役者って

多少無理な設定や

トンチンカンな内容でも

リアリティを感じさせてしまったり、

いくら臭くやっても

嫌味にならないんだなあ


と最近映画を見て感心しました。


特に、人間の俳優(人形劇と比べるとと言う意味)は

年や経験を重ねるだけでも

その存在感に厚みがでるものですね。


そういえば

人形は古くなっちゃうと汚くなっちゃいますが、

クタクタなほうが動かしやすくってやるほうにとっては

良いのですが。


私の尊敬する人形使いは

「人形は壊れる寸前が一番良い」と

言っていました。



でも、役者がどうのこうのとか

この人うまい!!

なんて感心さる余裕を持たせないで、

グイグイ引き込んでいく

名監督の映画がみたい


テレビや、流行に左右されないで

ガーンと来る映画

みたいけれど

なかなか

ないなあ・・・。



第一章を観た時に、もういいか・・と思っていたのですが、


結局最終章で、どう決着をつけて終わりにするのか?

やっぱり気になってしまったので、

観ちゃいいました。


2を部分的に観ただけなので、

なんともいえませんが、

全てがスッキリ分るわけでもなく、

幾つか疑問も残っています



結構お客さんおおかったです。



映画のエンドタイトルが始まると、

すぐ帰っちゃう人が多いですけど、

この映画、

あー終わりか

なんて思って即出ると、

とんだ事になります。


その後も10分ぐらいあるんですから。

一応、この部分を見落としてしまうと、

映画の最後のメッセージがつたわらなくなるとおもいます。


ネタバレになってしまうといけないので、

あまり語りませんが、


「ともだち」に関して

映画「ロード・オブ・ザ・リング」を彷彿とさせるシーンがありました。

・・・なんて思うのは私だけだと思いますが。




私が泣くのはこんなとき ブログネタ:私が泣くのはこんなとき 参加中

昔は悔しくて泣く事が多くありましたが、

「涙は他の人のために流せ!」と
愛する人から言われたのをきっかけに、
止めました。

映画などで、
私の涙腺を刺激してしまうのは

子どもが親を求めて
それが裏切られたりする
不憫な場合
一番泣きたくなっちゃうんです。

理由は分りません。
両親もそろっていて、
とりあえず、
何不自由なく
育っていますので、
ナンデでしょうか?

自分が子どもと同化しやすい部分があって
子どもが悲しむ時
子どもが喜ぶ時
子どもが真剣な時
すぐに同調してしまう、
「ピーターパーン」大人なのかもしれません。

5年前、何してた? ブログネタ:5年前、何してた? 参加中

5周年ありがとうキャンペーン


5周年ありがとうキャンペーン

5年前、
「区にとっての文化政策って何だろう??」
って悩み始めた頃。

本だってそんなにあるわけじゃないし、

どう思う?といって?話が合う人も少なかった。

いろいろあって、
様々なグループをつくりながら・・・・

結局、現在、かなり有力なメンバー(それぞれゼンゼン違う立場やタイプ)
でも、それぞれが、
キョーレツに「アート」の力を信じていてる。

区にとって、
そして区民にとって、
あるべく姿の
「文化」って??

別にみんなが、「劇場」に行くことだけじゃない!
そこの考え方を、
チョット変えていかないとね。

秋は「お祭り」の季節。

区民祭り、地区祭り、児童館まつり・・・


いろいろあります。


ステージなどがある場合、

一番人材に苦慮してい所といえば・・・


音響


予算のイベントであれば、

コノ部分は通常、プロに任すべき部分


それをアマチュアで行おうとなると、

「音」の部分は、全く捨てるか

あるいは、多少その道が理解できる人をつれて来る事になります。


大工さんと芝居の大道具さんが

同じトンカチを持っていても違うように


電気屋さんが音響係りそのままなれるわけではありません。


幾つかの地域活動ででてきたのは

この

「音響」を引き受けてくれる人材の発掘

重要かもしれません。

NPOとして取り組みをしようかとも考えています。


今のところ、

まだ、育成できていないので、

緊急時には、

わが劇団の最終兵器!?

ウチの配偶者が登場となるわけです。

(人形劇団なので、あらゆる場所を劇場にして活動してきた実績があるので)








人間臨終図巻〈1〉 (徳間文庫)/山田 風太郎
¥760
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八百屋お七(15歳)から始まって、55歳までが第一巻

始めは冗談半分で読み始めたが、

なまじな小説よりも

事実は奇なりと申しますか、

人の死に様(特に若くして死んだ人)

しかも芸術家、小説家、政治家、犯罪者などの

歴史上の有名な人々の「死」とは、どんなものか?


