アルビノ白くまのぽかぽか日和ヾ(=^▽^=)ノ -28ページ目

アルビノ白くまのぽかぽか日和ヾ(=^▽^=)ノ

アルビノという個性と共に暮らしています。

日々感じた事、思った事を綴っています♪


今回の長崎滞在でも一旅一冊として本を購入しました(^_^)ノ

今回は11日間の長崎滞在なので、以下の3冊の本を購入しました。


NHKサービスセンター

ラジオ深夜便 2140年1月号 no. 162

定価350円

これは、なんと言っても我らが ね~ちゃんのインタビュー取材を受けた記事

113ページ

老いの暮らしを創る…69

「みんなと違っていい」社会を

村田幸子

是非、読んでいただきたい内容になっております。


そして、次の本は「置かれた場所で咲きなさい」の著者の渡辺和子さんの新しい著書


幻冬舎

面倒だから、しよう

渡辺和子 著 ( ノートルダム清心学園理事長 )

定価952円+税

前作もとても良かったので、新作も楽しみしております。


そして最後の本は今回の結婚で仏前結婚式をさせていただくご縁を感じ仏教の本も購入しました。


永岡書店

小さな心からぬけだす
お坊さんの1日1分説法

彼岸寺 著

定価1200円+税

内容は読まないと分かりませんが、帯にある説明だとWEB寺院「彼岸寺」という場所でご活躍されていらっしゃる宗派の違うお坊さんたちのお話みたいですね。

彼岸寺|超宗派仏教徒によるインターネット寺院
http://www.higan.net/

こんなサイトがあったんですね~♪

これからの長崎滞在で読むのが楽しみです。


今年一年で、とても素晴らしい本との出会いがありました。

何十冊読んだか忘れましたが、今年の一冊として選ぶとすればなんと言っても、私たちアルビノ当事者そして家族の現状を丹念に綴ったフリージャーナリスト 川名紀美さんが河出書房新社より出版された「アルビノを生きる」でしょうね。

私もこの本に当事者のひとりとして、関わらせていただき長年の夢だったアルビノの本の出版だからです。

アルビノを生きる :川名 紀美|河出書房新社
http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309021911/

この本を通じて、一気に広まるのではなく、ひとりひとり手から手へとゆっくりでも確実にアルビノへの理解が広まっていただけることを願っております。

今年も素晴らしい本との出会いをありがとうございました。

来年も素敵な本と出会えますように(*´▽`*)
もう今年も今日で終わりますね~(*´▽`*)

今年もおかげさまで、多くの方々との出会いをいただきました(^O^)

アルビノの活動で北海道・栃木県・埼玉県・千葉県内・東京都・神奈川県・愛知県・奈良県・大阪府・兵庫県・長崎県・沖縄県などなど全国を駆けめぐりました(^_^)ノ

今年はおかげさまでアルビノの活動を本格的に始めて節目の10年目を迎えることができました(*´▽`*)

20代までは、誰一人アルビノの方とお会いした経験がない(今思えば、2型の型などにはどこかですれ違っていたのかもしれません) 私が今では、日本だけにとどまらず世界の仲間たちとのご縁をいただきました(*⌒▽⌒*)

活動内容も交流会と個別訪問と講演会を中心に多くの方々にお会いさせていただきました(#^_^#)

そして、活動を通じて知り合った先生との結婚を12月27日に両家の承諾を得て決まった事が今年一番の出来事となりました( ̄□ ̄;)!!

先生とのご縁を結んで下さった、総理さん家族・リップさん本当に感謝しております(*^_^*)

12月29日には、総理さんのご自宅にて、サプライズ結婚祝いBBQがあり、参加された総理さん家族、総理さんの妹さん家族、リップさんにいきなりのクラッカー作戦に総理さんがくす玉を割って「おめでとう」の言葉をいただきました(*´▽`*)

そのあと安心しきってお肉をいただいておりますと塾で後から参加したハッパちゃんがなんと!ご自身で準備した巨大クラッカー作戦には本当にビックリしました( ̄□ ̄;)!!

ただ、そのクラッカーから飛び出してきたのが赤やピンク色のハート型の紙吹雪で本当に嬉しかったです(*´▽`*)

こうして皆さんに祝福されて、今年の年末を笑顔で終える事が出来ますことに心から感謝しております(*^_^*)

皆さんにとって今年はどんな一年になりましたか?

