でも、永年お世話になってきただけに寂寥感が半端じゃない。
その日になるとさらに増幅されるのだろうな。
垂直移動を軸に構成された商業施設建築で、中途半端な規模だけに、次に入るテナントは苦戦するだろう。
期待はしないでおこう。
10月1日、中秋の名月だった。
月々に月見る月は多けれど 月見る月はこの月の月
いつもは9月に行う月見だが、今年は10月になった。この辺りが太陽暦と暮らしの暦とのギャップだろう。俳句などに触れる時、このギャップが妙に引っかかるが、ま、バイリンガルで頭の体操になるからいいかもしれない。
彼岸も過ぎて、まさに中秋。今年はラニーニャ現象が発生しているから、冬の到来が早く、冷え込みも厳しくなりそうだ。短い秋を楽しまなくては・・・。
何を食べてもおいしいし、いつもの景色が見違える季節だ。秋の光は優しく、女性が美しく見える。服装もバリエーションが広がり、着こなしが自由に楽しめる季節なのだ。厚着でなく、薄着でなく、シルエットが最もきれいに映る。夏の余韻を感じさせる健康美でもある。
若い頃は、意識と現実の隙間に嵌まり、もがき苦しむ日々が続いた。そんな時、悩みを打ち明ける相手はお月さまだった。一年中お月さまと語り合ったが、この季節が最も美しく、最も優しかった。
歳を取り、仕事に追われるようになると、月を見る時間も徐々に短くなり、心の言葉は愛する女性に向けられるようになった。月は相変わらず約38万キロメートルとほぼ同じ距離のあるのに、私の中では徐々に遠くなった。
心の言葉を聞いてくれる女性とは40年経った今も同じ家で楽しく暮らしている。とにかく笑顔が絶えない家庭だ。高齢者夫婦だけの世帯だが、とにかくよく話し、よく笑う。私の友人は「今更話すことなどないよ」というが、我が家にはいくらでもある。
その理由を掘り下げて考えたこともあるが、それはまた別の機会に書こう。ともかく、今が人生で最も幸せな時だと私は思っており、大切にしたいと願っている。
さて、月に関わる話に戻ると、きれいな月を見ると口から出る言葉を書き留めたくなる。俳句や短歌だ。しかし、俳句が特に好きな私だが詠むのは下手で、あまりの愚作に筆を放り出して久しい。才能のないわが身を呪いたくなる。
今夜は久しぶりに月見をしようとカミさんとバルコニーに出たが、詩歌は浮かばなかった。リビングに戻って歳時記を取り出し、いろいろな句や歌を読んでみたが、私の心境が稚拙なのか、どうもぴったりくるものは目に留まらなかった。やはり下手でも自分で、と気負っていくつか詠んだが、とても載せられるレベルではないので、省こう。
さて、苦手な俳句は置いておいて、短歌についてだが、子供の頃から我が家では正月に限らず一年中百人一首で遊んだ。だから、今でも自然とその百首が出てくる。月に関する歌なら、やはり、
月みればちぢにものこそ悲しけれ わが身一つの秋にはあらねど
だろう。今が幸せと思う私ではあるが、この歌の心境はよくわかる。多分、ほとんどの人が共感することだろうと思う。
百人一首で遊んだ子供の頃の思い出は、なんといっても
あはれともいふべき人は思ほえで 身のいたづらになりぬべきかな
という謙徳公の歌の上の句を母が読み上げたとき、取り合いをしていた3人兄弟妹の真ん中である弟が間髪を入れず、
身のいたづらに私は泣いた
と続けたことで座は爆笑の渦。しばらくはこの歌が出ると兄弟妹3人は大声でそれを叫んで大笑いしたものだ。懐かしさに、そのくだりをそっと呟いてひとり笑いをしたら、カミさんに蔑笑された。それもまた嬉しい。
いつの間にか、2020年も9月下旬。今年は特別にいろいろあったにもかかわらず、気が付けばあと三ヶ月余りで年を終える。振り返ると時の流れが一層早くなっているように思う。秋分の日、振り出しの時候だ。
