この人は、死なないと思っていた。
だが、天の摂理がそれを許さなかった。
瀬戸内寂聴さん。享年99の旅立ちだ。
最近は、「いつ死んでもいい」ようなことを自分のエッセイに再三書いていた。「あの世があるのかないのかわからないが、近ごろ、死は無になるのでなく、他界に移るような気がしてきた」と書いていたが、他界の居心地を聞いてみたい気がする。
寂聴さんと初めてお目にかかったのは、源氏物語の現代語訳に挑まれたとき。1996年のことだ。
寂聴さんに会うにあたって、膨大な書籍や資料にすべて目を通すゆとりもない。自分の直感に任せて準備をし、京都・寂庵でインタビューに臨んだ。インタビューを終えて、寂聴さんは、ボクが飛び上がらんばかりの嬉しいことを言ってくださった。「あなたは、私のことを知り過ぎてもいないし、知らなさ過ぎてもいないわね」
ちょうどいい塩梅だと、お褒めいただき、うどんすきまでご馳走になった。
そのとき、源氏物語に登場する女性の中で、誰に共感を覚えるか聞いてみた。「六条御息所ね」と即答が返ってきた。
六条御息所といえば、嫉妬深さで光源氏を悩ませ続けた女性だ。
「怖い女だという人もいるけど、過剰な愛を素直に示すことが出来た女。理性を飛び越えて、情念で動く。現実と非現実の間を自由に飛び回る。近いものを感じるワ」と。
まさに自由な身になった今、たゆまぬ好奇心で現実と非現実の間を行き来していることだろう。
これから眠る墓は、長年、住職を務めた岩手県の天台寺にある。
墓碑には「愛した 書いた 祈った 寂聴」とある。
(2007年1月8日 鎌田實いのちの対話出演時)
(NHK大阪ホール)