映画『PERFECT DAYS』は、
ドイツの名匠ヴィム・ヴェンダースと
日本を代表する俳優役所広司の美しきセッション。
フィクションの存在をドキュメントのように追う。
ドキュメントとフィクションを極めた
ヴェンダースにしか到達できない映画が生まれた。
カンヌ国際映画祭では、
ヴェンダースの最高傑作との呼び声も高く
世界80ヵ国の配給が決定している。
そして、役所さんは、最優秀男優賞に輝いた。
東京・渋谷でトイレ清掃員として働く平山(役所広司)は、
静かに淡々とした日々を生きていた。
寡黙。ほとんど余計なことは話さない。
毎朝5時すぎに起き、布団を畳んで、歯磨きをする。
制服に着替え、自販機で缶コーヒーを買い、車に乗ると、
好みの音楽の入ったカセットテープを聞く。
丁寧に丁寧にトイレ掃除をして、いつも同じ公園で、
コンビニで調達した昼食をとる。
仕事が終われば、銭湯で汗を流す。
いつもの居酒屋のいつもの席で、いつものハイボールを1杯だけ。
家に帰って、寝そべりながら文庫本を読む。そして眠りにつく。
同じ時間に目覚め、同じように支度をし、同じように働いた。
その毎日は同じことの繰り返しに見えるかもしれないが、
同じ日は1日としてなく、
平山は毎日を新しい日として生きていた。
木漏れ日が作る柔らかな影、懐かしい音楽、読み耽る古本、茶殻を蒔いての掃除、鉢植えに水をやる時の嬉しそうな顔…何があろうと穏やかな気持ちでやりすごす。
数少ないセリフの中で「こんどは、こんど、今は今」という。
毎日のこの瞬間を丁寧に生きることで、波立たない静謐な人になれる気がする。
平山の周りには、余計な物がない。カセットで古いロック音楽を聴く。公園で見つけた苗木を植えて、毎日水をやる。1人だけれど孤独ではない。小さなさざ波も立つ。若い同僚の片思いに手を貸す。姪が家出して押しかけて来る。行きつけの小料理屋のママ(石川さゆり)の元夫(三浦友和)と遭遇する。平山は慌てず、誠実に向き合う。
ベンダース監督は、日本の日常の断片を巧みに切り取っている。
公園の木漏れ日、高速道路の高架の重なり、川と橋。
その風景の中に、役所が平山としてたたずんでいる。
静かなほほ笑み、かすかな戸惑い。
人柄の良さと奥行きがにじみ出る。
“最高の俳優”の称号を得ても、役所さんは自らを誇ろうとはしない。「僕も長年カンヌに通ってきたから、その功労賞みたいなものなんじゃないかな(笑)」
描かれているのは、静かな笑いや怒り。ほのかな愛と悲しみ、切なさ。そしてささやかながらも手のひらのなかにある幸福。
寡黙で台詞も多くない平山を、役所はまるでそこに実在するかのように演じている。
平山は都会の中で、彼だけ静かな森の中にいるようなゆったりとした時間を過ごしている。経済的に満たされているわけではないのに、日々を満足しながら生きている。
役所広司さんは、1978年にデビュー、舞台で腕を磨いた後、テレビドラマや映画に活躍の場を移した。以来45年、映画だけでも80本に出演し、数々の賞を受賞してきた。
だが、役所自身がその膨大な作品たちを振り返ることはない。 「自分の演技を観るのは気恥ずかしいし、反省しか浮かんでこない。しかもどんなに反省しても取り返しがつかない。老後の楽しみにとっておきます(笑)」
同じような役柄を演じることを避けてきた。2023年だけでも、陶芸家、宮沢賢治の父、福島第一原子力発電所・吉田昌郎所長、テロリスト集団の頭領、そしてトイレ清掃員とまるで異なる役を演じている。
「この顔でこの身体でこの声ですから、同じような役をやったら観客が飽きるじゃないですか。しかも僕はまだ下手くそ。同じような役柄を違うように見せる演技力がない。だから役を変えて、どんどん勉強していかなきゃならないんです」
どんなに周りが認めたとしても、彼自身は謙虚に自分を見つめ、貪欲に成長を求める。