リンスとコンディショナーとトリートメントの違いがわからん。
同じもの?
同じ括りやと思うけど、僅かな機能の差異を大袈裟に言って買い増しを狙っているようにしか思えないな。
あかん。
ジジイには馴染めない。
新型コロナウィルスによる感染はもはや完全に封じ込めるのは無理だと言われ始めている。一旦拡がり出したウィルスのリスクがゼロになることはあり得ない。常にどこかに存在することを受け入れ、このウィルスへの感染予防のためのワクチン接種と、罹患した時に重症化しないうちに治すことができる治療薬の的確な投与が必要となる。インフルエンザも麻疹も、程度は違えど同じだと思う。
安全なウィルスなどない。侵入した身体で様々な合併症を誘引し、重篤に陥れる。時には変性し、姿形を変え、鎧を着替えて巧妙に侵入してくる。防疫する側はその都度、変身、変貌する敵への武器を開発し、迅速に対処を行うことを余儀なくされてきた。新たなウィルスが出現するたびに、この当初の犠牲を最小限にとどめながら対処方法の確立と応用を繰り返している。闘いはエンドレスなのだ。
ウィルスによっては、一度罹ると体内に抗体ができ、以後しばらくは罹り難い体質になるものもあるが、そうでないものもある。変性でタイプが変わると抗体は効き目がなくなる。麻疹は一般的には前者だが、インフルエンザの多くは大抵後者だ。今回の新型コロナウィルスはまだ何もわかっていないが、インフルエンザと共通する挙動が多く、一度罹ったから安全だとは言い切れないだけに、怖いものがある。
問題は、感染した場合に発症するまでの潜伏期間が一様ではなく、ひとたび発症すると症状の進む速度が極めて速いということだ。当然ながら個人差はある。この個人差は、言い方を変えれば免疫機能の差だと思う。高齢者ほど重篤になり易いのは若い人に比べて免疫性が脆弱だからだ。
免疫機能の低い人は当然ながら外部からの侵入者を迎え撃つ力が弱いということで、今回のウィルスは特にその傾向が顕著だ。高齢者は当然ながら、がん治療を受けている人や膠原病のように免疫機能の暴走といえる難病は体内の免疫性をあえて落として症状の進行を抑えているだけに罹り易いし、進行も早い。
私も癌の術後3ヶ月で肝臓に転移が見つかり、強い抗癌剤を体重目一杯に1年間投与を受けた。その期間中、僅かな傷が大きく広がり、なかなか治らないで苦しむことがよくあった。免疫性が低いと感染しやすく、重症化し易い。これはあらゆる感染症に対して例外なく言えることだ。
整理してみると、今回の新型コロナウィルスによる感染症で重症になりやすい人は次のようになる。
・高齢者
・がん治療を受けている人、治療を終えてあまり時間が経過していない人
・高血糖値の人
・ステロイド剤投与による治療を受けている人
・心肺機能の低い人、ヘビースモーカーのような喫煙者
・基礎体力の低い人、など
疾病は全てそうだが、罹り易い人、負傷箇所が悪化し易い人、治り難い人などとは反対に、罹り難い人、負傷箇所が早く癒える人、すぐ治る人がいて、前者の私を羨ましがらせる。ウチのカミさんなどはまさに後者のタイプだ。蚊に刺されても腫れずにしばらくするとその箇所が判らなくなる。私などは大きく腫れて、下手をすると刺された部分がただれることさえある。当然ながら、なかなか治らない。その差が何なのか、不思議だったし、同じ人間なのに、と不公平感を抱いていた。
体質を変えたい。きっと変えられると思っていた。対症療法の西洋医学ではむりでも、東洋医学(漢方)ならばできるかもしれないといくつか試みてみた。すぐにケツを割る私が意外にも続けて頑張った。少しは効果があった。しかし、限界はすぐに見えた。生まれついたものは簡単には変えられないということが判った。それでもあきらめられない。ならば、後天的に変えていけるものは何か、を考えた。
