ルワンダの悲劇?パン君が言うか | こりあうぉっちんぐ

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2014/4/10 中央日報
【特別寄稿】ルワンダ惨事20年と中央アフリカの悲劇



 7日にルワンダ虐殺発生から20年を迎えた。ルワンダの首都キガリでの記念式に出席する前、まず中央アフリカ共和国を訪問した。ルワンダとは違い、ここでは悲劇がまだ「現在進行形」であるからだ。この国に平和が訪れるよう助けたいという気持ちは切実だが、今の中央アフリカは20年前のルワンダ虐殺のように残酷な状況が繰り返される危機にある




  罪のない住民が大量に虐殺されても該当国の政府が自国民を保護する意志や能力がない場合、または政府がその暴力行使主体の一つである場合、国際社会ができることは何だろうか。こうした残酷な行為が最初から発生しないよう予防するために、我々は何ができるだろうか。

  ルワンダ虐殺は国際社会の痛恨の失敗として記録されている。その残酷さの規模は想像を絶する。ラジオ放送は相手部族に対する敵がい心をあおり、同族同士殺し合うよう扇動し、3カ月間にわたり一日に平均1万人ずつ犠牲者が発生した。

  その後、国際社会はこの残酷な事件から大きな教訓を得た。我々は今、国際刑事裁判所(ICC)などを通じて、不処罰(impunity)問題を解消するために力を合わせて対応している。ある国の元首は戦争犯罪で有罪を宣告され、ある指導者は反人道犯罪を犯した容疑で現在拘留され、裁判を待っている。ICCと国連が主導する国際刑事法体系は責任究明(accountability)システムを強化するために努力し、こうした努力は「潜在的犯罪者」が根本的な国際規範を違反しないよう抑止する効果を発揮している。国際社会は「保護責任(Responsibility to protect)」概念も承認した。国際社会が共感する残酷犯罪については、いくら主権国家が国内の問題だと主張しても、国際的な介入ができるように根拠を用意しておいたのだ。

  我々はルワンダの教訓を一つずつ実践している。国連が新たに主唱した「人権優先(Rights Up Front)」イニシアチブを通じてだ。▼国家的・地域的レベルの集団虐殺予防メカニズム創設▼問題発生地域への人権監視要員派遣▼制度不足および不満要素の解決▼南スーダン平和維持軍活動--など、民間人保護のための役割強化など20年前には想像もできなかった努力をしている。

  しかし2009年のスリランカ内戦と現在進行中のシリア事態でも分かるように、国際社会の持続的な努力は何度も挫折を経験している。これは国家間で国益がお互い相反したり、事態の複雑性と危険要素により恐怖を感じたためでもある。他国が直面した危機をめぐる議論が、いつかは自国の状況に焦点を合わせるきっかけになることもあるという懸念のため、ためらうこともあるだろう。経済的な支援を提供し、軍事力を投入すると公約することを望まないこともある。

  しかしこうした無関心と優柔不断がもたらす結果は明らかだ。無実の市民の犠牲だ。指導者は「Never again(二度とこうした悲劇があってはならない)」という失敗の嘆きばかり繰り返すことになるだろう。
 
 現在の中央アフリカを見てほしい。この国は過去10年間、自国の惨状を国際社会に知らせるために孤軍奮闘してきた。しかし昨年、国家の崩壊で国全体が無法天下となり、大規模な難民が発生した。テロが蔓延し、大規模殺傷の苦痛を経験しなければならなかった。中央アフリカの為政者はお互い政治的な目的のために争う中、宗教的な名分を主張したりもした。その結果、イスラム教とキリスト教の信者の間で長く維持されてきた平和が崩れた。

  国際社会は今からでも緊急軍事支援に動かなければいけない。危険に直面した大勢の人々の命を救わなければならない。街に警察を配置し、市民がまた生活の拠点に戻れるよう支援する必要がある。アフリカ連合とフランスがすでに軍隊を送ったが、欧州連合(EU)の派兵努力は現在まで進展がない。政治的な和解努力も同時に始まらなければいけない。

  現状況の深刻性を考えれば、これは克服できない挑戦のように見えたりもする。しかし歴史的に見ると、シエラレオネや東ティモールなど劇的な変革を実現させた成功例が厳然と存在する。中央アフリカも同じ道を歩むことができる。国連は今後、安定的で豊かな国をつくろうとする中央アフリカ政府を支持するだろう。

  国際社会は言葉だけで大量残酷犯罪を憂慮するべきではない。惨事を積極的に防ぐべき時、決して委縮してはならない。世界の指導者は予防できることを予防し、我々の目の前で行われている残酷な犯罪により果敢な対応措置を取るべきだ。私たちみんなが弱者の立場で悩まなければいけない。すべての人間の人権が尊重され、尊厳が維持される世界をつくるために、何ができるかということだ。

  緊迫した状況に直面した人たちに、捨てられていない、忘れられていないという事実を知らせなければいけない。そしてこの人たちが必要とする生命線(lifeline)がいまそこに向かっているという事実を見せなければならない。

  潘基文(バン・ギムン)国連事務総長

  ◇外部の筆者のコラムは中央日報の編集方針と異なる場合もあります。


(1) http://japanese.joins.com/article/j_article.php?aid=184016&servcode=100§code=120
(2) http://japanese.joins.com/article/017/184017.html?servcode=100§code=120


引用ここまで


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 ”
7日にルワンダ虐殺発生から20年を迎えた・・・今の中央アフリカは20年前のルワンダ虐殺のように残酷な状況が繰り返される危機にある”・・・世界大統領のパン君が何か寝言を書いていますな。

 ”
罪のない住民が大量に虐殺されても該当国の政府が自国民を保護する意志や能力がない場合、または政府がその暴力行使主体の一つである場合、国際社会ができることは何だろうか”・・・パン君は1944年6月生まれですから、済州島四・三事件の時には満3歳から13歳。十分モノゴコロはついていたでしょう。

 そして
保導連盟事件の時には6歳。十分モノゴコロは・・・・・・まさに当時の韓国政府は”罪のない住民が大量に虐殺・・・政府がその暴力行使主体の一つ”・・・とやっていたわけですな。

 しかし貧乏国でしたんで弾を節約するために・・・・・そういえば南スーダンでも弾を節約してチョッパリに恥をかかされる羽目になってました
 いえいえ、済州島のことですが、韓国のマスコミも”
当時、軍当局により民間人30余人が済州市近海で石に縛られたまま溺死させられるなど、水葬は「裁判のない即決処分」形式で行われたと、一部の遺族が証言している”・・・と書いていました

 そういう水死体は対馬に流れ着いたもので、対馬のお寺には未だにそういう犠牲者が安置されているんですが、長い間、韓国は興味を示そうともしませんでした。
 そりゃカネになりそうもないですしねえ。いくら何でも韓国政府が虐殺した死体を引き取るのに、チョッパリ!ジェニよこすニダ!とは・・・・・言いそうなのがアレなんですが。

 ”
国際社会は今からでも緊急軍事支援に動かなければいけない”・・・ええ、日本はそれが出来るように動いているんですが、国内の左巻きとかクネ婆あとかが・・・・・クネの方はパン君が説得しろよ。

 ”
国際社会は言葉だけで大量残酷犯罪を憂慮するべきではない。惨事を積極的に防ぐべき時、決して委縮してはならない”・・・日本がそういう国になれるようにパン君も頑張らなきゃ。




 03年のチコとミケ。プロレスごっこが大好きで。