photo:01


サイモン&ガーファンクルの回を見て来たよ。

1981年9月19日。伝説のデュオ再結成ということで、ニューヨークはセントラルパークに50万人を集めたという、当時としては想像を絶するコンサート。

規模だけではない。

透き通るような二人の歌声が、肌を震わせるようなハーモニーを紡ぎ出す。

ドラムはスティーブガッドだし、ホーンやギターも良い味出してる。


でも、このふたり、やっぱりサウンドオブサイレンスの人達なんだね。


この映像も何度も見たし、ほんとライブ盤レコード(!)も何度も何度も、文字通り擦り切れるんじゃないかってくらい聞いた。

それを、映画館の大画面と、四方から歓声のこだまする音響で体験するS&G。

だけど、アコギ一本で囁くように歌い上げるサウンドオブサイレンス。

ゾクっと来た。


ま、画面が横長でない(昔のTVサイズ)なのはご愛嬌だね(-_^)

iPhoneからの投稿

アメーバアメーバアメーバアメーバアメーバ
昨日、ビートルズ・ミュージカル「Let It Be」を見て来た。
公式Webサイトはこちら

東京公演は、今日、3月9日(日)が最終日のようなので、多少詳しめに書いても大丈夫かな。

ビートルズ・ミュージカルは、2年前の前作(本当は全然別モノなのだが便宜上)「レイン」(ブログ記事)に続いて2回目。

3日前に見に行ったストーンズはバリバリの現役だが、ビートルズはメンバーの半数が故人となり、こうした形でしか、生で雰囲気を味わうことができない。とはいえ、悪く言えば「単なるコピーバンド」で、これだけの集客力があるというのは、さすが。

さて、感想。

総じては、とても良くできていたと思う。特に演奏が上手いのと、楽器に凝っていたのが印象的。

前作は、エドサリバンショーから始まったのだが、本作は何とキャバーンクラブで I Saw Her Standing There を歌うシーンで幕を開ける。
ジョージのギターがシングルカットのGRETSCHというのも凝っている。

前作ではなかった I Feel Fine は、ちゃんと冒頭ギターのフィードバック(ビヨーんって伸びる音)から始ったり、Drive My Car は裏でリズムカットするところや、ツインギターでのリフとか、こうやって弾いてたんだっ!と細かいところで嬉しくなったりした。

有名なロイヤルバラエティショーの「お金のない人は拍手、それ以外の人はジュエリーを鳴らして」というセリフを始め、特にジョンの名セリフもそこここにちりばめられていたのも楽しい。

The End は、構成上やむを得ないと思うのだが、(前作同様)すべてのリードパートをジョージ役が弾いていたけれど。。。

この手のミュージカルが2度目ということで、初物の感動が無いというのを割り引いて、ちょっと残念だったところも何点か。

まず、衣装。前作の方が、作りがしっかりしていた。本作は、何か生地がペラペラだったり、上着だけ着替えました的なところが多かった。

次に、ジョージのギターが上手すぎる点。初期のカントリー風、後期のクラプトンの影響を受けた演奏、いずれも滑らか過ぎて、ジョージっぽくない。While My Guiter…はクラプトンパートを弾くので仕方ないとしても、Let It Be は、ピアノ、歌、キーボード、6弦ベースと、音&ビジュアル両面のクオリティがとても高かっただけに、そこだけ残念(もうちょっと拙く弾いてという逆説的な)という感じだった。

あとはリンゴ。前回時ブログでは
「あと、当然のことながら、前列で歌っているメンバーの方が目立つわけだが、自分として一番注目だったのはリンゴ役。
リンゴのドラミングは、長めに持ったスティックを、肘をほとんど動かさず、手首の返しだけで叩くから、とても先端のループがキレイなのだが、それが見事にコピーされていて、感激。」
と感激したのだが、この「肘を動かさず」の部分が弱かった。
Come Together 他数曲でドラムセットに布をかぶせてミュート演奏するシーンがあるのだが、前作はいかにも野暮ったい毛布的なものをかけていたのに、本作では何だか白っぽい色のキレだったのも、イマイチだった。

とネチッこく文句も付けたけど、とても楽しめるエンターテインメントだった。
そして、もう一度、見たいと思わせるに足る公演であったことは、あらためて記しておきたい。

セットリストはこちら、楽器情報はこちら等に。
今日の日経で、M&Aでのれん代が償却不要になる可能性について報道された

「会計基準見直し企業負担軽減」という論調なのだが、私としては、基本的スタンスが、少し違うと思う。

「のれん代」というのは、すなわち買収時点での被買収企業の純資産額と、買収に要する金額(つまり時価)との差額のことだ。

では何故、この差額が発生するのか?