たどり着いた結論は、免疫力の増強だった。免疫性を上げるために、よく眠り、気持ちを前に向けて、よく笑い、楽しみ、心を満たすことに努めようということ。そして、その重要性は、癌を患い、苦しんでいた時に、カミさんや家族、友人たちとの心の触れ合いにかなり助けられたことでも証明された。初めは自分だけでも頑張れると思った。でも、みんなと一緒にいると見る見る元気になれる。逆に、一人でいると余計なことが脳裏をかすめ、どんどん落ち込んでゆく。そういう単純で明解な節理に、当たり前のことに、ようやく気付いた。
今回のこの感染病は、感染した人を隔離しなければならない。健康な人を守るためにはぜひそうしなければならない。でも、そうすると重症化が進む。感染している人を助けたいのであれば、なんとか家族や友人たちと超低リスクで顔を合わせ、話をし、楽しい時間を持てるようにしてあげられないのか。
そのほうが、どんな医療機器よりも、何十本の注射よりも、薬石よりも効き目は高いと思う。
「人との接触を8割減らす」ために出された「出勤者数を3割以下にせよ」というお上からのお達しを、職場のボスが努力目標と捉えて駆け引きの姿勢を見せたとたん、組織トップの逆鱗に触れ、それが厳命であったことに気づくというお粗末な顛末があったことは既に書いた。在宅化率を7割以上にするために職場では直ちに全員へのヒヤリングをしてどうしても出勤しなければならない日を申告させ、調整を繰り返して勤務シフト表を何度も修正し、苦悩の塊のような出勤体制を作り上げていた。当然ながら最長老の私は殆ど在宅勤務だ。
大前提は「5月6日まで」で、その先については、今は考えないということ。国中ですべての指向がそうなっている。でも、だれもが予感していることだろう。この新型コロナウィルスの感染病との闘いは長期戦になるということを・・・。本来は長期的な指針を持ちながら進んでいかなければならないのに、つけを先送りにして、とりあえず進もうというのがお上の姿勢であることは誰の目にも見えている。先の先まで論じると誰もが足をすくませるため、目の前にあるものだけに触れて、とりあえず第一段階を何としても乗り越えたいということなのだろう。
私は、お上のその方針に概ね賛同している。日本政府、自治体、職場の首脳部の奮闘を評価している。重箱の隅をつつけば言いたいことは山ほどある。しかし、それでもみんなよくやっていると思っている。決定を下す人たちはほとんど休んでいないのではなかろうか。多くの人の血と汗がはっきりとわかる。特に、わが身を危険にさらしながら献身的に頑張ってくれている医療従事者には頭が下がる。だから、微力ではあるが、私もできる範囲で積極的に尽力したいと思っている。
まず最低限のこととして、自分が感染者にならないこと。もし、不幸にも罹ってしまったとしても重篤化しない「健康」を保つこと。簡単そうに思えるが、大病を患って経過観察中である高齢者にとってはこのハードルはかなり高い。私は現に「致死率が高くなる人」なのだ。だから、「出掛けない」、「免疫力を高める」、「落ち込まない」ことが大切で、家にいて、しっかり食べ、しっかり眠り、しっかりと何かを楽しもうと心掛けるつもりだ。そういう意味で、在宅勤務は有難い。
在宅勤務に乗じて家でのんびりすることは性格的に無理だ。既に4日間をこなしたが、逆に、いつも以上に働いている。決められた時間をしっかり仕事している。私は性格的に強くない。すぐにくじけたり、周囲に振り回されたり、感情に支配されたりする。それゆえに、嘱託というアカウントを持たない仕事であっても、職場に出勤し、規則正しい時間割に加えて自分でも仕事を創出して微小な負荷を肩にかけるようにすることで、達成感を増幅させ、働く喜びを維持してきた。そんな私が在宅勤務をこなすには、自分を律しながら、積極的に仕事を楽しむしかない。だから、脇目も振らずに仕事をする。そのほうが楽なのだ。
家でじっと座ったままで仕事して、よく食べているから、体重は増えるかもしれないと覚悟している。しかし、この一週間では体重にあまり変化はない。むしろ、僅かではあるが減っている。なぜかはわからない。