第一巻では、やはり、「結核」が猛威をふるっているように思われる。

有名になった事、大作家になった事、大学者になった事で、

様々に狂わされる人生。

芸術の為の壮絶な生き方、死に方。

誰にも評価されない

孤独な死。

その後、いくら有名になっても

その人にとって

なんだったのか??


子どもの頃「伝記」で読まされた

野口英世の本当の話や

【雨ニモマケズ・・・】の宮沢賢治の詩の本当の意味など


知っている人は当たり前かもしれないが


いろいろ考えさせられて、

結局読み終えてしまった。


いよいよ、第二巻(55歳から72歳)は、

自分にとっても今後の人生をどのように生き、

いや、

どのように「死」を迎えようとして行くのか


いろいろ

考えてしまう。



行政の今後10年間の基本方針案の意見交換会に行ってきました。


交換!?


なんていっても、

その日に渡される200ページ近い資料を見て、

意見を交換する事ができるのか?


という部分もありますが、


どちらかといえば、

「文句」を言いたい感じになってしまうので、


そうではなく、

私達の「提案」を

ぶつけていく場にしたいと思い、


とりあえず資料をゲットするために、

行ってきました。



中身の言葉は踊るが、

実際ってどうよ!?



・・・とにかく、仲間と月曜日に作戦会議をして、

来週末にある「意見交換会」に望みたいと思います。



ま、その後も、提案を書いたものを渡すつもりですが。


かたや、「劇場」かたや、エンタメに引き裂かれてしまった

本来の私達にとっての「芸術文化」を

どのようにイメージしてもらったらよいのか?

いろいろ

正念場です。



行政の基本計画に関して

見直し時期に来ているので、


その説明会があるという


私達が、これまで(5年)ぐらいかけて、

住民にとって文化とは何か?を考えてきたものがあるので、

ぜひ、区の基本計画の「文化」の部分にも

組み入れてもらいたいと考えているので


とりあえず、行ってくる事にしました。


おそらく、膨大な資料なので、

渡されてすぐ質問というのは

なかなか難しいそうなので、

今日は、資料入手


作戦を練ってから


後日改めて説明会に出席する予定。



それは今から6年間・・・・。


一般の区民や大学の先生から


「それが文化政策?意味わかんな~い!」


(だからNPOって思い込み激しいけど、

なんだかよくわかんないのよね~見たいな感じ)


という言葉や態度を示されて以来


屈折ウン十年(でも無く、たかが5,6年)

区にとっての、文化政策について

いろいろな人と、

話し合ったり、アイデアを出し合ったり

してきました。


最近やっと、ピンと来るものになってきたので、

まとめようか?と話していたところ、


区の方から、

具体案があったら、ぜひ教えて欲しいとの連絡



ま、そのまま取り入れてもらえるわけではにとは思いますが、

5,6年前の状況よりはチョット進歩。


あの屈辱的な言葉をばねに

(でも本当は、それが現実だった)

おかげで、ここまで勉強できたのは

はっきりいって

ありがたいことと

今では感謝であります。



めざせ!パペッティな

コミュニティ・アート!



昨日、11月に行うワークショップの打ち合わせ。

コーディネーターの方から、

「あべ一座」の話を聞きました。


あべ一座とは、NHKの番組の企画として(ここから「演劇ニュース」からの引用)


宮藤官九郎 が舞台の構成・演出を手掛ける歌謡バラエティーショー。

全国から「あべ」さんを募集して番組オリジナルの一座を結成し、
芝居に限らず音楽・コント・ダンスなどの
あらゆるエンターテインメントが一体となったショーを催すもの。

番組では、まず5月に全国から「あべ」さんを一般公募。
オーディションで数十名が選抜され、数日間の稽古が行われた後、
7月11日にNHKホールで、
歌謡バラエティーショー「あべ一座~旗揚げ公演『あべ上がりの夜空に』」が
公開収録として開催されました。

ショーの総合司会は阿部渉NHKアナウンサー、音楽は元ユニコーンの阿部義晴、
そして公募で選ばれた一般の「あべ」さんに加え、
阿部サダヲ、阿部寛、阿部力、あべ静江、安倍麻美などの他、
田辺誠一も「TAN"ABE"」ということで参加。


ショーは、「アベ・マリア」を合唱するオープニングで幕を開け、
阿部寛の「長崎は今日もあべだった」、ドラマ「あべ家のなんでもない一日」、
ABBAではなくABBEの舞台裏、「あべない刑事」、ABE-1グランプリなど、
非常にくだらない企画が続々と催され、
フィナーレには「We あべ the World」が合唱されたとのこと。


放送は先日終わったそうですが、


このばかばかしさの楽しさに

プロアマ超えた

ある意味

コミュニティアートの可能性を感じました。