2012年4月、かつての学士会分館跡地に、伊藤国際学術研究センター(以下、伊藤センター)が完成した。
建築資金は、伊藤雅俊氏(株式会社セブン&アイ・ホールディングス名誉会長)と伸子夫人の寄付による。同氏らは、「100年持つ建物」を強く希望され、赤レンガ積み造りとなったことは前回「その1」で述べた通りだ。

前回は、訪問時が夕暮れ時だったため、関連Webサイトから写真を借用したが、翌週、東大ホームカミングデイという催しで昼時に再度訪問する機会を得たので、写真を撮って来た。


◆ 人力車庫(築100年超)◆

$オラ○ル、ときどきグロー○ス

まず、本郷構内で唯一100年超の建物とされる「人力車庫」だ。赤門を入ってすぐ左手にある。
店舗部分が真新しいので、一見気づきにくい。が、視線を奥へ巡らせると、確かに赤レンガ積みの建物だ。

$オラ○ル、ときどきグロー○ス

こんな風によってみると、レンガがいい風合いになっているのがわかる。


◆ 赤レンガ倉庫(大正年間築)◆

$オラ○ル、ときどきグロー○ス

続いては赤レンガ倉庫だ。奥側が90年超の赤レンガ倉庫、手前側が新築の伊藤センター。もちろん、レンガの古び度合いは異なるが、みごとに時代を超えた調和、そして連続性を感じさせてくれているではないか。

$オラ○ル、ときどきグロー○ス

赤レンガ倉庫にも寄ってみる。雨どいの仕上げがきれいだ。
もちろん赤レンガも、まもなく100年の月日を経過するとは思えないほど、生き生きとしている。
※雨どい自体は、オリジナルの素材を忠実に再現して、作り直したものとのことだが、銅素材が赤レンガによくマッチしている。


◆ 伊藤センター ◆

$オラ○ル、ときどきグロー○ス

いよいよ、伊藤センター正面にまわってみる。
中央のアーチが印象的だ。香山先生のパースには「ガイセン門を意識」と書き込みがされていたが、なるほどという感じ。

左手に少しだけ写っている木は、しだれ桜。かつて本郷通り沿いにあった桜並木を、ここだけでも再現しようということなのだそうだ。

また、両側にある薄緑色のガラス質の立方体は、明り取りの窓。実は、この緑地は人工地盤になっており、地下に伊藤センターが誇る400人規模のホールがあり、そこに自然光を取り込む仕掛けとなっている。

さらに、赤レンガには幾度も言及しているが、屋根材も100年建築を意識したこだわりがある。

2階部分までが赤レンガで、3階部分は金属屋根になっているのだが、その素材に亜鉛が使用されている。亜鉛という素材は、雨風にさらされると当然腐食(酸化)するのだが、その部分に酸化被膜が形成されるため耐水性を増すという特徴を有する(定期的に再塗装や補修が必要な鉄素材に比べると、大幅なメンテナンス性向上を実現する)。

$オラ○ル、ときどきグロー○ス

凱旋門をイメージしたというアーチ部分に近づいてみる。

実は、このアーチをくぐった先の道は、本郷構内で唯一、本郷通りから、東大病院前のバス通りまで、一本付きぬけている道なのだそうだ。香山先生は、伊藤センター竣工を遡ること、30年前から、その道の両側に植樹し、舗装も石張りにすることで、まったく新たな動線を設けることも視野に入れていたというから驚くより他に無い。

$オラ○ル、ときどきグロー○ス

また、アーチ部分を横方向に眺めると、このような回廊構造になっている。これらの柱は、レンガではなく、赤い砂岩でできており、建物部分とのコントラストが映える構造となっている。

写真に収めることができたのがここまでなので、「その2」は以上としよう。
伊藤センターの屋内、レストランなども、話題盛りだくさんなのだが、いずれ写真も加えて「その3」を書いてみたい。

アメーバアメーバアメーバアメーバアメーバ
学士会分館ビアガーデンをご存じだろうか?