さらにもっと遡ると、なぜ、この買収をおこなうのか?…というところに行きつく。

私はこれを 「自分なら、この企業からもっと大きな価値を生み出せる」 という経営者のコミットメントなのだと考えている。

たしかに特許や技術者等、単純に収益換算しづらいものもあるが、基本的には、その企業が持つ「何か」を自社に取り込むことにより、トータルで、現在の価値よりも大きな価値が創出できる、そう確信するから、対象企業を買収するというのが筋の通った考え方だろう。逆に、買収時に発生する一時費用や負担といった観点で見るべきものではない。

であるならば、「のれん代」を徐々にすり減っていく有形固定資産(生産に使用する機械や設備の類)と同様に償却するというのは、おかしな考え方だ。

むしろ、当初TOB等で支払ったプレミアム分も含めた投資金額は、そのまま帳簿上に残しておき、どれだけ追加の価値を生んでいるかを一目瞭然な形で示すのが本筋だ。

逆に、当初コミットしただけの価値の増加が実現できず、買収企業が持っていたはずの「何か」を毀損してしまった場合には、すぐさまこれを償却すべきで、この点もIFRS等の定めと整合する。

最後に、あえて付け加えると、本当に(損失隠し等が行われず)正しい償却が行われるのかという課題も指摘されるが、プラクティカルに実現できない可能性があるから、とりあえず定期償却しておこう等というロジックはまったくもって破たんしており、ガバナンスの問題は別途議論していただくこととしたい。

アメーバアメーバアメーバアメーバアメーバ
統計学をエンターテイメントに変えたと言われるハンス・ロスリング先生の公開講義 (於、東大本郷-福武ホール)に行ってきた(1月15日-水)。

TED等にも何度も登場されている(まとめサイト )ので、見たことがある方も多いと思うが、生で見る迫力は流石にすさまじい。

GAPMINDER 〉というツールを使って、動画的に統計グラフを動かしていく手法は、プレゼンテーションのお手本としても、とても参考になる。

このツールを使った動画はこちら
ちなみに、10年近く経った今日、所得のフタコブラクダのこぶは完全に一つになったそうだ。

(この動画でも使用されている)先のツールはWebブラウザ経由で、自分でも使用することができるので、ぜひ動画を参考に触ってみて欲しい。

ソフトウェアでなく、箱を使ったプレゼン も面白い。

なお、当日の講義については、私の先輩のブログ に、既に詳しく紹介されているので、そちらをご覧いただきたいと思うが、特に印象に残った発言を2つだけ。

1.(少子化、高齢化等といった)人口「問題」は存在しない。あるのは「事実」だけだ!

2.プレゼンテーションの際に、レーザーポインターは絶対に使わない。自分の体で表現せよ!

アメーバアメーバアメーバアメーバアメーバ



12月10日付で、グロービスがオンラインMBA口座を開設することが報じられた。

プレスリリース:グロービス経営大学院、「グロービス・オンラインMBA」を開設へ

日経記事:グロービス大学院、オンラインでMBA 15年4月にコース新設

当然のことながら、住む場所や、時間に融通が利くという利便性・効率性が注目されると思う。

それらのポイントはもちろん的を射ていると思う。

が、自分は、オンラインMBAの真の意味合いは、別のところにあるのではないかと思う。

それは、ひとことで言えば、「言語化能力の育成・伸長」だ。

そして、この能力は、今後、日本人が国際化・グローバル化していく際に、不可欠な能力と考える。

  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

振り返って考えるに、自分自身、米国系企業に勤めていて、「外人さん」との意思疎通には、苦労することが多い。

もちろん、(共通言語である)英語の出来不出来という問題もある。
が、それ以上に難しいと感じるのは、非言語コミュニケーション抜きでの対話である。

代表例が電話会議。
互いの表情や身振り、あるいはホワイトボードを利用したメモの共有など、音声メッセージ以外のコミュニケーション抜きでの対話は、非常にストレスが大きい。

この制約下では、仮に使用言語が日本語(母国語)でも、状況は同じだ。
資料共有等は、かなり良いツールが出てきたにも関わらず、まだまだ遠隔会議は難しいと思われることが多いのではないだろうか。

一方、アメリカ人などは、この状況に我々ほどストレスを感じていないように見受けられる。

もともと国土が広大で、そうそうフェイスツーフェイス(F2F)の機会など取れない…という事情があり、遠隔でのコミュニケーションに慣れているのだろう、そんな見方もあるかもしれない。

が、自分が思うに、これは言語化能力の差に起因するものだと思う。

つまり、非言語メッセージ(顔色、目線、仕草)のような、ある意味、どうとでも取れる曖昧なものに、依拠するのでなく、彼らは、「ここまでは理解した」、「この点がクリアでない」等、いちいち言語化することによって、合意の有無等をメッセージアウトするのだ。