きっと喜怒哀楽いろんなことがあったことでしょうね。

ただ、年越しの今日は笑顔で一年を終えたいものですね~(≧∇≦*)

今年一年が皆さんにとって素晴らしい一年であったと思える年でありますように。

そして、来年が今年よりも更に素晴らしい一年でありますようにと心より祈らせていただきます(*⌒▽⌒*)

私もおかげさまで素晴らしい一年を過ごすことができそうです(^O^)

今日は先生と二人で年越しそばでもいただけたらと思います(^_^)v

もしかしたら去年みたいに違う食べ物で年越し立ったりして… ( ̄∇ ̄)

皆さん♪良い年越しをお迎え下さいねヽ(^0^)ノ

今年、出会わせていただきました全ての皆さん♪

今年、お世話になった全ての皆さん♪

今年も一年ありがとうございました。

来年も一年宜しくお願いしますね。

感謝♪

皆さん、お待たせ致しました。

昨日のご挨拶の結果をご報告させていただきますね。

長い文章なので先に答えを書かせていただきます。


おかげさまで、先生のご両親より結婚の承諾を正式にいただきました。


今の気持ちを忘れないために、昨日の出来事を記します。



私は4時少し前に起き外を見ると小雨がぱらついていました。

私はお出かけで雨の事はほとんどないので「今日は何か特別な事になるかも」と思いつつ支度をして母の運転する車で袖ケ浦バスターミナルに向かいました。

母と今までの事など話しながら、あっという間にバスターミナル到着。

車を降りる時に母から「頑張ってね♪千葉から祈っているからね」と言葉で私の背中を押してくれました。

羽田空港に到着し搭乗手続きをして長崎空港へ飛び立ちました。

神戸空港経由で長崎空港に到着して先生のお出迎えをいただくはずが、出口に着いたら先生がおらずに電話をかけても出ない!いきなりのアクシデント発生からスタートしました。

実は先生は到着口を勘違いして別の到着口で待っていて下さったようです。

先生と合流し、お昼ご飯をいただいて、ご両親の待つご実家に向かいました。

実家に到着すると、出荷準備中のお野菜が山積みになっていて明らかに私たちを待っている事が分かりました。

ご実家に上がり、リビングに通されました。

ご両親がいてテレビを見てくつろいでいました。

更に姪っ子さんがリビングに来てテレビを一緒に見始めました。

私的には床の間に通されて、ご両親と先生と私の4人だけだと思っていましたが、姪っ子さんはテレビを見続けていて、お母さんが「テレビはやかましいから消しなさい」と言ったはずなのに、何故か?「音量小さくするから」と言う返事でしたが、明らかに音量そのままで「まさか、この状況で結婚のご挨拶するの?」って思いました。

どうも姪っ子さんもテレビから動く気配もなく「しょうがない!このままいくかぁ~!」 と、まずは私から世間話を始めました。

そして、いよいよ本題の結婚のお話を始めました。


※その前に、実は私も緊張していましたのと、ご両親の長崎弁の関係で一語一句間違いなく覚えておりませんので、覚えていることを書きます。


まずは私から今回、野菜の出荷準備中のお忙しい中をお時間を取って下さった事へのお礼をして「今回、私が来させていたたきましたのは、すでにご存知の通り娘さんとの結婚を認めていただきたいと思い来させていただきました」と切り出しました。

早速、お母さんから「娘が自分で決めた事だから私は構わないけど…」と、お父さんにふりましたがお父さんの反応は「… 」でした。

そこで、また私から頭を軽く下げながら「どうか娘さんと結婚させて下さい」と言うと先生も笑顔で一緒に頭を軽く下げて下さいました。

またもやお母さんから「私は娘が考えて決めた事だし、もういい歳なので構わないけど… お父さん何か言ったら!」とお父さんにふって下さいましたが、またもやお父さんの反応は「… 」でした。

お父さんの沈黙がどれくらい続いたのか?最初に言った言葉が「頑固者の娘ですが…」でした。

それを傍で聞いていた姪っ子さんが「祖父譲りの頑固者だからね~♪」と言って場の雰囲気が一気に和みました。

その後も、お母さんを中心にお話は進み、お父さんが先生に「嫌な事があっても帰ってくるな!」と言いました。

その言葉で、私たちの結婚を認めていただけたのだと思いました。

お母さんは、私の緊張を和ませるために、お父さんに「もっとはっきりと『娘を宜しくお願いします』って言ったらどう?」とお父さんに、もっと話すように言って下さいました。