タガは緩めたくない。私は一度緩めると自分では是正できないから、前にも書いたが、やらなければならないのであれば、積極的に楽しんでやれというのが私の基本姿勢だ。だから、今日もしっかり働いた。馬鹿正直に、律義に・・・。
その上で、最前線で闘っている人たちに呼応して自分でもなにかできることはないのかを考えたい。特技もないし、これといった得手も持ち合わせていない。ただ、大病を乗り越えてきたことで少しは悟ったことがあり、幾人かの人はそんな私の背中を見てくれている。その人たちを介して私の姿勢を発信して行くことはできる。そういうことも踏まえて、「自分が罹らないこと」の重要性を説くことから始めたいと思っている。
今、頭の中を「上を向いて歩こう」が鳴り響いている。私が小学生の頃に大ヒットした、懐かしい曲だ。しかし、いつ聞いても色褪せない新鮮な曲でもある。どんな時でも前を向いて歩こうと決めている私にとって、イントロが流れるだけで気持ちが明るくなる曲であり、そしていつも最後には泣かされる曲だ。
1985年、私が36歳の盆休み初日、大好きだった坂本九さんがJL123便の墜落事故で亡くなった。まだ43歳の若さだった。悲しかった。しばらくはこの歌を歌うことができなかった。もう既に作詞の永六輔さんも、作曲の中村八大さんも鬼籍に入ってしまわれたが、日本の歌として世界で最も有名なこの曲は励ましの歌としてあらゆる機会で歌われており、今も輝いている。
そして、今般の新型コロナウィルスによる危機に際しても、多くの人のこれを歌い、心を一つにしようとしている。動画に映し出される人たちの表情やメッセージに、まず心が締め付けられ、次にその輪に引き込まれていくような気持になる。幸せに顔を向けて歩こう。かつては気恥ずかしく思えた歌詞が力強く背中を押してくれる。
「コロナに負けへんで!」
4月17日は通院の日だった。2012年に手術を受けてから、経過を観察するため、これまで月に一度の頻度で通院している。間もなく丸8年になるが、今も毎月通っている。友人の中には、経過観察の通院間隔が広がり、年に4回が2回に、2回が1回になったと得意面をしている者がいるが、私は逆だと思っている。
そもそも、電車を乗り継いで通院すること自体嫌ではない。都会から離れた郊外に住んでいると、たまに賑わいに触れたいという衝動に駆られることがある。大阪市内で生まれ育った私にとって、結婚してから住んでいる泉州は好きな街だが、この地で棲息するだけの暮らしはライフエリアの狭小化を意味し、やはり寂しさが伴う。だから、月に一度、検査という口実をもって街に出ることは気分転換につながり、心が弾む。
それに、短スパンに規則的な検査で大いなる安心が生まれる。一昨年の晩秋に新たな癌が見つかって昨年初めに入院、手術を受けた際も、昨年初夏にCT画像や腫瘍マーカーでさらに新たな癌の疑いが濃厚になった折も、すべて早期発見、早期対応で不安に思うことは殆どなかった。そういう意味でも、私は恵まれていると思っている。今、掛かっている医療機関、担当医の方々には全幅の信頼を置いている。それはメインの大規模総合病院だけでなく、兵庫県西宮市内の眼科医、近所の内科医、大阪市中央区の歯科医も含めての話だ。
すべて、毎月一度は通院している。それだけ、身体に不具合があるからだと言われればあえて反論しないが、対症療法という本来の目的以外にも、定期的に通うことで予防的役割が増し、安心が大きくなる。つまり、手遅れになる可能性は低くなるということだ。高齢化して健康に対する不安など過敏になっているわけではない。8年前に大病をして、早期発見がどれだけ有難いことかを痛感したからだ。
