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SUNNY HOLIDAY

~好きなこと,人生の記録を書いています~

主人と静岡へ行ってきました.

 

 

今回のお目当ては“海鮮丼”.

朝ごはん抜きで京都を出発,こだま号で2時間ちょっとで静岡駅へ.

清水港のまぐろ館へ行くことに♪

 

オイラのお昼ごはん♪

かなり量が多い(苦笑)

注文前のオイラのイメージでは,“底上げのお椀にちょっとのご飯と見た目大量のお刺身”だった.

実際は“大量のお刺身といくら食べてもお椀の底が見えないご飯”で半分食べたくらいでオイラはお腹パンパンに.

右上の黒はんぺんカツと真ん中上の鮪の煮物は主人に食べてもらうことに…海鮮丼は全部食べられたしまぁいっか・・・.

 

アップで♪

う~ん♪生きててよかったよ・・・.

 

 

お腹いっぱいだけどそのまま2軒目.

浜焼きのお店へ♪

あぁ・・・美味しい♪幸せだ.

 

 

お腹いっぱいだけどそのまま3軒目.

“ななや”という抹茶のアイス屋さん.

静岡では有名らしい.


抹茶だけで濃さが7種類あって,オイラは一番濃い抹茶アイスと玉露アイスを注文.

たまには甘いものも美味しい.

 

 

お腹パンパンだけどそのまま4軒目.

お茶屋さん.

練り切りと静岡茶のコンビ.

 

 

お腹パンパンだけど宿泊ホテル最上階のバーへ.

静岡駅の夜景を見ながらチビチビ飲む.

 

部屋に戻り,2人とも即就寝・・・Zzz

 

2日目は夕方までは大井川鐡道(笑)

晩ごはんは,ゴールデン横丁の黒金水産へ.

 

静岡おでんを食べに2軒目へ.

 

そういえば,ほとんどのお店に「黒はんぺん」があるんだよなぁ.

静岡の名物みたいですね.

 

もうお腹パンパンで食べられないけれど3軒目.

金目鯛を蒸したもの.

 

マイタケとベーコンの揚げ物おいしかったなぁ.

日常では忘れがちですが,マイタケって美味しいんだよなぁ~.

 

 

3日目のお昼は田子の浦港でしらす丼♪

しらすも静岡名物みたいですね.

オイラ,静岡といえばお茶くらいしか知らなかったよ・・・もっと勉強しないとなぁ.

 

追加でお刺身♪

 

このあと静岡駅に戻りお土産屋さん物色,かき氷食べて帰りました.

 

大井川鐡道を除けば,食べて寝るしかしていない3日間.

体感では体重3キロ増くらいか・・・.

毎日こんな生活続けるわけではないからな,たまには食べまくる日があってもいいだろう.

 

 

帰宅後,グーグルマップで静岡県の細かい道を見ているとこれが結構楽しい.

クネクネしたほっそ~い腐った道がたくさんある.

今度は車で行ってドライブしよう.

テレビカーといって親しまれた3000系,活躍したのは1971年~2013年のこと.

主に京阪特急として運用され京阪線を退いたあとは,90年以降数年に渡り,富山地方鉄道と大井川鐡道に譲渡された.

現在,富山地方鉄道でダブルデッカーエキスプレスとして第2の人生を歩んでいる3000系,しかし,大井川鐡道に譲渡された3000系は2014年に全て引退したため,大井川鐡道では3000系はもう走っていない.

大井川鐡道を走る3000系を生で見ることができなかったのは今でも後悔している.

 

しかし,先月,ストリートビューでなんとなく,「新金谷駅」を検索しちゃったオイラ.(※新金谷駅は大井川鐡道の車庫がある駅)

!?!?!?!?

何かいる!!!

君,3000系だよね?

解体されていなかったんだ・・・.

いつ撮られたものか分からないけれど,今もいるのかな・・・会えるなら会いたい・・・.

 

ってなわけで,現地に行くことに・・・(苦笑).

こだま号に乗り静岡で下車,在来線で金谷まで行き,そこから歩きで車庫周辺へ.

そろそろ現地か・・・?

 

んなっーーーー!

1両しかいないけれどちゃんといる!

・・・にしてもちょっと傷が多いねぇ.

うっすら“テレビカー”の文字も残っている.

 

もう走れないだろうけど,ちゃんと線路の上に乗っている.

