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細木信宏の良い映画を観よう!

フィルムスクール卒業後、テレビ東京の番組「モーニングサテライト」のニューヨーク支局を経て、アメリカ国内枠で数々の映画を取材し、シネマトゥデイ 、映画.com、リアルサウンドに寄稿。自身の英語の映画サイト、https://cinemadailyus.comも立ち上げた。

今日は、映画『竜とそばかすの姫』のアメリカの公開に先駆けて、細田守監督の単独インタビューした記事を公開します。

1991年に鑑賞したディズニーアニメ『美女と野獣』からいかに今作が手掛けられていったのか、そして主演を務めた中村佳穂さん選んだ理由、主人公を女子高校生にした経緯は、インターネットの誹謗中傷、仮想世界”U"の制作過程などについて語ってくれています。興味のある方は、読んでみてください。

 

 

 

 

Q : 今作は、アニメ映画『美女と野獣』に影響を受けたそうですが、あの作品は当時、ニューヨーク映画祭ではワーキング・イン・プログレスの未完成の作品が上映されましたが、それでもかなり高い評価を受けました。どのアニメーターたちに聞いても、あの映画に影響を受けている人は多いですが、細田さん自身はあの作品のどの部分に惹かれたのですか?

 

細田守 : 当時、僕は大学を卒業して、東映アニメーションに入ったのが1991年でした。仕事を始めて、アニメーションの現場で非常にとても大変で、しんどいなぁと思って、アニメ以外の良い仕事が何かないかと、自分の中でグラグラしていた時でした。その時に、ディズニーのアニメ『美女と野獣』が公開されて、アメリカでは1991年ですが、日本では1992年に公開されていました。それを見て、素晴らしいと思ったんです。

 

それまで、アニメの仕事を辞めようと思っていたけれど、映画『美女と野獣』を見て、こんな素晴らしい映画ができるんだったら、もっと頑張ってアニメの世界でやっていこうと思わせてくれた映画でしたね。その時は仕事を始めばかりで、まだ貧乏だったけれど、映画『美女と野獣』の2万円するボックスセットを買って、その中にニューヨーク映画祭で未完成のまま上映されたワーキング・イン・プログレスの映像も含まれていたんです。それはプロの目線からだと、余計にディズニーのアニメスタジオが、どのくらい複雑なプロセスを経て作っているのか垣間見えたんです。それは、自分自身がアニメーションを学ぶうえで勉強にもなったし、作品自体も自分自身を励ましてくれました。やはりすごく重要な作品でした。

 

Q : 今作では女子高生を主人公にした経緯は、学校という閉鎖的な環境で授業を受ける中で、クラスの仲間との同調、プレッシャーみたいなものが描きたかったのが背景にあるのでしょうか?

 

細田守 : もともと、『美女と野獣』をインターネットの世界でやると面白いと思ったんです。それが『美女と野獣』の2面性とインターネットの2面性が響き合うんじゃないかと思いました。野獣の暴力的な外見と優しい心という2面性、同じようにインターネットも現実の自分とインターネット上の自分と、ちょっとずれているというか、そういう2面性が響き合うと思ったんです。そこで描く現代の美女は、すごくクラスの隅っこで俯(うつむ)いているような人だと思ったんです。すごく生き生きとしたクラスの中心にいる人じゃなくて、インターネットの中は、世界中の人と繋がれるけれど、一方で自分を孤独に追い込んでしまったりとかもあったりとか、自分の身近な人間関係がグループラインとかで可視化されてしまうわけです。つまり、学校内のヒエラルキーがすごく目に見える形で現れたりする。そういう中で、インターネットを題材にするんだったら、個人が抑圧されているということがすごくあるんじゃないか、それを今の現状としてしっかりと描きたいと思ったんです。

 

Q : 30代以上の人々は、インターネットがない時代も経験していますが、今の子供はインターネット社会で生きてきたため、大人よりもネットの反応に敏感になりすぎたり、頭を悩ませたりする一方で、大人はある程度インターネットと距離を置くことができます。今作では、その大人と子供とのインターネットの接し方の乖離が、今作では重要なのではないでしょうか?