夏がだらだらとしているなと思っていたら、水道の温度はしっかり秋になっていた。このところ、入浴の度にシャワーの温度設定をしなくてはならない。今週はさすがにエアコンを動かしていない。昼間は汗ばむ気温だが、風があるおかげでエアコンの世話にはなっていない。すると、身体が冷えていないからシャワーの温度が少し上がるのだ。
今年は台風も少ない。一昨年の半分のペースだ。南大阪にあるわが街は毎年なぜか降水量が少ないのだが、それは今年も例外ではないようだ。大阪市内で傘が必要な日でもこちらは降っていないことが多い。そのため、昔から泉州地域は水利争いが頻繁にあった。しかし、有難いことに、近年、給水制限などの記憶はない。大阪府の水道がしっかり整備されているからだ。
大阪府の水は軟水である。それも硬度60を超える東京などと違って、40未満のしっかりした軟水である。水を知っている人ならこの違いは判るはずだ。「ミネラルが豊富」は良いことだと信じている愚か者にはわかるまい。
空気はまだ夏のにおいを引きずっているが、それも間もなく秋のすっきりとしたものに変わり、鼻から、皮膚から、食欲が湧いてくるようになるだろう。いや、私の場合、すでに食欲の秋となっている。
立派な松茸をたくさん戴いた。香りも味もしっかりしているので、早速ご飯に入れた。焼き松茸や土瓶蒸しもいいが、私は何といっても松茸ご飯が好きなので、3日続けて炊いてもらった。腹一杯食べても毎回ほとんど残ったので、冷凍庫にはしっかり蓄えができた。当分は弁当を賑わしてくれるはず。
いろいろな魚が売り場に並ぶようになった。狂乱価格の野菜も落ち着いてきた。もう暫くすると新米が出回る。ああ、考えただけでよだれが出る。
食べられることは幸せだ。私は今、ご先祖様、人、気候、景気、そして何よりも平和に感謝して、ひたすら食欲の秋に没入しつつある。これぞ、至上の喜びだ。
水温が下がってきた。入浴時のシャワーの湯温設定を少し上げた。朝、就寝時の空調稼働のために締め切ったベランダのガラス戸を開けると心地よい風が入ってくる。日中はまだまだ暑いが、しっかりと秋が来ている。
季節の感覚が少しずつずれてきている。マスコミでは異常気象のせいにするものが多いが、元々季節の移り目は明瞭なものではない。いつの間にか夏で、気が付いたら秋だ。つまり、地球の公転は節目のない連続したものなのだから、気候は絶えず変化しているものなのだ。
それを、人は勝手に季節ごとの区分けをし、メリハリを求め、節目を設定しようとする。それが、二十四節気や七十二候のような人類の叡智のごとき分類であれば称賛すべきだが、マスコミや気象業界の稚拙な解説によって季節感を勝手に規定され、差異を百派一絡げに異常気象で片付けられているから引っ掛かる。
季節感なんて元々、個人個人が各々感じるもので、体質や暮らし、居住地、生い立ち、家庭の文化レベルなどによって差異は当然できる。その多様性こそが文化の基盤であり、文学や芸術、科学を支えている人類の財産であろう。
私が若かった頃は服装も一定のきまりがあった。半袖と長袖、薄地と厚地、綿とウールなど、衣服の切り替え時期がはっきりしていた。それが、少しずつ緩くなり、夏でも重ね着をしている人がいれば、真冬でもTシャツ一つで闊歩する人もいる。
日焼け防止や作業時の防備など、目的が明確なものもある。しかし、多様性が広がった自由な着想の推進役は、ほとんどの場合、「ズボラ」であったかもしれない。二言目に「面倒くさい」と平気で言う女性が、特に主婦が増えている。彼女らもその立役者だろう。
衣替えを季節の行事と捉え、衣服の整理、点検をして来た主婦は過去の遺物と化しつつあるというと、世の女性たちからお叱りを受けるかもしれないが、私の偽らざる心境の吐露である。でも、それをカミさんに言う勇気は持ち合わせていない。
季節感の希薄化は服装だけではなく、食べ物もメリハリがぼやけている。もともと、海のもの、里のものも獲れ高、出来高にかなりのばらつきがあるのは当然で、人々はそれを平均化しようと努力してきた。