昨日は、採血センターなど、全ての待機場所で座る場所の間隔が広く取られていた。いくつかの検査を受けて、抜いてきた朝食をとるために6階のいつものレストランに行くと営業時間の短縮を知らせる紙が貼り出されてあり、閉まっていた。仕方なく1階のカフェで朝食をとって服薬したが、その店は私にとってはあまり居心地がよくなく、早めに診療科の待機ロビーに移動して読書を始めた。すると、予約時刻よりもかなり早めに呼び込まれた。ドキドキしながら診察室に入ると、担当医が明るい声で異常は見られないとの所見を告げてくれたので、ホッとした。この瞬間の嬉しさがたまらない。
次回の予約をし、投薬の処方箋を受け取り、感染へのお互いの無事を祈りあって診察室を辞去した。いつもなら大きく後れがちな医師の診断なのだが、この日は逆に早く終わった。6階のレストランにいたなら予約時刻ぎりぎりまで読書をしていたはずだから呼び込みに間に合わなかったことになる。結果良しだった。
1階の会計窓口へ行くと、待機行列は広く間隔を取っていたのに大して長くなく、すぐに手続きが済んだ。つまり、いつもに比べて患者数がかなり少ないのだ。さらに、会計職員の出勤者数を減らしているためと思われるが、支払いは次回に併せる旨の通知があった。だから、それから支払いまでの長い時間をいつもなら待機ロビーで席を奪い合って過ごすのだが、それの時間消費がなかった。多人数が集合しないようにという配慮でもあったようだ。院外薬局も空いており、医薬品の購入にはいつもの半分も時間がかからなかった。
時計を見ると、予定していた時刻よりも2時間以上早めに事が進んでいる。阿部野橋界隈の商業施設はことごとく臨時休業しており、銀行のATMコーナーに立ち寄っただけで、すぐに難波へ移動した。15時に歯科医院の予約がある。普段なら午前の部が終わるのがほぼ13時で、移動と昼食に時間をかけても大丈夫な予定なのだが、今回は時間をつぶすのに苦心することになった。行くところがないのだ。いつもなら終日込み合う地下鉄御堂線もガラガラだった。
ミナミの街はまるでゴーストタウンのようだった。主だった商業施設は休業しており、空いている飲食店もかなり少ない。そりゃそうだろう。歩いている客そのものが極めて少ないのだ。店を開けていても売り上げはほとんどないから、経費倒れになる。閉めていれば何らかの補償が得られるかもしれない。そんな店側の判断が働いたかもしれないが、それは理解できる。
それにしても、これほど人がいないミナミの景色は初めてだった。子供のころから見てきた景色とは全く違う。パラサイトではないかと思った。戎橋商店街も、道頓堀も、千日前も店は閉められ、人通りが殆どない。アーケードの明かりはついていて案内放送も流れているが、たまに飲食店が開いているだけで、まるで地方都市のシャッター商店街のようだった。
この有様では、日本の経済は未曽有の落ち込みを免れないだろう。新型コロナウィルスはかなり手強い相手だが、世界中の英知を集めれば、克服できないことはないはずだ。各国がこの機を悪用しようとしない限りは、年内にはワクチンも承認されて本格生産についているだろうし、配布もかなり進んでゆくことだろう。問題はその後だ。世界的な恐慌のために多くの企業が倒産するだろうし、落ち込んだ消費の回復にはかなりの時間がかかるだろう。それらの救済支援のために撒き散らす補償金はすべて国債に頼るもので、国民は結局多くの借財を背負うことになる。下手をすれば、日本は、東京や大阪は、本当のゴーストタウンと化すかもしれない。
飲食店の殆どが閉鎖されている中で、よく行くカレーショップが開いていたので入った。客は誰もいない。「どこでもどうぞ」という声に応じて、表からよく見える席に陣取った。というのも、私が入る前に、中年の男性が店をのぞき込んで入るのを躊躇い、結局去って行ったからだ。私はこういう場合の呼び水になることがよくある。案の定、続けて続々と客が来て、席が埋まっていった。我ながらこれには驚いた。