車内は倉庫になっていた.

おそらく解体費用がないから放置されているんだろうなぁ.

 

ストリートビューと見比べると,場所が移動しているのと,2両が1両になっているのと(1両は2018年に解体されたらしい),塗装が剥げている.

 

ん~♪

でもちゃんといたよ・・・会えて嬉しかった.

この1両だけでも残しておいてほしいなぁ.お願いします大井川鐡道さん.

日々の生活の中で,ランニングに割く時間を少し減らそうと思う.

 

独身時代は,休日は丸一日鉄ラン,出勤日は朝ラン1~2時間,ストレスが溜まったら夜ラン1~2時間・・・月間走行距離は意識しなくても自然に400を超えた.

 

結婚後は,休日の鉄ランはほとんどしなくなったが,それでも朝ラン1時間はほぼ毎日している.月間走行距離は200~300程に落ち着いた.

 

独身時代の実家は割と田舎で職場からも離れており,朝ランで職場の人に会うことは皆無だった.

信号も少なく,交通量も少ない道路,ランニングしやすい環境だった.

出勤前の朝ランは実家近所で,休日はロング鉄ランで普段行かないところに行く.都会の鉄ランでもド田舎の鉄ランでも“鉄ラン”というだけで楽しかった.そして何より,普段走らないところを走るという“旅ラン”っぽい“鉄ラン”が最高に楽しかった.

 

結婚して引っ越したオイラ,職場から3キロほどのところに住んでいる.

今住んでいる所は,オイラにとっては超トカイ.

ちょっと走ってすぐ信号でストップ・・・の繰り返し.

人通りや交通量も多く,ランニング中に職場の人に会うことも珍しくない.

曲がり角を曲がる度に,“知っている人に会ったらどうしよう”というプチ恐怖がつきまとう.

これが結構ストレス(笑)
長袖長ズボンで控えめに走っているならともかく,半袖&超短いランパンで走っているところを職場の人に見られるのはオイラの感覚ではかなり恥ずかしい(笑)

 

 

コロナでマラソン大会もない.

別にマラソン大会のために走っているつもりはなかったが,少なからず“マラソン3時間半切りを達成したい”と思って練習に励んでいたのは事実.

大会がなくなっても鉄ランや旅ランをしているだけで楽しかったが,今は,仕事と家のコトで1日カツカツ.

以前は,休日でも朝から走りに出かけたが,今は,休日くらいは昼前まで寝ていたいと思うことも多くなった.

 

1か月ほど考えて出した結論は,

「毎日の朝ランはやめて,月一くらいのペースでロング鉄ランをする」

とりあえず,こんなかんじでランニングと付き合っていこうと決めた.

 

好きで始めたランニング,やっぱり今後もランニングは楽しいモノであってほしい.

今のオイラでは,ランニングが“楽しいモノ”から“日課”を通り越して“義務”になりつつある.

今は,少しランの頻度を減らして,月一くらいのペースで好きな線路沿いをのんびり走るのが一番楽しいかもしれない.

人生,ランニングと少し距離を置く期間があってもいいだろう.

 

毎日走ることに体が慣れてしまっているため,走ることを減らすと一気に体重が増えそう(笑)

食事は気持ち控えめにしよう.
 

 


 

 

廃線跡調査の中でも,ケーブルカーの廃線跡調査は少し厄介だ.

ケーブルカー,これはつまり正規の登山ルートを外れた登山を強いられることを意味し,常に遭難の危険と隣り合わせである.

 

愛宕ケーブル廃線跡もそのうちの1つ.

ここの調査を行うのは今回が3回目.

オイラ,ここの廃線が大の苦手.

絶対遭難したくない,怖い思いはしたくない,だから大きな決心をしてきた.

「今回で愛宕ケーブルの廃線跡調査は最後にしよう」と.

 

 

ケーブル清滝川駅跡(愛宕山登山口)

 

 

愛宕ケーブルが廃線になったのは1944年のこと.

70年以上前の軌道が今でもしっかり残っている.

 

 

1つめのトンネルが見えてきた.

しっかり貫通している.

 

 

2つめのトンネルもしっかり貫通している.

 

この倒木は前回調査時にはなかった.

 

 

3つめのトンネル

こいつが曲者.

このトンネルは中が崩落しており通れない.

そこで,赤矢印の方向へ迂回しなければいけない.