里のそれは、治水をし、肥料や土地改良をし、穀物や野菜などの品種改良をして、収穫の平均化を図ってきたもので、かなりの成功を収めている。その結果、野菜の季節感は薄れている。ハウス栽培など、一年中収穫ができる品種が増えてきた。おそらく、定番メニュー化したい飲食業の需要と農家の収穫意欲が結びついたものであろうが、それを季節感の破壊者のように言ってはならない。むしろ、生活の充実の推進役として褒め讃えるべきだろう。
問題は海のそれである。海流の変化による漁獲量の浮沈は付き物だが、乱獲による水産資源薄影化はいけない。
個人を含め、何らかの営みをする企業は、国の違いを問わず、常に収益の増加を求める。その結果、市場に出回る物量が大きく変動するだけでとどまらず、資源の枯渇へと突き進んでいる。誰も己が業績しか見ず、地球規模で、社会全体で、明日の、明後日の収穫のための保全などしていない。
私は何も学術的な措置を言っているのではない。あくまでも水産業の姿勢を言っている。日本には多くの善人がいる。獲り過ぎを戒め、サイズや漁獲量を自主規制し、養殖や稚魚放流で育てて獲ることを推進している人たちだ。しかし、利に敏い多くの「人種」は漁獲量を増やすために行動範囲を拡げ、根こそぎ獲ってゆく。
三大料理の一つと言われているある料理では魚介を使ったものは高級料理で、国が貧しかった頃はあまり食べられなかったが、暮らしにゆとりが出て、食べる人も獲る人も高い魚介に飛びついた結果、世界規模での乱獲となっている。
彼らの漁法は「根こそぎ」そのもので、大半がトロール漁法で獲る。網で引き揚げられた魚は死ぬ。彼らは商品にならない小魚稚魚などは平然と捨てる。他の生き物の餌になるからいいじゃないかといっている某国の漁民のコメントをテレビで聴いたとき、腹が立った。
8月が季語の大衆魚「秋刀魚」が晩夏初秋に食卓を飾らないのは何とも悔しい話である。回遊の変化による好不漁の話ではなくなっている。明らかに某国の仕業だ。はっきり言うと中国だ。地球規模で起きている多くの悪い出来事の根源は彼らだ。中華思想そのものだ。あ、気を鎮めて・・・。
赤とんぼが減り、虫の音が聴かれなくなった。でも、秋は秋だ。悔しいが秋刀魚は冷凍と缶詰で我慢して、半袖のTシャツの下に長袖を重ね着して、味噌煮込みうどんを食べながら、過ぎて行く今年の夏を振り返ってみるのも、いとおかし、だ。おっと、味噌煮込みうどんは一年中美味い。
朝6時15分、仕事に出かける私を見送るためにエレベータホールに出てきたカミさんが、「あら、秋のにおい」とつぶやいた。確かに、秋の気配が少しだが感じられる。8月ももう終わりなのだなと少し感傷に浸ったところにエレベータが到着した。
毎度のことだが、カミさんに送られると気持ちよく仕事に就ける。やはり毎朝、見送ってくれた新婚の頃とは違い、老い先がもうあまり長くはない歳になり、今を精一杯楽しもうとする気持ちが夫婦ともにある。ある意味で今が最高に幸せなのだと思う。
この気持ちがもっと早くから持ち続けられていたらと思うこともあるが、紆余曲折があってこの歳まで何とか夫婦として一緒に歩いて来られた、そんな当たり前のことが誇らしく思えるし、カミさんに感謝している。
地球温暖化に起因する異常気象で季節感が狂い、食生活における旬もおかしくなって、本来ならふんだんに食卓に並ぶ野菜や魚が異常高騰で買い物の手が伸びないらしい。そんな中で工夫しながら豊かな食卓を演出してくれているカミさんは本当に素晴らしい女房だとのろけたい。
我が家は難波より南へ30kmほど下がった人口8万人弱の古い小さな町の駅前にある。当然、アスファルトとコンクリートの街様相で田舎ではない。以前はこんなところにも赤とんぼは小さな群れを成して飛んでいたが、今年はとんと見ない。