 

 

細田守 : これは大きな認識の差があると思うんです。例えば、僕ら(大人)にとってはインターネットは道具だと思うんですよね。手紙や電話する代わりにメールをしたりとか、チャットしたりとかできるという道具でしかないんですけれど、もっと若い人にとっては、(インターネットは)もう一個の現実なんですよ。つまり、生まれた時からあるわけですから、インターネットにもう一つの現実の世界があることこそが、そこに世代的な断層や乖離があると思います。インターネットそのものが、現実の世界としてなくてはならないものとして社会が変化していったり、メタバースみたいなものが起こっている以上、後に全世代的に、この2つの世界がある中を生きていくことにやがてなると思います。

 

この映画では、若い人を中心に描くことで、僕らが体験する未来が、どういう風になっているのか、やっぱりわかりやすくなるんだと思います。そういう中でやはり若い人が今、どういう風に可能性を感じて、どういう風な所に苦しめられているのかは、非常に端的に描きやすいんです。今回の映画の中でも、『美女と野獣』のように恋愛する前に、クラスの中でのスクールカーストの中でのヒエラルキーがまず乗り越えられない、非常に抑圧された中を生きているんだというような現実を、ちゃんと表現する必要があるんじゃないかなと思い、そこはしっかり描きましたね。

 

Q : インターネットの仮想世界、U作ったエリック・ウォンさんとはどういう形で出会い、どういう風にUの世界を作り上げていったのか?すごく美しくて綺麗で、こちらのアメリカの批評家もディズニーでは見られない映像だと評価していました。

 

細田守 : 僕自身は20年前からインターネットを舞台に映画『デジモンアドベンチャー ぼくらのウォーゲーム』、『サマーウォーズ』などを作っていて、そういうものを経て、もっと現実的な空間の中で、インターネットのイメージをどうビジュアル化するかということを考えてきたプロセスもあるんです。けれど今回は、もともと主人公がインターネットの中で才能を開花させるというお話なものですから、現実にも埋もれた才能があるだろうと、隠された才能があるのではと思って探して、その人と一緒に作品を作りたいみたいな感じがあって、結構探しました。

 

そういう中で、インターネットの中であるポートフォリオを見つけて、その作品がすごく良いので、どういう人かわからないけれど連絡をしたら、その人がエリック・ウォンさんという名前の人で、ロンドンに住んでいる27歳の若い建築家でした。その人がやはり凄い才能を持っていて、映画で表現していることと、実際(インターネットの仮想世界)の作り方が一致していたんです。そういう風に見つけて作りました。その中でどういう風に作っていくかというのも、現実とインターネットが限りなく近づいている目眩く大都市というのを、どのように非現実的に表現するか、抽象的に飛躍させて表現するかというところを中心に考えて描きました。彼は建築家と言っても、仮想建築家なんです。

 

Q : 映像で表現していく建築家なんですか?

 

細田守 : そうなんです。実際に家を建てたりする建築家じゃなくて、もっとコンセプチュアルな建築家なんです。彼がそういう人だったことも含めて、すごく幸運な出会いでしたね。そんな中で、新しくインターネット世界を表現するための機知を、お互いアイデアを出しながら作っていった感じですね。

 

Q : 中村佳穂さんは、お芝居経験がないそうですが、歌唱力だけでなく、芝居として演じる声優としての魅力があると思いました。彼女のような逸材をどのように発見したのですか?

 

細田守 : 今作は歌を中心にした作品なので、歌の表現力がなければしょうがないと思って、いろいろな分野で探したんです。その役者さんで歌が唄える人とか、声優さんで歌が唄える人とか、ミュージカル俳優の人とか、いろいろな分野の中で探して、そんな中で中村佳穂さんがやはりすごく表現力を持っていたんです。その時は、未だ歌上手い部分しか見れていないので、中にはカラオケで高得点を出すような人はいっぱいいたのですが、ただ、そういう歌が上手いということと、表現力があるということは、ちょっとやはり違うと思っていたんです。歌が上手い人は必ずしも表現力があるとは限らない。そういう中で、中村佳穂さんは特別な人だったんです。

 