"Your understanding is correct"(あなたの理解は正しい)のように、ある意味、上から目線のように思える表現や、複数人で電話会議をしている時でも、「今のポイントをクリアにするために質問して良いか」等、(日本人的には)少し空気読めと思いたくなるような発言が、普通に交わされるのである。

  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

グロービスのオンラインMBAも、おそらく、この点で、苦労があると思う。

利便性・効率性を考慮し、オンラインクラスでの受講を選択したものの、今一つ、議論の深まりが実感できない等の理由で、通常クラスに移行して(戻って)しまう受講生が出るのも避けられないだろう。

が、逆に、非言語コミュニケーションが成立しないというオンラインクラス固有の条件を、明示ならびに納得した上で、これに取り組んだ人たちは、いわゆるMBA的スキルに閉口して、想定外に大きなスキルの獲得ができるのではないか

そんな風に期待しているところである。

アメーバアメーバアメーバアメーバアメーバ




甲斐よしひろ&押尾コータロー@中野サンプラザ、行ってきました。

$オラ○ル、ときどきグロー○ス

いやあ、良かった!

正直、甲斐バンド(甲斐よしひろ)の曲、そんなに詳しいわけじゃないのだけれど、

かつライブではほとんとやったことがない曲も何曲かあったらしく、聞いたことないやって曲も多かったのだけれど、

純粋にパフォーマンスとして楽しめた。

とにかく甲斐さんは、歌詞がいい(さほどファンじゃないみたいなこと書いたわりには、すみません)。

一番有名な(と思う)『HERO(ヒーローになる時、それは今)』なんかも
空はひびわれ
太陽は燃え尽き
海は枯れ果てて、
月は砕け散っても
── なんて、杜甫か李白かってくらい!

で、ライブでも、しっかり歌を歌ってくれるので、初聴きでも、歌の世界がイメージとして広がるという感じ。

それから、何といっても、押尾コータロー。

彼のギターは、やっぱ凄いの一言。

普段ソロのコンサートでは、ベース押尾、ドラム押尾…とひとりメンバー紹介するらしいが、二人だけで、普通にバンドがいるくらいの音の厚みになる。

Youtubeに動画があったので、見たことない方はぜひ!

・氷のくちびる(1分過ぎあたりでギターを叩くシーン、1:30あたりのソロもきかせる)
・LADY(イントロ15秒あたりの、左手と右手が変なところにあるシーン)

最後、2度目のアンコールで、甲斐さん1人、ギター弾き語りでHERO。

やっぱいい歌だねぇ。

来年は甲斐バンド40周年活動もあるらしい。もう少し予習して、また聴きに行こう!

アメーバアメーバアメーバアメーバアメーバ
US出張帰路の飛行機で一気に読み終えた。

さすが三谷幸喜、ストーリー展開が秀逸。

ただ、そのストーリーを一気に読ませるための仕掛けが、また凄い!

はじめに、前田玄以によるアクティビティや会議の記録を除いては、地の文がまったくないこと。
他はすべて、登場人物による語り(発言またはモノローグ)である。
が、その中で、こういう知らせが入ったが…といった一文を入れることで、実に自然に場面が展開していくのだ。

次に、登場人物のモノローグを「現代語訳」してあること。
「ぶっちゃけ」、「プチ」、「キャスチングボード」等の西洋語・現代語のオンパレードだ。
この点は「解説」にもある通りだが、従来の歴史小説は、妙に文語調にしてみたり、昔風の言い回しを使ってみたりと、読み手側の負荷がひじょうに高い。
これに対して、「現代語訳」済の文章は、このハードルがきわめて低い。
読みながら、頭の中で現代語に翻訳するというプロセス抜きで、純粋にストーリー展開を楽しむことができるのだ。

最後に、ごく軽くではあるが謎解きのフレーバーが効いていること。
登場人物それぞれの、想いや願いといったものが、はじめは一部伏せられている。
多くの読者は、当然のことながら、そこに隠された何かを、推測しながら読み進めることだろう。
そして、ストーリーが展開するにしたがって、それらが次第に明らかになってくる。
これはあまり書いてしまうと、ネタばれになるので、ここまでにしておきたいが、「やっぱり!」にせよ、「あっ!そこか?!」にせよ、種明かしは楽しいものだ。