いつもなら2時間以上の空き時間があるとカラオケボックスに行って少し溜まったストレスを腹式呼吸で発散させるのだが、休業要請の対象で店自体が開いていないからそれもできない。かなり歩き回った。街に数ある薬局で一つの現象を見つけた。マスクが売られているのだ。ひと箱3980円+税。まだ高い。しかし、多くの店で店頭に積まれていた。政府のマスク配布も始まり、品薄状態が緩和される傾向にあるため、店側が少しでも高値のうちに売りさばこうとし始めたようだ。あと暫くすると半額になりそうな雰囲気だった。
結構歩いたのち、少し趣のある「喫茶店」を見つけて入った。店主と思われる品のよさそうな女性とその息子が二人でやっており、店内は昔ながらの作りだが、雰囲気は悪くない。客は一組で、母親と息子という親子風だった。コーヒーを頼んだが、サイフォンで丁寧に淹れており、期待が持てた。待つこと暫し、出されたコーヒーは香りもよく、好きな味で、心が安らかになった。ただ一つ、先客のおばさんがたばこを吸っていて煙が気になることを除けば・・・。
店には1時間ほどいた。この店も、私が入ってから次々と客が来る。おそらく常連客だろうと思われるし、たまたまタイミングがそうなったのだろうが、私の「呼び水」機能は健在だと思った。それにしても煙い。新型コロナウィルスの感染への配慮か、店は入り口の扉を開放してくれていたので、窒息は免れたが、路上喫煙が禁止されている地域にある喫茶店はたいてい喫煙場所としての役割もあるのだということを失念していた。でも、この店は気に入ったので、これからも利用するだろう。
歯科医院では頼んでいたマウスピースができていた。私は、昔から少し歯ぎしりをしているようで、カミさんから何度も注意をされてきた。寝室が別となった理由の一つだろう。今は自分の歯の保全のために就寝時にマウスピースを着けようと、今回、初めてトライする。ネットではマウスピースの功罪をあれこれ書く人が多いが、こういうネット記事自体に功罪があることは確かだ。マウスピースの素材を調べ、維持管理方法を考えるためにネットにアクセスしたが、私は愚かな記事は無視することにしているので、功罪に関する記事は読んでいない。
治療や歯石取り、マウスピースの試着などを終え、歯科医院を出た。難波駅に着いたのは15時45分。駅に隣接する商業施設内にイカリスーパーがあり、カミさんへの土産を買った。帰りの急行もガラガラだった。
大阪府が緊急事態宣言の対象地域となって、私が働いている職場もいろいろと試行錯誤を始めている。新型コロナウィルス感染拡大への対策というよりも上部機構への配慮から、といえるだろう。ライフラインの一つとして、現場ありきで基本的にはテレワークへの勤務形態変更が利かない職種であるだけに、一律7割の在宅化を求める上からのお達しに勤務シフトを近づけようとかなり苦労しているようだ。
それでも、なんとか形をつけようと苦慮した結果、在宅化率3割で昨日スタートし、今日はその2日目だ。つまり、週に一度の頻度でシフトを組み、私は今日、第1週目のテレワークに就いた。急いで作成された感がある在宅勤務マニュアルに従って、朝から律義に仕事をこなした。
昨日の午後、無理矢理に自宅でもできる業務を選び出し、持ち出し限度ぎりぎりのデータを、所属長の承認を得て自宅PCへパスワード付きでメールした。公的組織はPCやデータの持ち出しを禁止している。だから、こういう「靴を履いて足裏を掻く」ような歯がゆさが伴う。しかし、これらは別段世の中から遅れているわけでもなく、組織の性格上、ある程度は仕方がないと思う。だが、後手に回っていることは確かだ。ま、今回のような危機を想定できなかったのは、何もウチだけではあるまい。
サラリーマン現職の時、私は国内外の出張が多かったため、会社支給のPCは常にバッグにあり、いくつものゲートウェイをくぐって本社とつながっていたから、今よりもかなり進んだテレワーク状態で、テレビ会議など当たり前だったが、今の職場では出張の定義も異なり、セキュリティ重視からテレワークを一切認めていないので、今回のお上からのお達しにはかなりの当惑があるようだ。
