人形浄瑠璃文楽の重要無形文化財保持者、いわゆる人間国宝、
大夫の竹本住大夫さん。
芸の道一筋に68年。
人形浄瑠璃文楽の世界をけん引してきた竹本住大夫さん(89)が、
いま開催中の東京・国立劇場小劇場の公演を最後に引退を決意した。
脳梗塞に倒れてから、奇跡の舞台復帰を果たし1年あまりになるが、
考え抜いての苦渋の決断をした。
ムラカミも大阪時代、文楽に魅せられた。
人形遣いもさることながら、やはり大夫の語りに心奪われる。
文楽の大夫は、義太夫で、筋やせりふを語る。
愛する女に裏切られた男の心情、子を想う母の気持ち、
若い娘から荒ぶる武者まで、老若男女を語り分ける。
時に感情を抑え、時に大泣きして、人間の心の内を伝える。
住大夫さんは、その最高峰にいる。
住大夫さんが、兄弟子として崇拝している竹本越路大夫さんは、
引退したあと、
「この道を極めるには、一生では足りなかった。もう一生ほしかった」
と語った。
住大夫さん自身も「死んでからでも、まだ稽古に行かななりませんな」と語る。「生まれ変わっても浄瑠璃を語りたい」という。
それだけ執念を燃やしてきただけに、
住大夫さんは、自分で自分の芸に納得がいかない。
住大夫さんは、さかんに「あきまへん」「あきまへん」という。
腹に力が入らず、一音一音際立たせて語れない。
以前出来たことが出来ないのが、もどかしい、歯がゆい、悔しい。
人間国宝に向かって「あきまへんゆうたらあきまへん」とムラカミは
えらそうな口を聞いた。
「細胞が聞いていて、
もうあきらめたらいいんだと思いこんでしまいますよ」と
励ましたつもりなのだが、「そうでんな」と言った端から
「あきまへんな」とつい口をついて諦めのことばが出る。