アメーバアメーバアメーバアメーバアメーバ
為替を中心とした<相場>で勝ち抜く術を説いた本。


http://amzn.to/1hS9MNs

そのテーマに沿った内容は、どの章も、まったくもってその通りと含蓄深い内容だが、脇にそれた話もなかなかに興味深かったので、先に2点ほどコメントしておく。


ディーリングルームのトップは、自らがポジションを取ってはいけない

意見が同じならばトップの存在価値が無い。

トップの意見が正しいなら、異なる意見のメンバーは部門収益を押し下げる。

トップが張るべき相場の投資対象は人である。

<プレイングマネージャー> の弊害は、こんなところにも現れるというのが、驚き。

  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 

(穀物商社の)カーギルが、より多くの穀物を販売するために取った戦略

マクドナルドと組んで、他国の食文化を変え、牛肉の消費を伸ばす。

人間に直接、穀物を食べさせるよりも、牛経由で食べさせた方が、はるかに多くの穀物を消費する。

風が吹けばおけ屋が儲かる的な話にも聞こえるが、確かにロジカルだ。

  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 

3勝7敗で相場に勝つには

相場を張った際の勝ち負けは五分五分。その中で、3勝7敗を目指す。

まず、7敗のうち、勝手下がったらすぐ損切っての5敗。

あとの2敗は、勝手上がったのに利食いに失敗しての2敗。

利食いせずに結局損を出すのはバカ?

残りの3勝が大きいのだ。

1勝で他の9勝をカバーするくらい、小さな評価益を確定せず、より大きな期待利益のためにそれをささげる。

ほんとうに、なるほどだけど。。。でも、これがほんとうに難しいんだよね!


アメーバアメーバアメーバアメーバアメーバ
パナソニック汐留ミュージアムで開催中のモローとルオー展。
photo:01



モローについては、画集に載るような大作は無いが、そこが逆に良いと思えるような、興味深い展覧会だった。

ルオー20歳の時に65歳のモローに、美術学校で教えを受ける。わずか6年の短い期間だが、モローの精神性は、その後のルオーに生き続けることになったようだ。

ルオーというと、青、そして厚塗りのイメージだが、晩年にはむしろ、黄色やオレンジが、要所要所に使われる、そうした作品が、目を引いた。

また、モローについては、細部まで描き込まれた大作に、過度の装飾性を嫌う向きもあると思うが、エボーシュ(油彩下絵)と言われる「下絵」における色彩実験が興味深い。これらの「作品」は、パリのモロー美術館開館当初は、作品展時されていたものの、現在は展示外といういみで意味のある展示らしい。

また、モローというと、透明感のある青や緑のイメージが強いが、ベースとなる茶や黒の使い方が素晴らしいといのも新たな発見だった。

iPhoneからの投稿

アメーバアメーバアメーバアメーバアメーバ
この話題もそろそろ終息するのだろうけど、その前にひとことだけ書き込んでおこう。

みんないろいろ言っている。

どれも正しいよ! 「正論」だもの。

でも、これは日本人<全体>が堕落したとか、ごく一部の不心得者<特殊>が悪いこと(例えば詐欺)をしたという構図で考えてはダメ。

そういう発想でいる限り、何の解決策にもならない。


なぜなら、こういうことは昔からあったから。

数年前、某高級料亭であった「いってこい」とか、いくつかの業界で時折発覚する談合・カルテルの類、関係者であれば、知らないはずはない。

そして時折、何らかの理由で、そのごく一部が表に出る。

多くは、業界内の、あるいは人間関係の軋みが、その原因だと思うのだが、

いずれにせよ、マスコミが知り、かつ公表できる状況になる。

ただ、かつては、こうした事どもが、表ざたになるルートは、ごく限られていた。

関係者の酒の席では、自らかかわった苦労話や武勇伝が語られても、それが広く伝播することはなかった。ごく一部の取捨選択された情報のみが、公に知られることになったのだ。

「誤表示」であれば、当然のこと、隠す意図は無かったと言いきる。
談合だと、さすがに意図はないとは言えないが、ここもあそこもやっている等と、暴露しまくることはあり得ない。

なぜなら、<全体>が、そういう構造でなりたっているからだ。


ところが、昨今は、「悪戯」ツイート時代だ。

伝達媒体が多様化かつ強力化した。

さらに、人的流動性が高まったことも、裏の情報が表に出やすくなった大きな理由の一つだろう。

遠回りしたが、単に「正論」でけしからんというのでは、ことは改善しない。

「けしからん」ことをやったら、発覚しやすくする(必ず発覚する等ということは期待しない)仕組みを作り、費用対効果の面で、不利になるような制度にすることが必要だろう。


一例としては、最近出所した某氏がやったインサイダー的ないしは背信的な取引、多かれ少なかれああいうことはあるのだが、目立ったからけしからん、刑務所に入れてしまえというのでは、むしろサポーターやシンパができるばかり。

そうではなくて「不正」に得た利潤の何倍かを、自腹で返さなければいけないような制度にすればいい。

もちろん通報者が守られる仕組みも必要だ、やはり自主的に歯止めがきいた方が良い。

中途半端でなく罰金を高くすることで、飲酒運転も激減したではないか。

利に敏い、人間の本質を利用すればいいと思う。


アメーバアメーバアメーバアメーバアメーバ