その態度を見ていると、どうもしぶしぶ従っている態だ。何かの条件を得たいという姿勢がありありと感じられる。組織としてはそういう駆け引きも必要なのだろうが、どうせやらなきゃならないのなら快くやるべきじゃないかと私は思う。在宅化率3割ではお上が納得するはずがない。案の定、今日の午後、所属長から電話で在宅回数の増加を言い渡された。具体的には、来月6日まで、というよりも今月の28日までずっと在宅勤務をしてほしい、というものだった。
私は職務的にも割愛されやすい立場であり、高齢で基礎疾患があるために新型コロナウィルスに感染すると重篤化し易いという身体上の問題もあるため配慮したと言われると抗えない。在宅化率アップに貢献できるなら、と概ね合意したが、やはり寂しさを覚えた。明日は1時間早い時差出勤で職場に行って永の不在に備えるが、当分は職場の愛席から離れることになる。しがみついて「嫌だ!」と叫びたくなるかも・・・
ま、通勤移動がないから身体的には楽ではある。睡眠時間も長くなるし、弁当を作るカミさんは大いに助かるに違いない。しかし、程よいプレッシャーがあるから日常が規則正しく進んでいるのだが、自己管理が全てになると、「きちんとしている」と言われる私でも規律感や使命感を強く持っていないとかなり精神的に疲弊するだろう。そういうものが積もり積もって自己の崩壊を招くと言えば大げさだろうか。
なんにせよ、やらなあかんのやったら、プラス思考で、在宅勤務をしっかりと楽しんでやれ、と思っている。でも、危機がなんとか終息し、ほとぼりが冷めてからが問題だろう。在宅化がある程度可能であることが一般化すると、働き方改革が大きく進むに違いない。そうすると、次に来るのは肩たたきかもしれない。特に私のような立場の者にはそれが脅威となる。健康のためには、身体が許す限り働き続けたいと思っているが、リタイヤも頭の片隅に置いておかなければならなくなったようだ。
新型コロナウィルスの感染拡大は勢いが止まらず、人類全体に大きな脅威を与えている。欧米の死者数は最大級の災害をはるかに超えており、多くの人が生命の危険を覚えている。経済は確実に破綻を来たすようになることが予想され、感染の拡大が沈静化された後に深刻な世界恐慌が訪れるかもしれない。
今回の感染状況は国民性の違いを顕著に出していると思う。感染症が蔓延している国を見ていると、ほとんどの国家の対応が後手に回っている。何よりもその措置の徹底に大きな遺漏があると思う。どの国でも自分勝手な判断でルールを守らない人がおり、そういう連中が横行するために多くの人が被害を受けているのだ。その結果、医療体制が破砕され、感染者数が猛烈な勢いで増えてしまっているといえる。
この、ルールを守らない連中は、総じて平気で嘘をつく人種だ。社会に対して何ら建設的なことをしないで迷惑ばかりかけてしまう者たちで、存在そのものが反社会的であり、他人の人権は無視するくせに自分の権利はしっかり主張する卑怯者だ。だから、そんな連中にはおよそ人権など与える必要もなく、国民から除外すべきであると私は常々思っている。彼らがもたらす虚偽の報告や行動が感染拡大を増幅させていると言い切れる。
そういう輩はどの国にもいるが、わが国ではほんの一握りの少数派だと思う。だから、今回の感染症に対して、わが国は先進国の中ではけた違いに少ない感染者と死亡者にとどまっており、なんとか持ちこたえている。でも、彼らの身勝手さはウィルスよりも感染力は強く、ちょっと油断するとすぐに同じ匂いを持つ人種を引き寄せ、我が物顔で暴れまわるようになる。だから、彼らが集合体と化す前に圧倒的多数の良心と善意で包囲し、埋没させなければならない。