かつて、東大(本郷)赤門脇に学士会分館という建物があり、「赤門周辺地区の再開発計画」により2009年3月を以て閉鎖されたという。

$オラ○ル、ときどきグロー○ス
ありし日の学士会分館

この建物の脇、本郷通り沿いのスペースで、毎夏、ビアガーデンが開設されていた。自分が学生時代にも何度かお世話になったが、実は1965年に始まり、分館閉鎖に先立つ2007年まで続いた大変歴史のあるビアガーデンだったらしい。

$オラ○ル、ときどきグロー○ス
往時のビアガーデンの様子

「閉鎖」、「再開発」…の結果、現在はどうなっているのか? それが今日のテーマだ。

2012年4月、学士会分館跡地に、伊藤国際学術研究センターという、堂々たる建物が完成した。

$オラ○ル、ときどきグロー○ス
伊藤国際学術研究センター正面

同センターは「伊藤国際学術研究センターは、伊藤雅俊氏(株式会社セブン&アイ・ホールディングス名誉会長)並びに伊藤伸子氏(同夫人)による、東京大学への寄附により、社会と東京大学との関わりを深めるための社会連携及び国際交流拠点として設立され」た。

また、建物の設計は、香山壽夫建築研究所によるものだが、この度、設計チーフとして同プロジェクトに携わった方から、直接、設計にあたっての思いを伺う機会に恵まれたので、ご紹介したい(筆者の浅学故の理解不足等があった際には、ご容赦いただきたい)。

はじめに、伊藤国際学術研究センター(以下、伊藤センター)を設計するにあたっては、伊藤雅俊氏から「100年持つ建物」という希望があったとのこと。

実は歴史ある東大構内にも、100年の歴史を持つ建造物というのは、(建物ではない)赤門と敷地を取り囲むレンガ塀の一部を除くと、赤門入ってすぐ左手、現在はグッズショップになっている「人力車小屋」しかないのだそうだ。

それに次ぐ歴史を持つのが、大正5年完成の「赤門倉庫」であり、今回の伊藤センターは、この赤門倉庫を連続的に取り入れる形で建設されている。

$オラ○ル、ときどきグロー○ス
伊藤センター内に取り込まれた赤門倉庫

上の写真で左手奥に赤レンガ造りの壁のようなものが見えるが、これが赤門倉庫の外壁(南面)になる。この南面と東面をそのまま連続して伸ばしたような形で伊藤センターのメインの建物が構成されている。ちなみに、赤門倉庫の西側(本郷通り沿い)と北側は、もともとの壁面がそのまま活かされている。

少し長くなったが、約100年が経過した赤門倉庫の赤レンガがそのまま外壁として使用できるということは、赤レンガなら十分に「100年持つ建物」となり得るということになる。

最近話題の東京駅もそうだが、赤レンガというのは、100年経てばそれなりに古びてくるものの、それがみすぼらしさや汚らしさでなく風格に転ずることのできる貴重な建築素材らしい。

今回は、これくらいにして、伊藤センター本体の話は、次回に譲りたいと思うが、隣接する「経済学部学術交流研究棟」については、東大のサイトで香山壽夫建築研究所による「基本設計」ファイルが参照でき、「本郷三丁目から東大に向かって近づいてくる人に対して、最初に姿を現すことになる」このエリアをどのように位置づけたいかという思いが表現されているので、こちらも一読をお勧めする。

ちなみに、経済学部学術交流研究棟については、香山先生は基本設計のみ担当で、実施設計以降は別の方が引き継いだとのことで、一見、伊藤センターとよく似た建物になっているが、一定の年月が経過した時点での「持ち」の良さは、歴然としてくるだろうということだ。

※各種記事・情報および写真の出典
・学士会分館についてはWikipediaより、「学士会」 および「東京大学」
「伊藤国際学術研究センター」Webサイト
学士会分館ビアガーデン関連記事
より私的利用に前提に写真等を引用させて頂いております。
支障あるようでしたら、ご指摘いただければ即座に削除いたしますので、ご容赦ください。

次回へつづく

アメーバアメーバアメーバアメーバアメーバ


浦賀和宏作『彼女は存在しない~She is not there...』(幻冬舎文庫)を読んだ。

2001年の作とのことで、文庫版も平成15年以来15版を重ねているベストセラーのようだ。

僕は、たまたま書店のオススメに出ていたのを目にして買ったのだけれど、なかなか小気味よいストーリー展開の後に、ある程度、こういうことなのではないかと予想していた結末が見事に裏切られるのだが、それがまた、嫌味でない。

最近あまり小説というものを読んでいなかったのだが、やっぱり現代の作家さんも読まないと損…と思わせる一冊だった。


彼女は存在しない(幻冬舎文庫)

アメーバアメーバアメーバアメーバアメーバ



今年の初めころに出た本、気になっていたのだが、この間ふと見つけて買ってみた。
小泉政権のころから、自分が何となく主張していたことが、とてもスマートに整理されていた。
もしかしたら細かいところは「金融のプロ」の世界では若干のバリエーションがあるのかもしれないが、ポイントとしては
・実態経済に対して、今の円は高すぎる
・「良いデフレ」なんてものはない
・(一定のゴールとしての)インフレターゲットを設定の上、円安に誘導して、インフレにすれば財政赤字も解決できる
── という内容。