するとお父さんが「娘は私が沢山、持ってきた縁談やご紹介いただいた縁談もずっと断り続けてこんな歳になりました、そんな娘が考えて決めた事なので…」と、また沈黙。

私には、普段からかなり無口だと先生から聞いていたお父さんがここまで話して下さったその言葉で充分すぎるほど気持ちが伝わってきました。

先生と二人で「私たちの結婚を認めていただきありがとうございます」と言いました。

お母さんが「式や披露宴はどうるすの?」と言うと、先生が「結婚式だけを考えているけど…」という言葉に、お父さんが「披露宴はしなきゃならんだろう!親戚や近所にも結婚のご報告しなきゃならんし!」と、ここだけはハッキリと主張して下さいました。

お母さんも「披露宴はしないとね~♪」と言いました。

先生からは「やっぱり披露宴と言うと思ったけど披露宴はいいから、親戚などを集めての結婚報告のお食事会にしたらいいでしょ?」とご提案下さり、披露宴ではなくお食事会にて結婚報告をする事に決まりました。

私が嬉しいかった事は、ご親戚やご近所さんに私の事をご紹介下さるという事です。

これで、私たちの結婚が正式に認められたと思った瞬間でした。

そして、結婚式を先生がお勤めのお寺で仏式結婚式で挙げることを伝え、先生と私で「結婚を認めていただきありがとうございます♪これからいろいろあるとは思いますが宜しくお願いします」と頭を下げると、ご両親共に「こちらこそ娘を宜しくお願いします」とお返事をいただき正式に私たちの結婚がご両親に認められました。

ご実家から帰る時に、姪っ子さんが私に「良かったです♪おめでとうございます♪嬉しいです♪」と言って下さいました。

その後は、まずは一息つくためにカフェで、今回のご挨拶の事を振り返りながら今後の事を話しました。

そして、結婚式を挙げる予定のお寺に向かいました。

保育園の園長をしているご住職に、ご挨拶をするために立派な山門から境内に入り、玄関に着くなり「どうぞ中へ」と呼んでいただきました。

そして、ある程度は先生からお話を聞いていたご住職さんが、笑顔で出迎えて下さいましたが、明らかに何か不思議そうにしていてお茶を入れながらも話し方がぎこちないのです。

とても歓迎していただいているのもよく分かるのですが、私たちのご挨拶を聞きながらも不思議にしていました。

先生がすかさず「ななちゃんと同じアルビノの方なんです!」と言って下さった事でご住職もすぐに理解して下さいました。

やはり私を外国人と思い、先生と私の国際結婚だと思っていたみたいです。

すぐに状況を理解したご住職(園長)が「先生、結婚おめでとう♪」と言って下さいました。

その後にご住職のご両親も来て下さりお話をさせていただきました。

先生が、どれだけ日頃からしっかりとお仕事をなさってきたのかが、このお話の中で良く分かりました。

そして本題の結婚式の日取りを決めました。

私たちの結婚式は、以前にも理由をご説明した通り


2015年3月1日の日曜日


で正式に決まりました。

ご住職から「是非、結婚式の会場になる本堂を見て下さい♪」と本堂に通されてビックリしました。

一目でかなりの作りだとわかる立派な本堂に圧倒されながら、ご本尊様に手を合わせ結婚式のご報告をさせていただきました。

お寺をあとに、次は車のディーラーさんに行きました。

これから1月6日まであちこち走るので、その前に先生の車のオイルとバッテリー交換と簡単な整備の依頼と再来年に千葉で購入予定の車を見るために行きました。

早速、いつも先生がお世話になっている、担当の営業さんの運転で第一候補のアクアの試乗をお願いして、初めてのハイブリッドなので営業さんに運転と説明をお願いしながらの試乗になりました。

「こうして、これから私たちは一つの家族になるために、一つ一ついろんなことを一緒に決めて行くんだなぁ~♪」と思いながら後部座席に座り試乗をしながら思いしました。

ホテルにチェックインをして、お部屋でも結婚準備の本を読みながら、今後の予定を話し合いました。

夕ご飯は結婚を認めていただいたお祝いとして奮発して諫早で一番有名な、うなぎ屋さんで上うな丼を二人でいただきました。

今日、今年最後のお仕事がある先生を早めにお見送りして、ホテルに戻りご挨拶に着ていったジャケットなどを折りたたみながら、1日を振り返りました。

40歳で人生が変わると思った十数年前に、こんな幸せが待っているとは想像もつきませんでした。

今回、この良き日の事は一生忘れません。

この感謝の気持ちを忘れないため、この日記を書かせていただきます。

全てに感謝

全てにありがとうございます。

いよいよご両親へのご挨拶の朝となりました。

26歳でアルビノであると診断されてから意味もなく理由も分からず、皆に「40歳で人生が変わる!」と言い続けました。

皆は「また、妄想が始まった!」と呆れて「はい!はい!人生が40歳で変わるのね~♪良かったねぇ~♪」と苦笑いをされたことを思い出します。

確かに、今年は人生が変わるような大きな出来事が沢山ありました。

第六十二回神宮式年遷宮のお白石持ち行事に特別神領民として参加させていただきました。
この日に先生が飛び入り参加するという奇跡がおきました!