民主主義は素晴らしい。一人は全体のために働き、全体は一人のために気遣う。一人一人の自覚と行動が社会を栄えさせ、その結果、社会がもたらす大いなる恩恵はすべての人が受けられる。生命の安全を保障し、明るく夢ある将来を追い求めることが許される。そこには強者とか弱者とかいった区別はない。人は自分の歩幅で、自分の速度で、だれにも邪魔されず進むことができる。大切なのは前を向いて進むこと。それさえ怠らなければ何の苦しみもない。
「前」とはその人が人として成長してゆく先であり、決して誰かが強制する方向ではない。そう、人権とは、自由とは、自分が何かを為すから与えられるもので、歩むことを放棄したものには与えられないもの。決して奔放気儘に過ごせることではない。常に、周囲への影響を測って自分の為すべきことを悟り、それを声に出して、そして成すことが重要なのだ。
今般の新型コロナウィルスの感染拡大における若者の動きは、「自分には大して影響はない」と浅慮にも世の声を無視してやりたいことをし続けているように見える。そのうちに収まるだろう、もし自分が罹っても死ぬことはないと、タカをくくった愚かな行動だ。しかし、その結果、国家が麻痺し、経済が崩壊して、会社は倒産し、仕事がなくなり、アルバイト先がなくなり、日々が苦しくなって、誰かに助けを求めても誰も助けてはくれないという状況が十分に起こりうると考えられないのだろうか。
自由を享受し、堪能し、味わえるのはその対価としての義務を果たすから。ルールを守り、やるべきことをしているから自由は保障される。そんな簡単な原則をも守れない者は日本には要らない。社会は何も難しいことを命じているのではない。家にいろ、手洗いをしろ、マスクをしろ・・・。その程度の簡単なことだ。戦後最大の国難といわれる今回の危機を乗り越えられるかどうかは若者の自覚にかかっている。
私が住む所は、大阪の泉州にある人口7万4千人余りの小さな街で、古くから海に開かれ、港湾都市として栄えてきた。また、近代では羊毛など短繊維織編物、特に毛布の産地として全国に名をとどろかせた時期もあった。街の中には古い下見張りの板壁を持つ建物や、シエラ屋根の小規模工場が今も残っている。でも、操業を続けているかどうかはわからない。しかし、安い外国製品に圧され、多くの工場は廃業し、駐車場やマンションに姿を変えている。
私がここに移り住んだのは21年前で、その頃は往時の繁栄を偲ばせる商店街やレストラン、飲み屋街もいくらか残っていたが、今はそのほとんどが店を閉じ、繁華街もさびれている。地場産業が衰退して街そのものが単なる大阪市のベッドタウン化し、駅前の一等地も商業地域なのだが単なる通過点でしかないようだ。人の滞留が少ないためにレストランなどの外食店舗もあまりなく、食料品スーパーだけが競い合っている。
しかし、急行が停まり、難波へ20分、関西空港へ25分の立地は、航空機を利用した出張が多かった私には至極便利だった。大病をして旅行を我慢している今は関西空港へ行くことも少なくなったが、大阪市内へのアクセスの良さは実にありがたく、何かあればすぐに電車に乗っている。
自治体としては、市制化は大阪府の中では古いほうで、小さいながらも歴史のある街だと言えるが、様々な市有施設は小規模なもので、しかも古くなっている。地場産業の衰退で市の財政はかなり厳しいため、健康保険や水道代なども周辺のより大きな市に比べると割高感があり、住民への福祉サービスの脆弱さは否めない。少子高齢化も結構進んでいる。
市立図書館もご多分に漏れず、建屋は古くて狭いうえに、蔵書は乏しい。ほとんどの市町村が導入しているようにわが街も当然のごとくTOCのオペレーションに頼っている。酷な言い方をすれば、「一応有りますよ」というレベルの図書館だ。高齢者の一人としてはこういう施設の充実は切望するものであるが、限られた財政の下、市政が若い世帯への原資の集中にウエイトを置くことはやむを得ない選択であることも理解できる。ならば、私としてはここを終の棲家とすべきかどうか、転居も視野に入れて今後の生活を考えていかなければならないと思っている。
