戦国時代の女性たちが、どれほど凛々しく潔よかったか、
どれほど聡明で忍耐強かったか、
どれほど高い志と慈愛に満ちていたか。
それらを知らしめてくれる葉室麟さんの小説『津軽双花(つがるそうか)』を一気に読んだ。
石田三成の娘・辰姫と、徳川家康の養女・満手姫(まてひめ)は、
ともに津軽家に嫁いだ。宿命を背負った女たちの関ケ原が描かれる。
葉室さんの手にかかれば、嫉妬と競争心の応酬といった「大奥もの」まがいにはならない。
辰姫は、満手姫を恨む心を信じる心に変えようと努める。
満手姫は、辰姫を厭わしく思う心を、自らの矜持で抑え込む。
互いを誹謗せず、自分の煩悩と闘う。
人としていかに生きたらいいのか、人間の真髄に迫る作品だ。
辰姫は石田三成の三女。関ケ原で父が敗れ処刑されたときは9歳。
豊臣秀吉の妻であった高台院の養女として、19歳で弘前藩主・津軽信牧(のぶひら)に嫁ぐ。のちに藩主となる嫡男を産む。
満手姫は、徳川家康の異父弟・松平康元の娘。11歳で福島正則の養嗣子・正之に嫁ぎ嫡男を産む。だが夫が廃嫡され、子を連れて実家に戻っていたが、家康の養女という形で、津軽信牧に再嫁する。
正室と側室という立場で、生涯に2度だけ対面する。
「関ケ原では徳川が勝ちましたが、津軽ではどうなるのか。負ける戦をするものの美しさもあれば、勝つことの厳しさに耐え抜く見事さもある」と満手姫は述懐する。
「どちらかが輝けば、どちらかが輝きを失う宿業がある」と辰姫は、2人の微妙な関係を語る。
与えられた宿命の中で、自らを全うする美しさもあろうが、自分を動かす運命そのものに挑む生き方をしたい、己らしく生きたいという想いを、2人がともに抱く。
「何かを得たいと思うならば、得たとしても限りがない。人を憎んで何になりましょう。殿を信じ、自分を信じ、満手姫さまを信じると思い定めた」
「野に咲く花は、この世をよきものと信じればこそ花開く。信じる心に咲くゆえに花は美しい。それは女人も同じこと」
そう辰姫が言えば、満手姫もこう語る。
「世間から見れば、憎み合う仲であるはずでした。でも、あなたは私の生きる支え。あなたがいなければ、自らのなすべきことを何一つなせなかったと思います」
一時の感情に左右させず、自らを律する生き方が、互いに影響を与え、互いの磨き砂となった。
辰姫は、嫡男を残し早逝するのだが、満手姫は、自分の連れ子ではなく、その嫡男を世継ぎとするべく動く。
葉室さんの文章を読んでいると、登場人物たちの表情の移ろいや息遣いまでわかる。緊迫した場面もあれば、心和らぐ場面もある。その場面に読者も入り込んだような気にさせてもらえる。「利己」ではなく「利他」に生きる美学を教えてもらえる。
新年早々、読み応えのある素晴らしい作品に出会えた。