$オラ○ル、ときどきグロー○ス
『なぜ日本は破綻寸前なのに円高なのか』

アメーバアメーバアメーバアメーバアメーバ



カタログハウス主催、「小室等の聞きたい聴かせたい」と題するセミナーをWeb上でたまたま発見したので、行ってみた。

近作『ウラノス伯爵』で、開発反対派の女性がウラノス最期の瞬間に、伯爵への愛を告白する。
萩尾先生は、それは自分が考えたことではない、作中人物が勝手に話出しちゃうの…いっくら、原発は危ないと言ったって、私たちは毎日電気も使っているわけで、そんな思いが出てしまったのかしらね、と発言されたところまで書いた。

ここで中入り。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

開けて、まずは歌から。

70年代、出す歌、出す歌、いわゆる発禁(発売禁止)になっちゃったんですよね。

『ゲンシバクダンの歌』(作詞:別役実、作曲:小室等)

僕自身は、だいぶ前に聞いたことがあったが、ほんとうに何とも言えない“シュールな”歌。

さすがにシュール過ぎると思ったのか、ちょっとジョークめいたエピソードで間を取る。
(K:小室等さん、H:萩尾望都さんの発言、以下同じ)

K:審査の先生が何人かいらして、1人でもダメというと発禁になっちゃう仕組なんですけど、当時、あまりに発禁になっちゃうんで、何でですか?…って聞きに行ったんです。余りにもしつこく聞きにいくもんだから、審査団体の方が先生に聞いてくださって、そのお答えというのが「みだりに公共物を壊してはイカン」(歌詞に出てくる)「紀伊国屋や西武デパートから苦情が出たらどうする!」ということだったんだそうです。
で、僕もしつこいですから、「そういう風に言われたんですけど、どうですか?」って、西武デパートに聞きに行った。そしたら「別に構いませんよ!」って、ありがたいので紀伊国屋さんにも行ったら「別に構いませんよ」、ここまでは同じ、でも「紀伊国屋がそう言ったって、言わないでくださいね」と付け加えたんですよ。この辺が社風の違いというか…(笑)みたいな感じ。

空気がなごんだところで対談に戻る。

H:3.11(サンイチイチ)よりも前はね、“現実”というものに、プラスαの何か、これがSFだったりファンタジーだったりっていうものだったと思うのだけれども、あの後は、“現実”ともうひとつ“ヤバいもの”が両方見えてしまって、ですからファンタジーみたいなものをどう位置付けるのかということを、実は今もって再構築中なんですよ。

確かに、空想の世界が、段階的に…でなく、まさに一夜にして現実になってしまうと、世の中の構造、良い方を変えれば“価値観”が、Disruptive に変化してしまうということなのだろう。

K:たしかに3.11以降、冗談を言う時にも、公の発言に際しては特に、以前とは比べ物にならないくらい気を使うようになった。
そんな時代の空気の中、漫画は“漫”なくして成立し得るもの?

H:“漫”というのは、実はもの凄く幅の広い言葉で、何でも含んでしまうという意味がある(※1)。だから、今でも、窮屈さや不自由さは感じていない。

(※1)漫:訓読みは「そぞろ」(例:気も漫ろ)、一面に満ちて覆うさまを言う(コトバンクより)

K:漫画と言えば、何といっても手塚治虫さんだが、たとえば『鉄腕アトム』などは、どう解釈すればいいのだろう? あれは原子力推進なのか?

H:あれは、もうSFファンタジーと見るしかないのだろう。今日の目で、万一、アトム(の体内にある原子炉)が爆発したら…なんて真面目に考えても仕方ないわけで。
実は、アトム一家が、福島に除染活動に行くなんていう、プロットも考えたのだけれど。

K:それは面白い、ぜひ! ねえ、皆さん!(会場、大盛り上がり)
ここで曲に行きます。『鉄腕アトム』を歌いたいんですが、この歌詞は、詩人の谷川俊太郎さんが作られたもので、そういう意味では谷川さんも原子力推進派だったのかな…、で、谷川俊太郎さんが、最近『百三歳になったアトム』という詩を作られたんです。まずは、その詩を読み上げさせてもらって…(詩の朗読:※2)。
谷川さんの息子で、ジャズピアニストの谷川賢作さんがアレンジした、ちょっと複雑なコードが出てくるジャズっぽい『鉄腕アトム』を歌います。

(※2)『百三歳になったアトム』については、こちらのブログに(おそらく)全文が掲載されている。
また、この7月8日には、小室さんと谷川俊太郎さんの対談というのもあったらしい(Yahoo News

