昭和中学校での講演会、高校受験のお話(^-^) | アルビノ白くまのぽかぽか日和ヾ(=^▽^=)ノ

アルビノ白くまのぽかぽか日和ヾ(=^▽^=)ノ

アルビノという個性と共に暮らしています。

日々感じた事、思った事を綴っています♪

アルビノ白くまのぽかぽか日和ヾ(=^▽^=)ノ-e4.jpg

アルビノ白くまのぽかぽか日和ヾ(=^▽^=)ノ-e16.jpg

アルビノ白くまのぽかぽか日和ヾ(=^▽^=)ノ-e11.jpg

おかげさまで27日に無事に講演会を終える事ができましたm(__)m

和田先生が白くまハウスにお迎えに来て下さり中学校へ、学校に到着してすぐに校長室で、校長先生とお話をしました。

去年もお世話になっていましたので、職員のみなさんにも声をかけていただきました。

その後、11Rに移動して生徒さんたちと久しぶりの懐かしい給食をいただきました。

そして、5時間目に講演会をして、6時間目に各クラスを訪問し、生徒さんと直接お話をする楽しい時間を過ごす事ができました。

私にとって生徒さんとの交流の時間が講演会での一番の楽しみです。

そして、よく皆さんに「石井さんって講演会では、どんなお話を生徒さんにしているのですか?」と聞かれますので、ひとつお話をさせていただきます。

いま、受験シーズンですね。

私にとっての受験は、一生忘れられない感謝の受験となりました。

以前にも書かせていただきましたが、また書かせていただきますね。

中学時代に勉強が苦手な私は卒業したら、就職する気でいました。

成績は常に学年でワースト10に入っていましたし…

そんな私が高校受験なんて考えるはずもありません。

そんな私に高校受験をすすめたのは「母」でした。

母が私に「これからの時代を考えたら、せめて高校には行っておいたほうがいい」と、普段は勉強の事はあまり言わない母が、この時は強く言ってきました。

受験勉強を始めるにはかなり遅い中学3年の10月過ぎの出来事でした。

母が探してきた学校は、四街道市にある千葉県立千葉盲学校高等部普通科でした。

でも、私は勉強が大嫌いだったので「受験なんだから落ちちゃえばいいや」って思っていました。

私の気持ちとは裏腹に、その時、母以外に私の受験のために動いている人がいました。

それは、担任でした。
担任は班長会を開いて「石井くんが受験する事に決まりましたので、みんなで勉強を教えてあげない?」と言う問いに、出席していた全班長が満場一致で、私に勉強を教える事が決まりました。

そして、私のために放課後の特別授業が始まりました。

推薦入学で、ほぼ合格が決まった生徒を中心に交代制で、私に勉強を教える特別授業が始まりました。

最初、勉強を始めた時は、読み書きも、足し算も、英語のアルファベットすらろくに書けない私に皆は呆れていました。

きっと心の中では「こんな状態で受験なんてできるの?」って思っていたでしょうね。

それでも、諦める事無く小学校のドリルから勉強をしていきました。

最初は「受験なんて落ちればいい」って思っていましたし、学校が終わったら早く帰って遊びたかった私は皆が教える特別授業を最初は「めんどくさい」と思っていました。

そんな私の気持ちが変わったのは、やる気のない私にも諦めず、自分達の受験勉強の時間を犠牲にしてまで真剣に教えてくれる仲間たちの一生懸命な姿でした。

その姿を見ているうちに私も段々、気持ちが変わり「こんなに、私のために頑張る仲間たちのためにも何が何でも合格しなくては…」と思っていました。

私ひとりに対して複数人が、かかる時もあり、きめこまやかな指導で、勉強を続けているうちに勉強が少しずつ分かるようになり、すると勉強が楽しくなってきました。

そして、最後の追込みでは「もう時間がないから、ここと!ここを!暗記しておいて!」と言われるほど時間がありませんでした。

受験も終わり、いよいよ合格発表が封筒で送られてきました、封を切り合格発表通知に書かれた合格の二文字を見た時には泣けてきました。

そして「みんな、ありがとう♪」って思いました。

学校へ行き合格の知らせ伝えた時に、クラスの仲間たちと共に喜びあいました。

私の受験は、仲間たちのおかげで合格する事ができた、感謝の受験となりました。

私は、みんなのおかげで、高校に通う事ができたのです。

高校に行っていなかったら、補助具も知らなかったでしょう、本も読めないままだったでしょう、旅をする事もなかったでしょう、本当に高校に行く事ができてよかったです。

いまでも、受験シーズンになると仲間たちに勉強を教わって受験勉強を必死にしていた、あの時を思い出します。

いま受験をしているみなさん最後まで自分を信じて諦めないで下さいね。

応援していますからねヾ(=^▽^=)ノ