おはようございます、ノブです。
シンプルプラン [徳島障害年金サポートセンター ライトハウス社会保険労務士事務所:認定率100%継続中] (lighthouse-sharoshi.com)
みなさん、急に暑くなって、もはや夏本番のような感じです。。
どうか熱中症には気をつけてくださいね😅
さて、前回は、私はうつ病が重かったせいか、記憶の一部がとぶ「乖離」という症状が見られることをお話ししました。
『幸せは歩いてこない~「自分自身としっかりと向き合うことでうつ病より脱却」~』
「乖離」とは、
「人が大きなトラブル等に見舞われた際、自分の心が耐えることができず、壊れてしまわないよう」に、
その出来事をまるで「記憶喪失」のごとく、意識の表面から消してしまって「なかったことにしよう」
としてしまう心の働きです。
今回はその前回の続きとなります。
が、では乖離が解消されるとどうなったのか、私の体験についてお話ししたいと思います。
自分で耐えきれないようなショックな出来事が起きた際に、乖離は起こるのですが、その際にはショックな出来事の部分だけを飛ばしてくれると良いのですが、実のところ、そんな都合良くはできていませんでした。
それは、いったいどういうことかと言いますと、
その辺一帯の記憶が塊としてすっ飛んでいるということになっていたんです。。。
「朱に交われば赤くなる」
ということわざがあります。
悪いことは良いことよりも心に強く残ることからなのか、悪いことと一緒になって良い記憶も飛んでしまう。
ここで最悪なのは、自分にとって良い人間関係のこと、また自分ができていたことの記憶など、自分にはとても大切な、重要な記憶もすっ飛んでいたのです。
ということで、その後の記憶というものは今、振り返ると、
「良いことも一緒に吹き飛んだ後の自分が、体験した出来事からの記憶」
でした。
幼少の頃から養護施設でのことから始まり、本当にいろいろと苦労?のような目に遭った私は、とにかく乖離している部分が非常に多かった。
要するに、とんでもない目に遭ったことが非常に多かったようでした。
精神科の主治医にも言われましたが、自分でも今は、
「よくもまあ生きてこられたもんだ」
と思います。
これまでしつこいくらいに、何度も乖離があったようで、解消していく度に私が感じることは、
「これは本当に大変なことだ。大きな損をしてきたんだ。」
ということでした。
なぜなら、良い記憶がないままで、その後のこと全てを判断して行動してきています。
記憶が抜けているということは、その抜けた状態で物事の処理や判断を行ってきています。
酷いときには状況を勘違いしていて、正しい状況判断がまるでできていないときもある。
過去が曲げられたまま、生きてきたわけです。
そうして、「人間関係も大事な部分を欠いたりして、今の現実の状況が構築されている」こととなり、その結果、「それまでは正しいと思ってきた現実が実は真実ではなかった」ことに気付くわけです。
そうして、乖離の解消が行われると、次には決まって
「ずっと過去に遡り、自分の遠い過去の記憶に対して、衝撃が大きいことから心の働きにより飛んでしまっていた遠い過去の記憶を重ねることで、自分の本来有るべき正しい記憶に置き換える」
という現象が起きていました。
精神科の主治医はこのことを、「記憶の再合成」と説明され、その後、このことによって
「ずっと過去の記憶が新たになったことから、それ以降の記憶が全て整理されて置き換えられ」ていき、
次には「人格統合」ということが行われると言われたのでした。
もちろん、「乖離」の解消をする際には、心が壊れてしまうほどの出来事をあえて自分から思い出そうとするのですから、頭が割れるような頭痛がしたり、また嘔吐したり、立っていることや座っていることすらできなくなる程のことが、私には起きてきました。
そのため、主治医にも言われていましたが、このことはとてもしんどい作業で、最初は少ししかやらないのに、あと半日以上も起き上がることすらできなくなったりしたものです。