雰囲気のある、とてもいい『アトム』だった。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

K:このあたりで、最初にお約束した通り、萩尾さんへ会場の皆さんから、色々聞いてみたいことがあるでしょうから…。

といったところで、その2は、この辺で。Q&Aセッションのメモもあるのですが、改めて、気が向いたら番外編的に。

アメーバアメーバアメーバアメーバアメーバ

カタログハウス主催、「小室等の聞きたい聴かせたい」と題するセミナーをWeb上でたまたま発見したので、行ってみた。

フォークソングの世界では、拓郎や陽水のアニキ分にあたる小室等(こむろひとし)さんがホストで、毎回違うゲストを迎える対談形式。

今回のゲストは、少女マンガの世界では知らぬ人のいない萩尾望都さん。

(以下、セミナー説明文引用)
萩尾望都さんが取り上げるマンガのテーマはSFやファンタジーが多かったのですが、3.11後、『なのはな』『プルート夫人』『雨の夜─ウラノス伯爵─』『サロメ20XX』と、立てつづけに原発漫画を発表して注目されました。
漫画家が作品を通して考えを表明することの意味やその反響、3.11後の生き方について、萩尾さんの作品を題材に小室等さんと語り合っていただきます。


最近、某文化人が、かなり極端な“反原発”に走っている。

今回はおそらく萩尾さんファンの、ある年齢以上の女性が中心だろうから、小室さんと萩尾さんがどんな論を展開するのかにも、興味があった。

実際、会場に入ってみると約200名の9割方がおそらく40代以上の女性、僕などは、少し居心地が悪い感じも。

時間になり、小室さんの質問からスタート。
(以下、K は小室さん、H は萩尾さん)

K: 3.11後、萩尾さんは、しばらく仕事も何も手につかない時期があったと聞くが、それはなぜ、またどのように克服した?
H: 冷戦や第3世界での宗教的対立等、世界が色々な問題をはらみつつも、きっと未来は明るいというのを信じて、SFやファンタジーを書いてきたが、3.11で福島原発が事故を起こした時の、何ら根拠を示さず、ただひたすら「安全」を繰り返す報道に、底知れない不安感を覚え、そこから諸々が手につかなくなった。
立ち直りのきっかけは、友人に誘われた花見の席での話。放射性物質を植物に吸着させる手法でチェルノブイリなどでも実績を上げているということを知り、手の打ちようが無いと思っていたものが、何かしらできることがあるのだということで希望が湧いてきた。

K:僕自身もチェルノブイリ事故の後、1992年と94年に現地入りし、実際、放射線カウンターを使った経験があるが、燃料を燃やした灰の残るかまどや、草を食べた家畜の糞が残る家畜小屋などでカウンターの値が跳ね上がるのを見て、何か得体の知れない不気味なものを感じた。

そんなやりとりの後、現地で作ったという『雨のベラルーシ』という曲と、福井県丸岡町で開催される「新一筆啓上賞」(※)の作品にインスピレーションを得て中山千夏さんが作詞した「明日も公園へ行こう」という曲を歌う。

「明日で世界が終わるとしても、一緒に公園へ行って、遊ぼう♫」
── という一節が、一筆啓上のオリジナル箇所で、小室さんいわく「母親の悲痛な叫び」。
それなのに、その叫びを、とてもトーンを抑えて歌う表現に心打たれた。

(※)新一筆啓上賞顕彰式の様子(Yahoo New)へのリンク

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

萩尾さんの作品の話に入る。セミナー説明文にもあった、『なのはな』から一連の作品について。


なのはな (コミックス単行本)/小学館

¥1,200 Amazon.co.jp

H:プルート夫人はプルトニウム、ウラノス伯爵はウランの化身、いずれもその美貌で人々を虜にするが、その素顔は魔性の女あるいは男。
ウラノスでは、自然を壊して開発を進めることに対して、推進派と反対派に分かれるのだが、最後、ウラノス伯爵が不慮の死を遂げる際に、本来、開発反対派だった女性が、ウラノスに対する愛を告白するという逆説的行為に出る。でも、これは私がそう考えたということでなく、その作中登場人物の女性が、勝手にそう喋っちゃったの…いっくら、原発は危ないと言ったって、私たちは毎日電気も使っているわけで、そんな思いが出てしまったのかしらね。

作中人物が個性をもって、勝手に動き出す・喋り出すという話をたまに耳にするが、そんなことって本当にあるんだな。

そういえば、談志師匠が、自ら「神がおりた」と評した『芝浜』でも、同じようなことを言ってたっけ。

(今日は、これくらいにして、また改めて続きを書きます)