美しい夕焼けもあまり見なくなった。残暑が厳しく、人々の服装は真夏のそれだ。およそ秋らしさは感じられない。でも、ふとした瞬間に小さな秋のにおいがすると、ああ、夏も終わりなんだな名残惜しくなるのは毎年と同じだ。
新型コロナウィルスのおかげで世の中のリズムが大きく狂っている。でも、人は着実にこの忌まわしいウィルスの対処を学んでいる。ライフスタイルも働き方も形を変えつつあるし、総体的に人々のパブリックスペースでのエチケットが良くなってきたのは良いことだと思う。
「控える」、「自粛する」と、いろんな意味で得難い経験をした今年の夏も終わりに近づいている。今年もあと三分の一となった。来春にはワクチンが広く行き渡るだろう。
さあ、味覚の秋、芸術の秋、夕暮れの秋、月観る秋・・・、欲張って全て楽しんじゃえ。勿論、カミさんと一緒に。
今年は太平洋高気圧の気まぐれ度が酷い。夏の初めでは勢力がなかなか強くならずに梅雨を長引かせたり、一気に強くなって日本列島を猛暑漬けにしたり、今は強弱の振幅を大きくさせて高気圧のへりに驟雨を降らせたりしている。
まるで、コロナ禍に苦しむ人間たちを嘲笑うように、遠慮容赦なく日照りと豪雨を撒き散らす。もし、報復手段があるならば、高気圧を思いっきり懲らしめてやりたいと思うが、何せ非力な人間界の中でも特段非力な私のこと、唇を噛んで悔しさを募らせるだけだ。
このところ、我が家では常時エアコンが動いている。止まっているのは朝の5時から7時の間だけで、朝食をとる時は既にエアコンのお世話になっている。そして、その状態が夕食後の団欒まで続く。
いつも書いているが、私が最も好きな時間帯は、夕食後にリビングでデザートを食べ、カミさんが韓ドラを観る横で転寝をし始める時だ。寝てしまうとあとは夢の中で、よく判らないストーリー展開にどぎまぎしながら決まって2時間後に目覚める。
その後、入浴するわけだが、エアコン下で冷えた身体は普段なら低目のはずの温度設定のシャワーもかなり熱く感じさせ、長風呂の私が早々に上がりたくなるほどだ。
その後、皮脂の分泌がないために角化した手足のメンテナンスをリビングでするのだが、その頃にはカミさんは自分の寝室でしっかり眠っている。新しいエアコンはかなり身体をいたわる機能に長けていて、カミさんは朝までつけている。
私が寝室に入るのは午前2時頃で、日記を書き、メールをチェックし、少しネットを観る。その間、約1時間。消灯して寝るのはほぼ3時頃で2時間半ほど眠る。エアコンは4時で切れるようにセットしている。
今年は特に高齢者の熱中症発症者が多い。搬送される人の多くはエアコンを稼働させていないようだとTVニュースが伝えていた。高齢者の一員として言うと、加齢変化に気づかない、いや、それを認めたくないという心情が働き、耐久意識が強くなって、「年寄りの冷や水」となるのであろう。熱中症なんて大したことはない、と侮っていることも確かだ。
私の場合は体温調節がしにくい身体となっているため、エアコンのお世話になることにあまり抵抗はないが、多くの高齢者は冷えに弱く、その結果、熱中症にまっしぐらとなる。身の丈の変化に気づかねば怖いことになるよと教えてあげたい。でも、こういう高齢者はすぐに耳にシャッターを下ろす。
さて、書いているうちに時間が経ってしまった。明日の準備をしてそろそろ寝よう。おっと、その前に、カミさんが洗濯してくれた私の衣類がカゴに山積みされているので、きちんと畳んで抽斗にしまわねばならない。そうしないと次から洗ってもらえなくなるからな。
75年前の8月15日、人々は焦土と化した街跡で玉音放送に涙し、身体の支えをなくしている姿を写真で見た。その4年後に生まれた私は当然ながらその光景は見ていない。その時にそれを目撃した人は、今では全て80歳以上だ。
お国のために我慢に我慢を重ね、負ければ大惨劇があると教えられて、危うい戦局でもいつかは勝利がやってくることを信じようとしていたところに、いきなりの敗戦宣言である。その時の人々の気持ちは我々では推し量れない。
