坂本龍一さんが手がけた最後の舞台作品「TIME」を観てきた。
坂本さん書き下ろしの音楽と映像、演者、光…。
美術やパフォーマンスの境目がなく、全てが溶け合ったような作品だ。
舞台にあるのは、スクリーンと、「夢の時間」を鏡のように映す水槽だけ。舞踊家の田中泯と石原淋、笙(しょう)奏者の宮田まゆみのパフォーマンス。夏目漱石の「夢十夜」や能「邯鄲(かんたん)」など、坂本の選んだ、時間と夢の関係を描く物語の言葉が響き合う。
観客は、固唾を飲むのもためらいながら、見入る。
タイトルの通り、テーマは「時間」。
坂本さん自身は「ぼくが『TIME』に込めたのは、『時間は幻想である』というメッセージ」と語っている。
シーンのつながりもあやふやで、どう進行するかも分からないものを作りたいと坂本さんは考えていた。
始まりと終わりがある時間は、人間が考え出したもの。そういう直線的な時間ではない考え方をすると、世界の捉え方が変わるかもしれないという思いがこめられている。
音の中でも印象的なのが、観客を包むように響く雨音だ。実際に霧雨のような細かい粒子の雨を降らせる。
雨音は、雨粒の当たる物の角度や場所によって全部変わる。
それが無限に重なって聞こえる感覚は、自然の中に、自分がいることを感じる瞬間でもある。
田中泯さんは、水場に道を作ろうとして果たせない「人類」、
軽々と水面を渡っていく宮田さんは「自然」の象徴だという。
2021年、オランダの芸術祭での初演を、ガンで闘病中の坂本さんはリモートで見守ったそうだ。
リハーサルやゲネプロに加え、本番も全てリアルタイムで配信し、映像を見た坂本さんからの指示を踏まえ、細かく修正していった。
音楽とパフォーマンス、照明と映像がセッションしているような状態にするのが坂本さんの望みだった。
坂本さんは、初演の映像を見た時の思いを、次のように記している。「1時間前のことがたった1分前のことに感じられたり、ある瞬間が何度も繰り返されたりしているように感じられて面白かった。少なくとも自分は、この舞台を通して現実世界とは異なる種類の時間を体験することができました」
舞台から、演者の姿が消え、音楽も消え、客席の照明がついた。
通常なら、演者が舞台に出てくる。
観客席からは話し声もしわぶきもまったく聞こえない。
待つこと5分。ようやく誰かが拍手を始めた。
それに誘導されるようにして、舞台関係者が客席前方に出て一礼。
演者は姿を現わさないままだった。
余韻を楽しむための時間、現実世界に戻るための時間だったのかもしれない。
日本公演の初日3月28日は、くしくも坂本さんの一周忌だった。
4月14日まで、東京・初台の新国立劇場で公演中。
4月27日28日は、ロームシアター京都で公演。