皆さん、お待たせ致しました。
昨日のご挨拶の結果をご報告させていただきますね。
長い文章なので先に答えを書かせていただきます。
おかげさまで、先生のご両親より結婚の承諾を正式にいただきました。
今の気持ちを忘れないために、昨日の出来事を記します。
私は4時少し前に起き外を見ると小雨がぱらついていました。
私はお出かけで雨の事はほとんどないので「今日は何か特別な事になるかも」と思いつつ支度をして母の運転する車で袖ケ浦バスターミナルに向かいました。
母と今までの事など話しながら、あっという間にバスターミナル到着。
車を降りる時に母から「頑張ってね♪千葉から祈っているからね」と言葉で私の背中を押してくれました。
羽田空港に到着し搭乗手続きをして長崎空港へ飛び立ちました。
神戸空港経由で長崎空港に到着して先生のお出迎えをいただくはずが、出口に着いたら先生がおらずに電話をかけても出ない!いきなりのアクシデント発生からスタートしました。
実は先生は到着口を勘違いして別の到着口で待っていて下さったようです。
先生と合流し、お昼ご飯をいただいて、ご両親の待つご実家に向かいました。
実家に到着すると、出荷準備中のお野菜が山積みになっていて明らかに私たちを待っている事が分かりました。
ご実家に上がり、リビングに通されました。
ご両親がいてテレビを見てくつろいでいました。
更に姪っ子さんがリビングに来てテレビを一緒に見始めました。
私的には床の間に通されて、ご両親と先生と私の4人だけだと思っていましたが、姪っ子さんはテレビを見続けていて、お母さんが「テレビはやかましいから消しなさい」と言ったはずなのに、何故か?「音量小さくするから」と言う返事でしたが、明らかに音量そのままで「まさか、この状況で結婚のご挨拶するの?」って思いました。
どうも姪っ子さんもテレビから動く気配もなく「しょうがない!このままいくかぁ~!」 と、まずは私から世間話を始めました。
そして、いよいよ本題の結婚のお話を始めました。
※その前に、実は私も緊張していましたのと、ご両親の長崎弁の関係で一語一句間違いなく覚えておりませんので、覚えていることを書きます。
まずは私から今回、野菜の出荷準備中のお忙しい中をお時間を取って下さった事へのお礼をして「今回、私が来させていたたきましたのは、すでにご存知の通り娘さんとの結婚を認めていただきたいと思い来させていただきました」と切り出しました。
早速、お母さんから「娘が自分で決めた事だから私は構わないけど…」と、お父さんにふりましたがお父さんの反応は「… 」でした。
そこで、また私から頭を軽く下げながら「どうか娘さんと結婚させて下さい」と言うと先生も笑顔で一緒に頭を軽く下げて下さいました。
またもやお母さんから「私は娘が考えて決めた事だし、もういい歳なので構わないけど… お父さん何か言ったら!」とお父さんにふって下さいましたが、またもやお父さんの反応は「… 」でした。
お父さんの沈黙がどれくらい続いたのか?最初に言った言葉が「頑固者の娘ですが…」でした。
それを傍で聞いていた姪っ子さんが「祖父譲りの頑固者だからね~♪」と言って場の雰囲気が一気に和みました。
その後も、お母さんを中心にお話は進み、お父さんが先生に「嫌な事があっても帰ってくるな!」と言いました。
その言葉で、私たちの結婚を認めていただけたのだと思いました。
お母さんは、私の緊張を和ませるために、お父さんに「もっとはっきりと『娘を宜しくお願いします』って言ったらどう?」とお父さんに、もっと話すように言って下さいました。
するとお父さんが「娘は私が沢山、持ってきた縁談やご紹介いただいた縁談もずっと断り続けてこんな歳になりました、そんな娘が考えて決めた事なので…」と、また沈黙。
私には、普段からかなり無口だと先生から聞いていたお父さんがここまで話して下さったその言葉で充分すぎるほど気持ちが伝わってきました。
先生と二人で「私たちの結婚を認めていただきありがとうございます」と言いました。
