やさしさには限界がない~八重子のハミング | 村上信夫 オフィシャルブログ ことばの種まき

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元NHKエグゼクティブアナウンサー、村上信夫のオフィシャルブログです。

かつて、NHKラジオに『私の本棚』という時間があった。

ボクがラジオを引き継いだ頃は、まだ放送されていた。

1949年から2008年まで、59年も続いた長寿番組だ。

刊行されたばかりのエッセイを中心に、シンプルに朗読する番組。

ボクが担当していた頃、『八重子のハミング』が放送されていたことを

しっかりと覚えている。その『八重子のハミング』が映画化された。

原作は、山口県萩市の金谷天満宮の宮司の陽(みなみ)信孝さん。

先日、知己を得たが、飄々としたお人柄からは、

壮絶な妻の介護体験と自分の病魔との闘いがあったことを

感じさせない。

 

映画のあらすじ。

石崎誠吾(升毅)は、

若年性アルツハイマー症の妻・八重子(高橋洋子)を介護してきた。

介護は12年に及んだ。

石崎自身も4度のがん手術を受けるが、妻への思いが支えとなり、

いずれも生還を果たす。

妻は徐々に記憶を無くしつつも、

大好きな歌を口ずさめば笑顔を取り戻すこともあった。

そして、妻を介護していくうちに、誠吾はあることに気づく。

妻がゆっくり時間をかけ、自分に別れを言おうとしているのだと。

 

原作者の陽 信孝さんと佐々部清監督は、

同郷ということもあって旧知の仲だった。

7年ほど前、陽さんは自費出版した本が映画化されると、

佐々部監督に伝え、嬉しそうにその本を手渡してくれたのだという。

佐々部監督は内容も詳しく知らずにその本を読んだが、

「新幹線の帰路、ずっと涙が止まらずに困った」そうだ。

翌年、陽さんと再会を果たした佐々部監督は、

映画化がまったく進んでいないことを知る。

とっくに映画化の話はストップしているにも関わらず、

映画会社から陽さんのもとへは何の連絡もなかったという。

これに憤りを感じた佐々部監督は、

自ら『八重子のハミング』の映画化を買って出たのだ。

この作品は内容だけではなく全てが、

人同士の繋がりや想いによって紡がれている。

妻役を熱演した高橋洋子さんは、佐々部監督に口説かれ、

28年ぶりに銀幕に戻ってきた。

せりふもほとんどない中、表情としぐさだけで、見事な演技。

ブランクをまったく感じさせない。

升さんの献身的な介護ぶりは、演技というせまい範疇を超えていた。

妻が息を引き取る場面の慟哭には、涙を禁じえなかった。

 

この映画には、「究極のやさしさ」がある。

「怒りには限界があるが、やさしさには限界がない」というせりふが

印象に残った。

ここまで人はやさしくなれるのだ。際限なくやさしく出来るものなのだ。

ボクなどは、

まだまだ、「やさしさ」の出し惜しみをしているのかもしれない。

 

映画は、東京、神奈川などでは、すでに上映が始まっている。

大阪では、13日から。

全国各地で順次公開されるので、詳細は映画のHPで。