オイラ,4年前初めてココを訪れたとき,迂回に失敗し遭難しかけている.

 

かすかに先人の踏み分けがあるが,どうしても前回の遭難しかけた苦い記憶が蘇る.

 

迂回開始地点から10分程歩き,今度こそ無事にトンネル出口を発見.

1つめの難所をクリアしたことになる.

4年経ってオイラも成長したんだなぁ.

 

 

4つめのトンネル

 

 

この倒木も前回調査時にはなかったが・・・にしてもこれは超えるのが大変だ.

 

 

5つめのトンネルも中が崩落しており迂回しなければならないのだが・・・.

ここの迂回は,角度的に3つめのトンネルを迂回したときの倍以上だ.

先人たちが張ってくれたロープを握り一歩一歩確実に登っていく.

このロープを握らないととてもじゃないが登れない.

 

5つめトンネルの出口を発見.

 

 

6つめのトンネル

 

6つめのトンネルを抜けてからが地味に長い.

土台が崩れている.

もちろんこの上を歩くのだが・・・踏み外したら絶対ダメなやつ.

 

汗ダラダラ.

ようやく主人公が見えてきた.

 

到着メロディ

毎度ご乗車ありがとうございました.

まもなくケーブル愛宕,ケーブル愛宕,終点です.

 

ケーブル発着場所と反対側(こちらが正面玄関だろう)

 

お久しぶりですね,オイラ4年前にも来たけど・・・覚えててくれてる?

 

1階の様子

1階では切符を販売したり,待合室として使われていた.

 

階段を上がって2階へ.

 

2階は食堂だったそう.

 

・・・にしても本当によく残っている.

かつて賑わっていたであろう風景が浮かんでくる.

 

地下1階の機械室

サロモンのセンスプロを履いてきたオイラ(笑)

2年前,鯖ウルトラで履いた思い出の靴である.

 

 

最後にもう一度,愛宕駅を目に焼き付ける.

 

帰りは正規の登山ルートで下山.

 

もうココに来ることはないだろう.

オイラの最期の愛宕ケーブル廃線跡調査は無事に終った.

 

6つあるトンネルのうち2つは崩落,残り4つの貫通しているトンネルと愛宕駅もいつ崩落してもおかしくないそうだ.

自然に還ろうとしている愛宕ケーブル,オイラの中ではいつまでもヒーローだ.

JR嵯峨野線を極める鉄ランの保津峡→馬堀で通るはずだった府道401号の調査をしてきた.

 

保津峡駅に参上.

 

 

歩いて20分程か.

府道401と府道50の分岐に到着.

府道401は嵯峨野線沿いを通る道,府道50は嵯峨野線沿いから逸れて愛宕山の西側を通る道である.

 

 

先日の鉄ラン時は,この“通ってほしくない感”満載の看板に脅され,府道50をそのまま直進してしまう.

オイラらしくない選択ミスである.

 

今回は・・・?

もちろん通ります.

 

 

う~ん.

普通に通れます.

これくらいなら素直にこっちを走れば良かったよ・・・.

 

路面は府道50に比べ腐っているがアップダウンは府道50ほど険しくない.

 

なんてったって,こっちは線路沿い♪

楽しいなぁ.

 

 

 

 

しばらくすると,本当の「通行止め」看板と遭遇.

 

そういえばいつの間にか未舗装路になっていた.

 

 

なんか素敵な“象頭谷橋(ぞうずだにばし).

 

 

ここが“府道”であることを認識させるブツその1.

 

 

きゃっはーん.

めちゃめちゃダートになってきた!

 

荒れているのは道だけ,辺りは自然いっぱいの美しい景色である.

 

トロッコがやってきた.

このトロッコ,嵯峨野観光鉄道であるが,言うまでもなく現在の嵯峨野線の旧線である.

(この旧線の旧線,つまり現在の嵯峨野線の旧々線の廃線跡調査を近いうちにするかもしれない.)

 

 

ここが“府道”であることを認識させるブツその2.

千と千尋の神隠しにでてきそうな道だな.

 

 

はい,こんなかんじで府道401の調査は終わりました.

「通行止め」の看板はありましたが通行できないのは“車両”だけ,歩行者は難なく通行できます.

 

も~,こっちの道を走っていれば,京都駅から園部まで1回の鉄ランで行けたよなぁ~.