それが終わってから、しばらく時間をかけてゆっくりと、やや不調の状態があるままでしばらく一定の期間を過ごし、少しずつ過去の記憶が修正されていったようでした。
そうすることで、自分でもいろいろと過去のことにずっと思いを巡らせながら、
「あのときはこう思ってこうしたけど、本当はこうだったから実はこうすることが本当だったんだな・・」
と「振り返り」と呼ばれることが、私の心の中では起きていたようです。
ただ、そのときはとても寂しい、また悲しい気持ちになることが多かったです。
なぜなら、今は「記憶の再合成」の結果、正しい記憶、正しい判断を思うことはできても、「人は過去を振り返り、過去に戻ってやり直すことはできないから」です。
人間関係が壊れてしまっていたとすると、もう長い時間を経て、「あのときは・・・」と説明して回ることはできません。
そのため、今更どうすることもできないことを、「そうするべきだった」と考えることは、一種の後悔を含んでいて、哀愁に似た気持ちになります。。
ただ、ここで大切なのは、記憶の再合成、人格統合が進んでいくと、時間はかかりましたが、出来事を修正していったことで自分の「本来持つべきであろう気持ちを取り戻す」ことができるということです。
正しくなかった自分の記憶が正しいものに置き換わるということは、全ての自分の正しいとこれまで思ってきたことが、「実はこうこうだったんだ」と認識を新たにして、これまでとは違う見方ができるようになるということでした。
その上、悪い記憶と一緒になってすっ飛んでいた、自分自身の良い記憶。
その良い記憶の中には、自分が何かしら、当時に努力して打ち込んでいたときの、「自分がその当時にできていた能力についての記憶」も含まれていたことです。
それまでは、何かしら覚えてはいても、ハッキリと覚えているわけでもなく、薄ぼんやりとくらいにしか浮かんできませんでした。
そうすると、
「いつやったのか自分でも覚えていないことなのに、なぜ、60前の私がこんなことができてしまうのか」と、
「とても不思議に思えたきたことが、記憶が鮮明になった」ことによって
「自分には本当にこのことができるのだ」ということについて、「あらためて気付いて自信を持つことができた」のでした。
その後は、「自分がなぜ出来るのか、思い出した」わけですから、脳にインプットされた情報から、「自分はこういうことができるんだ」という自信と、「そのためにはこういったやり方をするんだ」という経験も思い出しているのです。
だから、記憶が飛んでいて「なぜできるんだ?」と不思議に思いながら漠然と行っていたときよりも、グッと生産性?がアップすることができ、また出来る幅も広がりました。
これは、『マンガの「ドラゴンボール」でピッコロが神様と合体して、スーパーナメック星人となったような感じかも』と、私は想像しました。
だから、私は、
「乖離を抱えたままの人生は本当の自分の生き方ではなく、
乖離を解消して病気を良くすることで、本来の自分を取り戻すことができ、
そうして、本当に自分が歩むはずだったこれからの人生を、また歩んでいくことが可能となる」
ということに気付かされ、今、こうして過ごしております。
良くなってきた現在、私はこのことについて、こう考えます。
「録音したテープの音楽が、途中で音が飛んでいるなんて、本当の音楽とは言えない」
昔からよく、「辛くて悲しい出来事は忘れた方が良い」とよく言われます。
もっと酷いときには乖離が起こって、自分の心を守ろうとする心自身の働きもあります。
でも、それは「自分の本当に進むべき人生ではなく、自分の本当の生き方ではない」のだから、結局、損をしているような感じが私にはするのです。
ですので、
「ショックな出来事がある程度落ち着いてきたとき、その失われた過去の記憶そのものを自分で探し出して、頭の中を整理すること」
このことを私はお勧めいたします。
なお、よろしければ次のブログもご覧になってください🙇
『「道は開ける」~悔いを残さないためにも~』 [~障害年金の申請を通じて経済的負担を軽減~『うつ病対策』『自殺防止対策』] (shion-npo.com)