須磨寺で待望の人に会う | 村上信夫 オフィシャルブログ ことばの種まき

村上信夫 オフィシャルブログ ことばの種まき

元NHKエグゼクティブアナウンサー、村上信夫のオフィシャルブログです。

初対面なはずなのに、なんだか懐かしい気がする。

ずっと前からの知己のような気がする。

便利な世の中、YouTubeなどで「顔見知り」になった気はするが、そればかりではない。

おそらく、お互いに「想い」の共感共鳴があるからだろう。

見つめていることが同じ、考えていることが同じ気がする。

その人の名は、小池陽人(ようにん)さん。須磨寺の寺務長。

会いたくてしかたなかった人だ。

 

兵庫県神戸市須磨区。真言宗須磨寺派の本山である上野山福祥寺(じょうやさん ふくしょうじ)は、古くから「須磨寺」の通称で親しまれてきた。

「源平ゆかりの古刹」として平敦盛遺愛の笛や弁慶の鐘など、多数の重宝・史跡があり、全国的にも知られている。

 

小池さんは、東京都の多摩ニュータウンで生まれ、一般の家庭で育った子どもだった。

ただ、祖父が須磨寺の先代管長、現管長が叔父であったことは、

今の境遇に浅からぬ縁がある。

祖父の長女が小池さんの母。

小池さんの父は調布市役所に公務員として勤めていた。

小池が9歳の時、祖父がインドでの仏跡巡りの旅をしている最中に急死してしまう。

須磨寺で祖父の本葬が行われる前日、管長である叔父が言う。

「おじいちゃんをお坊さんとして見送ってあげなさい」

本葬前日に得度し、「陽人」という僧名を授かった。

管長には子どもがおらず、小池の家系も女系家族だったため、祖父が存命だった頃から冗談半分でも「将来はお坊さんになりなさい」と言われている中での出家だった。

9歳で僧名を授かったが、僧侶として生きていく考えは一切なかったという。

その後、奈良県立大学の地域創造学部へ進学する。さまざまな地域の課題に向き合いながら、解決するための手法を学ぶ学部だ。

日本のさまざまな地域で、限界集落や孤独死などの社会問題が起きていることを学んだ。

「地域どころか、ご先祖、親族、家族のつながりが希薄になってしまう孤独社会を食い止めたい」と思った。」

この思いは小池さんの思想の根幹になり、人と人とのつながりを作る仕事を目指していくこととなる。

就職活動も地域貢献をポイントに地域に根ざした企業を志望し、いくつかの企業から内定ももらった。

須磨寺の後継のことも去来したので、叔父に相談すると、「覚悟を決めなさい」と言われた。

「跡取りの犠牲になる必要はない。しかし、戻れる場所があるからと中途半端な気持ちで働くことはどちらの道を選んでも良いことではない」と。

自分にはこれしかないと決めて企業で働くか、仏門に入るかの二択を前に悩んだ。

そんなとき、母から一冊の本が届いた。

仏教に関わる人が現代においてどのような活動をしているかが描かれた『がんばれ仏教!』という本だった。

そこに高橋卓志さんという長野の僧侶のことが書いてあった。

ここでもご縁が繋がった。ボクも高橋さんが住職時代の神宮寺に伺い、インタビューさせてもらったことがある。

高橋住職は「浅間尋常小学校」を主宰し、文化の発信、障害者支援活動など、地域や人とのつながりを重視する活動を、お寺を解放することで実践していた。「お坊さんってこんなに可能性のある仕事なのか」と驚かされた。

小池さんは、お寺が地域のコミュニティの核として存在する事例を見て、自らが学んできたこと、やりたいことにとても近いと感じた。お坊さんはお寺の中にいる人というイメージが覆った瞬間でもあった。

地域のつながりを作れるのは僧侶かもしれないと思い、須磨寺の跡を継ぐ決断をした。

 

四国巡礼に出かけ、「おもてなし」の有難みを体感した。

真言宗でもっとも厳しい修行をしていると言われる清荒神清澄寺(きよしこうじん せいちょうじ)で2年間修行を積んだ。

修行を終え、須磨寺へ戻った小池は、他の僧侶と同じように仏事に努める生活を過ごしていた。

三重塔落慶法要のプロデュースという初めて大きな仕事を任されたのちに、ずっとやりたかったお寺でのコンサートを企画した。

学生時代から音楽活動をしていたこともあり、地元ラジオ局のDJや映像作家、著名なドラマーなどを招いた音楽法要祭「須磨夜音」を企画した。

音楽であれば若い世代が来てくれるかもしれないと考えた。

家に仏壇がないような世代が、祈りの姿に触れる機会になるかしれないと、音楽と読経を重ね合わせて、法要を作り上げた。 

須磨寺の長い歴史の中でも初めての取り組みだったが、2015年から初めた初年度には1000人以上が来場し、今も毎年10月に行なわれている。

2017年からは声明コンサートを実施している天台宗の僧侶とともに、宗派を超えて祈りの場を作ろうと一緒に須磨夜音を開催している。

須磨夜音の最後には、太鼓、ドラム、お琴、そしてお経が重なり響き渡るという。

僧侶が手を合わせる向かいで、檀家も手を合わせて祈る姿。

若者は、そこで初めて本当の祈りの姿を目にする。

これまでの仏教が一方的に檀家へ布教していた中で、須磨夜音では人がなぜ祈るのかを若者が感じ取り、僧侶とともに一緒に祈つながりを生み出している。

 

 

小池さんは、これからは伝える布教ではなく、つながる布教が大切になると考えている。

あらゆる現代社会の問題や生老病死の苦しみに、仏教の教えは寄り添うことができると確信している。

お寺に求められているものはひとつではなく、さまざまな人がいろいろなことを求めている。

その数だけお寺にはできることがある。

住職は十職とも書く。やること、やれることはいっぱいだ。

 

「生きるための仏教」を伝えるべく、YouTubeで「法話」を発信している。

初めての配信は2017年6月30日。なんとボクの誕生日だ!

ここにもご縁がと勝手に思う。

チャンネル登録者数64000人。

『小池陽人の随想録』は、毎週水曜日の配信。445回配信した中で、再生回数も多いものは、なんと327万回を超える。

YouTubeで、小池さんの知名度は上がった。

仏教を身近な存在にしたいという熱意が込められている。

親しみやすく、わかりやすい。

彼の話力に、ついつい引き込まれる。ボクもファンの一人だ。

そのYouTubeチャンネルに、ボクも登場する。

初対面で、いきなり対談。

小池さんが聴き上手なので、楽しかった。

配信日が決まれば、改めて、ご案内する。