みすゞがおりてきた | 村上信夫 オフィシャルブログ ことばの種まき

村上信夫 オフィシャルブログ ことばの種まき

元NHKエグゼクティブアナウンサー、村上信夫のオフィシャルブログです。

久しぶりに、かなり久しぶりに、金子みすゞと向き合った。

世田谷にある龍雲寺住職・細川晋輔住職の依頼で、

「金子みすゞを語る会」が実現した。


NHK山口放送局に赴任した昭和57(1982)年は、

大正時代の童謡詩人、金子みすゞ蘇りの年だ。

みすゞが遺した童謡を書きつけたノートが見つかり、

幻の存在がクローズアップされることになった。

テレビやラジオ、ずいぶんいろんな番組で取り上げた。

東京のラジオセンター時代の2003年には、

みすゞ生誕100年を期して、特別番組や、

初の512編全編収録CD制作に関わった。

女優の若村麻由美さんに、朗読してもらった。

みすゞのモノローグに詩を加えた、みすゞ物語の脚本も書き、

東京・能登・名古屋と全国3ケ所で上演もした。

若村さんから一箇所も直しのいらない脚本は初めてと

お褒めのことばを頂戴した。

その脚本を今回は、ボクが自分で読むことにした。


修飾語句や形容詞をそぎ落とした簡潔な詩は、

ともすれば屋上屋コメントをしがちなアナウンサーにとって、

驚異の存在だった。

上の雪や下の雪だけでなく中の雪のことも慮る感性には、

近づきがたさすら感じた。

敬して遠ざけてきたようなところもあり、

ここ十数年、積極的な関わりは持ってこなかった。

人前で、話したり朗読したりすることもなかった。

そこへ、ご住職のお誘い。いささか躊躇いながら引き受けた。


脚本を読み始めて驚いた。

まるで、自分がみすゞに身体になっていくようだ。

我ながら、ものすごい集中力だ。

40分ほどの脚本を読み終えたとき、なかなか元の自分に戻れなかった。

会が終わっても、翌日まで、腑抜け状態、魂の抜け殻状態は続いた。

きっと、みすゞが私のことを忘れないでとおりてきたのだろう。

封印を解いて、時々、みすゞを語るべきなのかもしれない。

何より、若村さんにお願いして、再演をしたくなった。


(細川晋輔住職と)



(みすゞになったムラカミ)








(龍雲寺門前)