10周年の節目の年を迎えた千葉アルビノ交流会。
北は青森~南は沖縄まで全国から約100名近い方々に参加いただきました。

そして、今日ご両親への結婚のご挨拶。

私は、ずっと「人生が変わる年」と思っていましたが、実は「人生を変える年」だったのかもしれません。

人生の分かれ道はご縁で自ら動くことで何度も出会います、でも一度きりの人生を変えるのは、この人生という旅路の道を選ぶのは「私自身」です。

私が理由も分からず思っていた「40歳で人生が変わる」というのは「変わる」のではなく、自分自身の力で「変える」という意味だった事を今朝、理解しました。

人生という旅路の中で、先生と出逢い共に歩む道を決めました。

そして、今日その人生を変える日がやってきました。

今日という日を迎えることが出来たことに、ありがとうございます。

今朝は袖ケ浦バスターミナル一番乗りでした。

珍しく小雨の朝です。

私にとって雨は特別な意味があります。

きっと今日が特別な1日になるのだとあらためて思いました。

今、袖ケ浦バスターミナル発5時28分の羽田空港行きにて空港へと移動中です。

いよいよ長崎へと向かいます。

それでは、今日という日が皆さんにとっても私にとっても感謝の1日でありますように。

昨日、忘年会旅行中の母に変わり、父に家まで軽トラで送ってもらいました。

車内では、一年間の仕事の話や長崎のご両親への挨拶の時の服装や土産などの話をしていましたが、父が「長崎はいつから行くんだ?」と聞いてきました。

私が「明後日の27日からだよ!その日に先生とご両親に結婚のご挨拶をするよ」と言うと

父「いよいよご両親に結婚の挨拶か~」

私「うん!いよいよだよ」

父「そうか~!」と言って黙ってから時間をおいて「こういう時、母親ってのは喜んで嫁に出してくれるもんだけど、父親ってのはなぁ~」と、また黙ってしまいました。

私「でも、もうやるしかないから頑張ってくるよ」

父「そうか~!明後日か~!なんとかなるだろう」とこれ以上は挨拶の事は語りませんでした。

母とは先生との結婚の話は、よくしていますが父とは初めて話したように思います。

父も、私が結婚するとは思っていなかったと思います。

以前に酒に酔っていた時に、そのような事を言っていた事がありましたので…

その私が結婚のご挨拶に行くのが、きっと嬉しいんでしょうけど、こういう時に男同士ってのは、なかなか話が進まないものです。

家に着いて、父から「お金は足りるのか?無いなんてみっともねえぞ!必要なら俺に言え!」と言ってくれました。

嬉しかったです。

父の気持ちを少しでも知れた事が嬉しかったです。

今朝になり、いよいよご両親へのご挨拶が明日となりました。

ここにいたるまで、多くの皆さんに「応援の言葉」をいただきました。

この10年間で、アルビノ方のご結婚までのお手伝いを何組もさせていただきました。

妊娠から出産までのお手伝いもさせていただきました。

ある方に「この結婚はアルビノとは関係ない、あなたの結婚でしょ!」と言っていただきましたが、やはり私にとってアルビノの事は、私自身の事でもあるし昔のアルビノ方々のご結婚のお話を全国で沢山、聞かせていただきましたので「アルビノは別物」として考えられないと思います。

それは、決して悪い意味ではなく、アルビノとして生まれてきた事に自信を持ち胸を張って、正々堂々と正直に先生のご両親にアルビノとして産まれ生きてきた私に先生とのご結婚を認めていただくために、明日はご挨拶させていただきます。

今朝の先生のメールにも「のぶさん、一緒に乗り越えましょう」と強い決意の言葉をいただきました。

明日、先生のご両親からも結婚の承諾を得て、両家に祝福されて再来年の結婚式にのぞみだいと思います。

明日はご挨拶の後に、今回の結婚式の会場となる先生がお勤めのお寺さんに結婚式のご予約をさせていただきます。

もう、ジタバタしても仕方ありません。

やることは全てやりました。

あとは、もう

人事を尽くして天命を待つ

気持ちで、どんな結果であっても受け入れる覚悟ができました。

結婚は、二人だけのものではなく、両家にとっても大切なものです。

見える部分だけではなく、両家のご先祖様とのご縁でもあります。

だからこそ、思いをしっかりともっていきたいと思います。