岩瀬昇のエネルギーブログ #944 ガイアナを巡るエクソンとシェブロンの戦いは | 岩瀬昇のエネルギーブログ

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(カバー写真は「Wall Street Journal」2024年5月27日『An oil-patch brawl over $53billion megadeal entwines the legacies three CEOs』と題する記事のものです)

 

 110億バレル(約136兆円の価値:80ドル/バレル、155円/ドル、として)の埋蔵量を持つガイアナ資産をめぐる二大巨人エクソンとシェブロンの戦いは、いよいよ佳境に入るようだ。

 

 2005年に発見、2020年に生産を開始し、2023年の生産量が約35万BDで2024年には60万BDに増え、2033年には190万BDにまで大増産されると期待されている21世紀最大級の新規鉱区である。

 はてさて、どちらに勝利の女神は微笑むのだろうか?

 

出所:「Reuters」2024年7月18日「Exxon clash with Chevron hinges on change of control of Hess Guyana asset, sources say」

 

 今回は本件を元法学部学徒として愚考してみよう。

 

 そもそも石油開発事業というものはConfidential(機密事項)の塊なので、第三者が内容を知ることはできない。

 たとえば通常、上場企業が上場している株式市場の条件として対外公表が要求される事業上の重要事項についてでも、公表すること、およびその具体的文面については、パートナーの事前了解が必要とされている。たとえば数社が共同で行っている石油開発事業で探鉱に成功し、相当量の可採埋蔵量を発見したときなども同様である。

 

 しかも機密を保たなければいけない期間は、通常「無期限」である。

 したがって、筆者が所属していた三井石油開発の事業に関連した事項についても、同社の社史等に記載されている情報以外のことについては基本的に触れないことにしている。

 

 このような業界の常として、本稿でご紹介するのもいわば間接情報、「状況証拠」に過ぎないかもしれない。

 だが、報道されている諸事実を総合勘案すると、このように考えられるのでは、と愚考してみる次第である。

 読者の皆さんには、それを承知の上で以下の記載をお読みいただきたい。

 

 さて、報道されている事実関係を整理しておこう。

 

・2023年10月、米大手石油会社シェブロンは、米独立系大手石油会社ヘスを約530億ドルで買収することに合意したと発表した。

・ただし、ヘスの株主の承認や米管理当局FTC(連邦取引委員会)の承認が条件となっている。

・ヘスの株主は2024年5月28日、当該買収案を承認した。FTCの承認は未だである。

・シェブロンが買収するヘスは、エクソン(権益45%)がオペレーター(操業責任者)を務めているガイアナStabroek鉱区の権益30%を保有している。残りの25%は中国CNOOCが保有。ガイアナ資産が、シェブロンが買収するヘス資産の60~80%を占めると言われている。

・エクソンは、ヘスの持つ30%権益の売却に対しJOA(共同操業協定)に基づき「先買権」があると主張、ヘスおよびシェブロン側はこれを否定、結局現在JOA規定にしたがい、仲裁に持ち込まれている。中国CNOOCもエクソンと同じく先買権を主張し、仲裁に持ち込んでいる。

・仲裁は、原告側(今回はエクソン)が一人、被告側(ヘス)が一人指名し、これら二人の仲裁人が3人目の仲裁人を指名して、3人からなる仲裁パネルを形成して協議の上、判断を下すことになっている。Confidentialなので情報に限りがあるが、どうやら3人目の仲裁人指名が行われているようで(*1)、そろそろ仲裁パネルの協議が始まるのだろう。

 

 以上が事実関係の確認である。

 

 さて仲裁における争点は、今回の買収によりJOAに記載されている先買権が発生しているのか否かである。

 

   ちなみに先買権とは、JOAに基づき、パートナーの1社が保有している権益を第三者に売却しようとする場合、他のパートナーが同一条件で先に買うことができる権利のことである。

 

 当該JOAもConfidentialなので第三者は知ることができない。したがって、先買権に関して正確にどのような文言となっているのかは不明だ。

 

 だが、業界にはAIEN(Association of International Energy Negotiations;1981年に創設されたAIPN=Association of International Petroleum Negotiationsが業容の拡大に伴い、2021年に改名したもの)という組織(*3)があり、モデル契約書を作成している。エネルギー関係の各種契約書は、ほとんどすべて当該モデル契約書を基に作成されている。

 

 JOAに関するAIENモデル契約書は、2002年に作成され、2023年に一部改訂されている。

 ガイアナStabroek権益に関わるJOAは、2002年モデルを基にエクソンが2008年に作成したものだ。したがってエクソンは、JOA上の先買権の解釈についても自分たちが一番よく知っている、としている。

 

 今回の争点を詳述すると、シェブロンがヘスを買収することにより、先買権の発生事由であるStabroek権益に関わるJOA上の「a change of control」(支配権の変更)が発生しているかどうか、である。

 

 Clark Hill Law法律事務所のM&AエクスパートであるJames Englishは「契約書文言をそのまま読めばシェブロンに有利だが、その意図まで踏み込めばエクソンが勝つかもしれない」とコメントしているとのことだ(*2)。

 

 筆者は、仲裁パネルは「意図」にまで踏み込むのではないか、と見ている。

 なぜならAIENモデルでは、如何なる「直接的、あるいは間接的な」支配権の変更も先買権の発生事由である支配権の変更である、と記載しているが、「間接的」とは何を意味するのか、全くはっきりしていない。だが一方で、2023年の改定で「究極の親会社の変更」も間接的な支配権の変更とみなす、と明示しているからだ。

 つまり、2002年モデルではっきりしなかった「間接的」な支配権の変更について、2023年の改定でその「意図」を明確にしたということではないだろうか。

 

 とするならば、Stabroek鉱区の権益を持つヘスを買収し、シェブロンが権益を直接購入するのではないとしても「究極の親会社の変更」と解釈されるだろう。

 つまり、ヘスとシェブロンの法務部門が、先買権の対象とならないように作り上げた今回の買収スキームでも、エクソン(およびCNOOC)に先買権があるとの仲裁になるのでは、と元法学部学徒は考えるが如何なものだろうか。

 

 ヘスに有利な裁定がでれば、シェブロンによる530億ドルの買収が確定するので大きな問題はない。

 

 だが、エクソンが勝利した場合、本件は終わらない。なぜならエクソンは、ヘスの買収には興味がないとしているからだ。

 ではどうなるのか?

 その場合、エクソンはシェブロンと条件交渉に入るのではないだろうか。

 Stabroek鉱区の資産評価の見直しや、権益比率の変更などが起こるのかも知れない。

 全く読めないけれど。

 

 いずれにせよ、どのような展開となるのか、元法学部学徒としては興味津々である。

 

*1 Exxon-Hess arbitration panel nears formation, sources say | Reuters

*2  Exxon clash with Chevron hinges on change of control of Hess' Guyana asset, sources say | Reuters

*3  Home - AIEN formerly AIPN