その後、日本は戦火にまみえていない。常に紆余曲折はあったが、多くの先達の「戦争はもう嫌だ」という叫びと行動が日本を戦争という愚かな行為から遠ざけてくれたから、今の平和がある。
今年も全国戦没者慰霊の式典が執り行われた。コロナ蔓延下での式典は例年と違い、参列者をかなり絞り込んでの開催だった。
戦没者というと兵将(将兵とは言いたくない)など軍関係を思い浮かべるが、空襲や地上戦に巻き込まれて命を落とした多くの民間人も含まれている。しかし、為政者に利用され、政治に翻弄されて、かなり歪められて来たため、永い間、私は慰霊祭を受け入れられなかった。
だが、遺族の高齢化が進み、戦争の悲惨さを語れる人も徐々にその姿を減らし、戦争遺産の取り壊しや、日本全国で行われてきた慰霊祭が中止や廃止される中で、せめて東京で行われる政府主催の式典だけでも残さねばいけないと思う。
今日も暑かった。体温調整が苦手な私は熱中症にならないようにと終日エアコンに守られている。そんな私ゆえに言うのは憚られるが、1945年のあの日の太陽に晒されて泣いて地面を叩いた人たちにとってはまさに酷暑だったに違いない。
水も食べ物もない街跡で、途方に暮れながらもやがて立ち直って逞しく生きて行った人たちに敬意を表したい。あなた方のおかげで今の私たちがあるのだから。そして、自分の目の黒いうちは戦争という悲劇を子孫に味わわせてはいけないと決意を新たにして・・・。
今年は確かにおかしい。新型コロナウィルスが蔓延しているからという訳でもないが、7月は台風が発生しなかったし、太平洋高気圧の勢力があまり強くなくて梅雨明けが遅かったし、遅まきながらの猛暑も恐らく長続きはせず、盆を過ぎた頃には秋の気配がし始めるかもしれない。
しかし、これは私の予想であり、気象庁の今の天気予報では赤道付近の海水温が下がっており、残暑は続くとの見込み。いずれにせよ、季節感は狂い始めている。
食生活においても、旬の野菜は日照り不足という理由で高騰しており、身体のバランスを保つために必要な夏野菜がふんだんに食卓に並ぶという状況ではない。
8月が季語のサンマも海流の変化や近隣諸国の不法操業、乱獲による資源枯渇などで漁獲量が低迷しているらしく、異常に高騰しており、安価な大衆魚ではなくなった。ばかげた話である。安いものの高騰は全ての物価を押し上げ、不作や不漁に関係のないものまで値が上がっている。
この異常な食品価格の高騰は、異常気象に起因しているとのことだが、便利な理由付けだ。本当にそうだろうか。どうも、一時期の不作や不漁をいつまでも口実に使っているように私には思える。
これは無理矢理に話題を掴み上げようとするマスコミと、物量をコントロールして利益の確保に走る流通各段の弊害によるものであり、大衆は値上げしても必要だから買うはずだという、利益独占を図る一部の輩(為政者も含まれる)の乱暴な判断によるものだと私は思っている。
そんな過酷な夏の中で、ご機嫌取りをしながら延命させてきた我が家の電気製品も危うい症状を見せ始めている。例えば、ウチは3LDKの狭いマンションでエアコンは4台ある。21年前の入居時に新規取付けしたが、やはり順に動かなくなり、今では全てが第二世代となっている。
その中でも、なぜか使用頻度の少ないカミさんの部屋のモノが近頃ご機嫌を損ねる時があり、いよいよ第三世代へと移行しなければいけないのかと覚悟を決めた。もし、猛暑の中でストライキとなったら、ただでさえ眠りが浅くて寝起きが不機嫌なカミさんは熟睡できずにますます目が吊り上がるだろう。
それは回避しなければいけないと、昨日からエアコン探索を始めたが、需要ど真ん中の季節商品だけに、我が家に適する性能、価格、施工日の三拍子がなかなか揃わない。カミさんの部屋のエアコン様がいつそっぽを向かれるか、ハラハラしている。
