は電話に出ない
医療機関もたくさんあるし

診療費取りっぱぐれない生活保護狙って
ドア開けて「元気ですかー」て声かけるだけ
で診療報酬請求する輩が出てきたりしたのと
これから多死社会になるに向けて





死んでく老人に
お金かけられないよね、国は
だって非生産部門だもんね



もちろん公言しないよ?政治家は。
だから、医療価格の定価を下げる、2年ごとに

定価が半分になれば国も支出が半分\(^-^)/
老人も半分\(^-^)/
私たちの収入も半分。。。泣



でも命の重さ?(重さがあるのか知らんけど)は
変わらないよね。そしてどんどん多死へ



だから、診療報酬目的でこの業界に手を出した先生達は、撤退していったよ、サーーーって
割に合わん、て

だってそうだよね、病院で勤務医やってると
当直、外来、事務仕事、休みetc
なんも自分で決められる自由ない(事が多い)

だから開業するんじゃん

それなのにまた24時間365日とか選ばんでしょ普通

でも開業したはいいけど
あの先生は点滴もしてくれない  とか
熱出てんのに抗生物質ももらえなかった  とか
いろーんな口コミでまた、自分の思い通りの経営ができないジレンマもあるわけよ



で、厚生労働省の誘導で診療費高いものに
2年ごとにフラフラ〜ってなって
ある年突然価格をガーーンと削られて
(この業界では厚労省のハシゴ外しと言う)
そこから手を引く、っていうね


それをここ何回か2年ごとにガンガン下げられてたんだけど、うちはそれでも、私とスタッフが食べていけるだけの収入あったから閉めなかった


そもそもその収入欲しくて始めた仕事じゃなかったし、仕事楽しくて、しかも高齢者に癒されてたから、もちろん続けた
(だから今回の引越しで売却したのは、同業の先生からしたら羨ましがられた)




でもね、国はハッキリもの言わないけど
そして多くの国民も思ってると思うけど(知らんけど)診療報酬下げた、て事はさ




老人は、はよ死ね



って事だと思ってる
そうやって、国は暗に私たち医者に伝えてる
と思ってる



お前ら老人に濃厚な医療したら
ぶっ殺すぞ?てね




まぁそれとは全然関係ないレベルで
延命は本当に無駄で本人にとって可哀想で
見送る側のエゴを満たすためだけにしてる行為と思ってる

(あ、もちろん本人の意思で望むものは
延命治療とは私たちは思ってない)



だから本来の人間の機能を果たさなくなった時

例えば

ご飯食べられない  とか  誤嚥
腎臓で尿を作れなくなった
自分で呼吸ができない
心臓が止まりそう

は、なんともしたくないのよね
私たち手を出したくない
やったって、遅かれ早かれ死ぬんだもん


そのまま死なせてあげてよ、て思うから
もちろん言葉で誘導しますよ

だって見送る方は、提案された医療技術を断ったら
見殺しにする感覚持つ人がたくさんいるから




医者はその家族の罪悪感を
引き受ける覚悟はできてる



覚悟っていうか
私たちにできることなんて限られてて

本人の生きたい気持ちとか
あーもう頑張らなくていいんだー

って気持ちの前に、生死を何とかする事なんてできない、って、仕事すればするほどわかってくる事


でもそんなの家族はわからないし
罪悪感も感じたくないから

正解(もっと何とかできる方法)を探して躍起になる


でも当の患者本人は
家族には迷惑かけたくないって思ってるし、頑張る



「頑張る」とか「迷惑かけたくない」って
日本の宗教てか、洗脳だからさ、ある意味


この、今死ぬ世代の人たちの「頑張る」と「迷惑かけたくない」ていう意識はひっくり返せないんだよねー、いくら言っても



その構図を嫌という程見てきて
もちろん私も上手に誘導できなかった後悔もあるからこそ、今思うのは、過激な言葉を使えば




患者を殺してもいい




ほんと、この業界にいると
絶対表にはみんな言ったり書いたりしないけど
医者もナースも思ってるしわかってる事




あ、私が引き金引いたな



ってね


でもそれは、年々

あの時引き金引いて良かったんだ
てか、あの時がタイミングだったんだな
ってわかってくる事


「もう病気に負けてもいいんですよ」って私が言って「病気に負けてもいいかぁ」って患者さんが言って、そのあと夕飯食べて亡くなった時は、あぁ魔法の言葉だったんだなーって




でもこれはあくまでも、高齢者とかがんの末期とか
本当に死期が近い人の話ね




患者を殺してもいい




って、昔の私が言われたかったな




どうしてこの治療受けないんだろう?
どうして家族はこの人にお金をかけてあげないの??
私なら絶対こうするのに!!

って正義感溢れて患者さんにイライラしてた
あの頃の私にね





患者を殺してもいい





それはまんま、家族にとっては



家族を殺してもいい(見捨ててもいい)
介護適当でいい
介護したくないって言ってもいい
老人ホームに親を入れてもいい
お金出さなくていい
てか文句言うならお前がやれよ!って言ってもいい




て事だからさー  
お金と自分の人生かけても
死ぬ時はその人のタイミングでしか死なないよ?
てか、やればやっただけ長生きするとか思ってる?





おこがましーわ(笑)






ほんとは政治家も思ってる事
老人にお金をかけたくない
はよ死ねって思ってる
でも有権者失うから言わない
本人も老人なんだけどねーー



だから私は健気に生きてる老人が愛おしいんだなぁ
祖父母がまんまそういう人達だったからT_T



退職前の老人ホームでの風景
この佇まいだけで癒されるんだな、私は






あースッキリした!

背中押されたらすぐ動ける自分に乾杯だ!
(コーラかオロナミンCで)




おわり

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