その図書館も3月2日から休館になっており、3月20日→4月3日→5月12日と閉鎖期日がどんどん延長されている。書店やネットではなかなか選択しない本も図書館で見かけると読んでみようかという気持ちになることがあり、視野と知見を広げる一つの力になっていると思っている。だから、図書館の休館で休日の行動が選択肢を一つ失うことになり、開発途上の年寄りとしては寂しいことだ。
テレビで、韓国の図書館ではネットで予約して専用窓口で受け取るサービスをしている画像が流れていた。これはどこでもすぐにできそうな、さほど難しくないことだと思うのだが、わが街の図書館ではカネもヒトも乏しいためか、やってくれそうにない。閉館すればいい、市民は我慢すべきだ、というタカを括ったような消極的な行政姿勢が垣間見える。退潮する地方小都市全体に言えることかもしれない。
市長が変わっても市役所の体質は変わらない。水道一つとっても、職員は多過ぎだと思うが、有能な人材は不足しているように見える。市役所全体がそうなのだろうと思ってしまう。やはり別の街に行こうか。でも、ここは、私の人生で最も永く住んでいる街だし、転居となると資金も必要だ。当然ながら、この歳での多くの費えは避けたいし・・・。
ああ、愚痴しか浮かばないな。なぜか後ろ向きの考えしか出てこない。何でもかんでも言い訳のネタにするようだが、これも新型コロナウィルス感染拡大のせいかな。
春に三日の晴れ間なし、というが、このところ大阪はよく晴れていて、一昨日は久しぶりにたっぷりの湿り気があった。三寒四温も例年のようなメリハリがなく、やはり異常気象を匂わせている。そして、何よりも新型コロナウィルスによる感染症の専横。いつもの春とはかなり違い、戸惑いあまたである。せめて春の息吹をこの肌に感じ取ろうと思うのだが・・・。
テレビで大阪城西の丸庭園の桜が満開であることを知らせていた。今年はまだ美しい景色に接していない。このまま花が消えるのを何もせずに看過するのは口惜しい。しかし、休日というのに自宅でPCとビデオ三昧のわが身はあまりにも不甲斐なく、勿体ない次第だ。せめて泉北ニュータウンの荒山公園にでも行きたいが、カミさんが固辞して同行してくれない。一人歩きができない幼子ではないが、カミさんがついて行ってくれないと楽しくないから一人で行っても仕方ない。ま、あきらめずに何度でも頼み続けるつもりだが・・・。
桜、特にソメイヨシノは寿命が短く、50年ほどといわれている。昨日、泉北1号線を車で走ったが、ちょうど泉ヶ丘駅付近の南行き車線の堤に桜が連なって植えられていて、大きく育った木々が満開に咲き誇っていた。あれらの木々も樹齢が50歳以上になる。今のうちにしっかりと目に焼き付けておきたいが、立体交差で無信号の道路をかなり速い速度で運転しているとチラ見しかできない。惜しいな。ま、花は惜しいぐらいが美しい残像として価値あると思う。
日々の暮らしを、生命を脅かしている忌まわしい感染症だが、こと花見に関しては悪しき習慣をただすいい機会となっている。私は常々、花見と称してシートを敷いて車座になり、酒をあおり、品の悪い粗暴なふるまいをしている人たちが嫌いで、桜の名所には必ずそういう連中がいることを嘆いていた。その人たちの言い分はいろいろあろうが、パブリックスペースでの飲酒はやはり止めて欲しい。それが、今春は感染症のせいで、ほとんどの施設が多人数での会食を禁じている。これはいいことかもしれない。でも、中には立ち止まって見ることさえできなくしており、風情を欠く仕打ちに「やりすぎ」との声もあるが、たまにはこういう厳格もありかと思う。
それにしても、花を愛でることなく春を過ごす身はやはりつらい。しかし、美しきものは瞬きの宴にして余韻を残し、次への思いを膨らませるほうが良いかと己に言い聞かせている。花も、景色も、女性も・・・。