お母さんが「式や披露宴はどうるすの?」と言うと、先生が「結婚式だけを考えているけど…」という言葉に、お父さんが「披露宴はしなきゃならんだろう!親戚や近所にも結婚のご報告しなきゃならんし!」と、ここだけはハッキリと主張して下さいました。
お母さんも「披露宴はしないとね~♪」と言いました。
先生からは「やっぱり披露宴と言うと思ったけど披露宴はいいから、親戚などを集めての結婚報告のお食事会にしたらいいでしょ?」とご提案下さり、披露宴ではなくお食事会にて結婚報告をする事に決まりました。
私が嬉しいかった事は、ご親戚やご近所さんに私の事をご紹介下さるという事です。
これで、私たちの結婚が正式に認められたと思った瞬間でした。
そして、結婚式を先生がお勤めのお寺で仏式結婚式で挙げることを伝え、先生と私で「結婚を認めていただきありがとうございます♪これからいろいろあるとは思いますが宜しくお願いします」と頭を下げると、ご両親共に「こちらこそ娘を宜しくお願いします」とお返事をいただき正式に私たちの結婚がご両親に認められました。
ご実家から帰る時に、姪っ子さんが私に「良かったです♪おめでとうございます♪嬉しいです♪」と言って下さいました。
その後は、まずは一息つくためにカフェで、今回のご挨拶の事を振り返りながら今後の事を話しました。
そして、結婚式を挙げる予定のお寺に向かいました。
保育園の園長をしているご住職に、ご挨拶をするために立派な山門から境内に入り、玄関に着くなり「どうぞ中へ」と呼んでいただきました。
そして、ある程度は先生からお話を聞いていたご住職さんが、笑顔で出迎えて下さいましたが、明らかに何か不思議そうにしていてお茶を入れながらも話し方がぎこちないのです。
とても歓迎していただいているのもよく分かるのですが、私たちのご挨拶を聞きながらも不思議にしていました。
先生がすかさず「ななちゃんと同じアルビノの方なんです!」と言って下さった事でご住職もすぐに理解して下さいました。
やはり私を外国人と思い、先生と私の国際結婚だと思っていたみたいです。
すぐに状況を理解したご住職(園長)が「先生、結婚おめでとう♪」と言って下さいました。
その後にご住職のご両親も来て下さりお話をさせていただきました。
先生が、どれだけ日頃からしっかりとお仕事をなさってきたのかが、このお話の中で良く分かりました。
そして本題の結婚式の日取りを決めました。
私たちの結婚式は、以前にも理由をご説明した通り
2015年3月1日の日曜日
で正式に決まりました。
ご住職から「是非、結婚式の会場になる本堂を見て下さい♪」と本堂に通されてビックリしました。
一目でかなりの作りだとわかる立派な本堂に圧倒されながら、ご本尊様に手を合わせ結婚式のご報告をさせていただきました。
お寺をあとに、次は車のディーラーさんに行きました。
これから1月6日まであちこち走るので、その前に先生の車のオイルとバッテリー交換と簡単な整備の依頼と再来年に千葉で購入予定の車を見るために行きました。
早速、いつも先生がお世話になっている、担当の営業さんの運転で第一候補のアクアの試乗をお願いして、初めてのハイブリッドなので営業さんに運転と説明をお願いしながらの試乗になりました。
「こうして、これから私たちは一つの家族になるために、一つ一ついろんなことを一緒に決めて行くんだなぁ~♪」と思いながら後部座席に座り試乗をしながら思いしました。
ホテルにチェックインをして、お部屋でも結婚準備の本を読みながら、今後の予定を話し合いました。
夕ご飯は結婚を認めていただいたお祝いとして奮発して諫早で一番有名な、うなぎ屋さんで上うな丼を二人でいただきました。
今日、今年最後のお仕事がある先生を早めにお見送りして、ホテルに戻りご挨拶に着ていったジャケットなどを折りたたみながら、1日を振り返りました。
40歳で人生が変わると思った十数年前に、こんな幸せが待っているとは想像もつきませんでした。
今回、この良き日の事は一生忘れません。
この感謝の気持ちを忘れないため、この日記を書かせていただきます。
全てに感謝
全てにありがとうございます。