アメーバアメーバアメーバアメーバアメーバ
学士会落語会終了。

六代目、五街道雲助師。

寄席では禁じ手の、廓噺二題。五銭の遊びと、居残り佐平次。

前者は、今ではほとんどやり手がいない珍しい噺。

居残りは、定番。こんな風に、世間を渡っていけたらなあと、ちょっと憧れめいた気持ちも感じさせる名作。

いつもどおりの終了後の山本先生との対談も面白い。12時のドンとか、おこわにかけるとか、ものの本で読んだことはあるような気もするが、そういう風につながるのか…と、新しい発見しきり。

雲助師が前座時代に、師匠の馬生師から落語を教わる際に、自分が畳に座らされて、師匠が廊下から「ご隠居いますか?」「おう、ハッつぁんか、こっちへお入り」
師匠が部屋に入って「ご隠居、こんちは」雲助師が「で、今日はどうなすったね?」という動き付きで有名な一節をやり取りした。
その後、「いいか、今の目の動きを忘れるんじゃねえぞ」と、非常に具体的に稽古してくれたといエピソードもためになる。

iPhoneからの投稿

アメーバアメーバアメーバアメーバアメーバ



今回は、正直、解法が思いつかなくて、解説を見てみました。

すると、

$オラ○ル、ときどきグロー○ス

解説を見ると、三角錐EFCGを展開すると、図のような正方形になる。よって、三角形EFGの面積は、正方形の面積からCを頂点とする3つの直角三角形の面積を引いたものに等しいという。

そういえばこんなのあったな、小学生の定番だったか…とも思ったのですが、


$オラ○ル、ときどきグロー○ス

なぜ、展開した図形が、上の図のように、すこし開いた形や、すこし閉じた形ではダメなのでしょう。

小学生にわかるように証明するのが難しい。各辺の長さが6cmより長かったり短かったりするケースと、三直角が同時に存在すると仮定すると矛盾が生ずる…という背理法的な証明は思いつくのですが、どなたか、良い解法はないでしょうか?

アメーバアメーバアメーバアメーバアメーバ



久しぶりに、ちょっと難しい図形問題(日能研のカリテより)。

実際の出題を少しシンプルに記載します。

図のような直方体があり、ECおよびFCの長さが3cm、CGの長さが6cmのとき、三角形EFGの面積を求めよ。

もちろん、小学生なので、EGが√(3^2+6^2)とかやってはダメ。


$オラ○ル、ときどきグロー○ス

次のページに、解法載せますね。


アメーバアメーバアメーバアメーバアメーバ


あいかわらず「いじめ」をどう定義するかといったレベルで議論がなされているようだ。

この点について、ひじょうに考えさせられる話があるので、紹介したい。

クラスの半分が3日に1度、特定の1名に対して「軽い悪ふざけ」をしたならば、やられる方は、「毎日、すべての休み時間にその被害を受け、ほうほうのていで家に逃げ帰る」ような生活を続けていることになる。

息子たちが通う私立高校の(先代の)校長先生から伺った話だ。

3-4年前の話なので、細かい点は記憶違いもあるかもしれないが、要は「いじめられる側」の視点に立ったならば、すべてが違って見えるということ。

たとえば1クラスに40人いるとしよう。その内の半数が、「ふざけて」クラスのある1名を「からかう」ことがあったとする。

やっている方は、たとえば3日に1度、内容は、休み時間に軽くこずく、あるいは蹴りを入れる真似をする程度の話かもしれない。

おそらくこのレベルなら、陰湿ないじめをおこなっているという自覚は、全くない。
自覚がないどころか、「いじめ」に類することをおこなったことの記憶すらないかもしれない。

しかし、やられている方は、どうだろう?

20人が3日に1度ならば、1日あたり7人だ。

朝、登校して1回、1時間目と2時間目の間に1回、2時間目が終わって、3時間目が終わって各1回、4時間目のあとは昼休みに2回、5時間目が終わって1回、6時間目のあとは誰からも蹴りを入れられることは無くて今日はラッキー…という毎日が続く。

繰り返す。

クラスの半分が3日に1度、特定の1名に対して「軽い悪ふざけ」をしたならば、やられる方は、「毎日、すべての休み時間にその被害を受け、ほうほうのていで家に逃げ帰る」ような生活を続けていることになる。

これをよく認識して欲しい。だから、どんなささいな「いじめ」でも、自分は許さない、そう校長は話をされていた。

アメーバアメーバアメーバアメーバアメーバ