今の殆どの家電は電子制御が組み込まれており、電子回路の寿命である15年が製品寿命の目途となっている。その期間を超すとメーカーでは補修部品の保管期限も終了して修理ができなくなっており、買い替え需要を促す仕組みになっている。
自分で直せるならば愛着のある使い慣れた器具を永く使い続けられると思うが、ビルドアップされた高集積基板に組み込まれているコンデンサーや抵抗、あるいはICチップの交換はいくら器用でも一般家庭でできるはずはなく、泣く泣く買い替えることになる。その際には古い製品の引き取りにも費用が発生する。
といって、昔のシンプル機能の家電製品などは中古品以外にはどこにも売っておらず、諦めるしかない。また、一度味わった便利機能は不可欠のもので、その機能を作り出す電子回路は必須なのであり、その寿命年数を甘受するほかない。
さて、今日からの5連休で何とか最適機を探索し、設置して、カミさんの快眠を確保できるようになるだろうか。ことがことだけに、私にとっては最重要課題である。
私が誇りに思う日本人は、常に全体が良くなるように考え、可能な範囲で行動を起こし、自分のことは後回しにし、先を見通して辛抱の向こうにある栄達を求める気質の民族だ。決して、利己に走り、他人を押しのけ、盗み取り、平然と偽りを申し立てる輩ではない。
では、日本人は聖人君子か。否、完璧ではないが、そういう姿を常に追い求め、自分がその美徳の枠から逸脱することを嫌い、自分の足で、自分に合った速度で、前に向かって進んでいこうとする民族であると私は信じている。
災害に遭っても自分よりも弱者がいれば助け、順番を守り、譲り、誰かのために汗をかき、落し物があればどんなものでも困っている人を思って届けることが自然にできる、それが日本人だ。そういう人が多数を占める民族なのだ。
だが、そういう人は表に出ない。スポットライトを浴びるのは好きじゃない、面はゆい、など、はっきり言って地味だ。だから、脚光を浴びるのは全く反対のタイプの人で、マスコミも取り上げ易いためか、そういう軽薄な人たちを追い群がるように取材し、それが大勢であるかのように無神経に垂れ流す。そんなマスコミの最大の罪は、それがマジョリティであるかのような錯覚を多くの人に与えることだ。
日本人は優秀だが、大半の人は記事の後ろに隠れているものを見抜くことができず、ガセネタを信じ切ってしまう。そして、そういう軽薄な人たちが目立ってくると我遅れじと追随する人が多く出てくる。SNSなどを通じて知識を得ている人はほとんどこのタイプだろう。
今日、大阪は新型コロナウィルスの新規感染者数が最大の数字となった。今月初めの数字と比べるとその増え方に脅威を感じる。このままいけば、忽ち医療体制が瓦解し、何をやっても打つ手がなくなり、ワクチン頼みで、次々と排出される感染者をただ傍観するのみの米国と同様の状況に陥ることは必至だ。
何度も書いていることだが、緊急事態宣言が解除されたのは政治的判断によるもので、新型コロナウィルスの脅威自体は何も変わっておらず、人間の認識が変わったからこういうことになっているのだ。一度侵された身体は元に戻らないかもしれない、若い人でも完治は難しいかもしれないと思うべきだろう。
「家にいよう」、「外出は控えよう」と日本中が一つとなって懸命に頑張っていた時は新規感染者がゼロの日もあった。もう一度、そのことを思い出し、たとえ行政が効果的な施策を何もしなくても我々が危ない店や地区に行かなければよいのだ。そうして、事実上の営業停止状態に追い込めばいい。
ワクチンができるまで、十分な数量が手当てできるまで、まだかなりの時間が必要だ。早くても来春だろう。このままの状態でそれまで安全が保つことができるだろうか。家族のために、自分のために、社会を持たさなければいけないのだ。
もう一度、立ち戻ってほしい。新規感染者数ゼロを達成したあの日の姿勢に・・・。