オーディションの時は先入観がなく聴いていたけれど、演じてもらったらすごくリアルで、ビビットだったんです。すごく俳優とは全然違うアプローチでした。でも、歌を唄う人は半分演じていることもあるというか、レディー・ガガとか、銀杏BOYZの峯田さんが、ミュージシャンが役を演じるということはあると思うけれど、俳優とは違った独特の魅力があるんです。もちろん、その全員が上手いわけじゃないけれど、ミュージシャンの中でも演じたら俳優とは違った魅力を出す人がいて、それが中村佳穂さんで、彼女と出会えたのはすごくよかったですね。そんなむちゃくちゃ有名な人ではないけれど、この映画をやはり日本で見て、中村佳穂という凄い人がいるんだ知った人が多かったことは、やはり嬉しかったですね。

 

Q : このコロナ渦で、インターネットに芸能人の自殺のニュース記事が掲載され、多くの方々が不安になったり、将来を不安視したかもしれません。今作では、言葉の暴力と言葉に愛を宿すというか、言葉に愛情を持つことで、「生と死」の部分を深く抱えている部分が描かれていると思います。細田さん自身は今作を描くうえで、どういった部分に気を付けていたのですか?

 

細田守 : それは先ほども言いましたが、インターネットが単なる道具ではなくて、もっと人の生死にも影響を与えるくらいの世界になっているということだと思います。今のインターネットの誹謗中傷の問題においては、インターネットの中にはフェイクニュース、政治的な中立性が保てないなど様々な問題があります。去年の東京オリンピックでもアスリートに対した誹謗中傷が凄くて、そういうのも含めてキャンセルカルチャーの行き過ぎな点とか表立っています。パンデミックであることで、人に対して攻撃的になりすぎるところが世界的な傾向としてあると思います。

 

やはりそういう現実はしっかり描こうと思っていますが、そういう中でも決して悪いことばかり、困った問題ばかりじゃなくて、インターネットを通して良いこともあるという、悪いことと良いことの両面を描きたいと思っていました。そういうことを体現する主人公が、インターネット世界を通して出会った人が現実で問われている問題について、ちゃんとコミットする部分を描きたかったです。主人公が幼い時に、お母さんを河原の事故で亡くしていて、その母親は名前も知らない子供を助けて、お母さんが死んでしまうんですけれど、同じことを主人公のすずは成長してインターネットを通してするわけです。自分の母親と同じように、名前も知らない少年たちを助けることになる。そのことによって、当時はわからなかった母親の思いを、自分で引き継いで体現することになるんです。何か単にトラウマだけではなく、何かを乗り越えて成長していく姿をインターネットの中で描きたいと思ったんです。

 

Q : アメリカの観客に今作のどういった部分を学んで、あるいは得て欲しいのか?さらに、アカデミー賞でディズニー映画を抑えて賞を取ったら凄いと思いますが、いかがでしょうか?

 

細田守 : アカデミー賞にノミネートされるかわかりませんけれど、今、変化している世界の中で、この『Belle(米題)』という作品にまとまったということは、変化する現代を表しているんだという風に思います。やはり、どういう風に変化したかというのは、映画『美女と野獣』を下敷きにすることによって、何が変わって、何が変わらないかは作品に現れていると思います。かつての美女を、現代だったらどういう人を美女と呼ぶのか、自分自身がもう一人の自分自身をインターネットで出会って強くなることで、守るべき人を守るという、そういう強さを通して、そんな中に現代の美しさや美というものを見出して欲しいと思っていて、そういうことをこのアニメーションの中で表現できたと思います。

 

アニメーションは、つい子供のためのものとなりがちですけれど、技法はアニメーションですが、現代と向き合って、現在の問題の中で、やはり若い人がどうやって生きているかということについて向き合って作品を作っていくかを描くことで、社会全体が変化していくと思います。だから良くも悪くも、アニメーションに対しての偏見を取り除いて、大人も子供もこの現代のインターネットと関わっていて、変化する社会の中で、どういう風に生きていけば良いのかをみんな模索しているということについて共感する作品になっていると思います。そういうところを、みんなに是非見ていただきたいと思っています。