(カバー写真は、文中引用している「ロイター」記事のものです)
読者の皆さんにどうしてもお伝えしたい問題がある。
簡単に言えば「資本主義のグリーディは業界規律よりも法的に優先されるのか」という問題である。
これだけでは何のことか分からないだろう。
少々、説明しよう。
アメリカに「ベンチャー・グローバル」というLNG開発業者がいる。MMBTU(百万英国熱量単位)あたり3ドル程度が業界常識の液化費用を約4割減の1.75ドルに引き下げて、多くの顧客を確保し、すでに3件のLNGプロジェクト実現に邁進している新進企業だ。
問題は、同社最初の「カルカシュ―・パス」プロジェクトに関し、長期契約を締結している「シェル」「BP」西「レプソール」伊「エディソン」ポーランド「Orlen」および葡「Galp」の6社が契約違反だとクレームし、仲裁を申し立てているという件に関するものだ。
「ロイター」が2024年6月12日、詳細に報じているので参照して欲しい(“The duo atop the biggest and most contentious US LNG exporter”、*1)。
同記事によると、LNG事業にはまったくのド素人だった元投資銀行員のマイケル・サベル(カバー写真の御仁)と金融弁護士だったロバート・ペンダーの二人が、中米の小国ハイチが少量のLNGを購入できずに困窮しているさまから小規模LNGプロジェクトを構想し、実現にこぎつけたのだそうだ。
液化費用の大幅削減に成功したことは、資本主義グリーディのプラスの側面だろう。
揺籃期のLNGプロジェクトは、筆者が1冊目の『石油の「埋蔵量」は誰が決めるのか?』(文春新書、2014年9月)紹介しているように「巨額の初期投資を必要とし、関係者が長期にわたって一体となって推進するもの」だった(*2)。
〈LNGとは、消費市場から遠く離れたところで生産される天然ガスを商業化するために、人類の英知が産み出した技術の賜物、液化した天然ガスである。常温では気体の天然ガスをマイナス162度で液化して体積を約600分の1にし、専用タンカーで消費地に運び、専用タンクに荷揚げし、再度気化して天然ガスとして使用している。このプロセス全体をLNGチェーンと呼ぶ。
LNGチェーンを作り上げるには巨額の初期投資が必要とされる。売主・買主を含む関係者全員が事前に合意し、契約を結び、長期にわたってガスを生産し、液化し、運び、再度気化し、都市ガスとしてあるいは電力用燃料ガス等として使うためのプロジェクトを一体となって作り上げるものである。〉
1960年代後半に盛んになり、日本の電力・ガス企業が買主として発展拡大に大いに寄与したLNG事業は、2000年代前半にはガス不足になるとして多くのLNG受入基地プロジェクトが推進していた米国が、シェールガス革命により輸入国からLNG製造・輸出国へと180度転換したことから様相を変えてきた。
そして「BP」のチーフエコノミスト、スペンサー・デールが2015年10月、「新しい石油の経済学」(*3)で喝破したように、シェール革命の本質は「一回限りの、大規模な、エンジニアリング」のような在来型石油開発のコンセプトが「標準化された、繰り返しが可能な、工場でのプロセス」に変化したことにある。
LNGの世界にも、従来のコンセプトを打ち破る動きが現れて来ているのだ。
その一つの証左として「ベンチャー・グローバル」創設者の二人は、プロジェクトの小型化、小規模液化装置を工場で建造し、複数の装置をレゴを組み立てるように液化基地で重ね合わせるという工法で、コスト削減に成功したのである。
ちなみにわが国の「INPEX」も「JERA」も、「ベンチャー・グローバル」の第3プロジェクト「カルカシュ―・パス2」プロジェクトから20年契約でLNGを購入する契約を締結している(*4、*5)。
両社が、今回の「シェル」「BP」などのクレームをどのように評価しているのか、個人的には非常に興味がある。知ることはできないだろうけれど。
争いの焦点はおそらく「最終完工」の時期と言うものが、プロジェクト推進者でLNG長期契約の売主である「ベンチャー・グローバル」の独断で決められるものなのか、あるいは契約の背後にある業界規範に従わなければならないのか、という点にあるのだろう。
同「カルカシュ―・パス」からは2022年3月に第1船が出荷されている。通常なら、2、3か月程度、仮出荷が行われ、その間、大きな技術上の問題が発見されなければ「最終完工」の確認が行われ、長期契約に基づいてLNGカーゴの受け渡しが始まるものだ。
だが、2022年2月24日、ロシアがウクライナに全面侵攻を開始したことにより、スポットLNG価格はロケットのように急上昇した。売主である「ベンチャー・グローバル」はテイク・チャンスし、その後も2年半以上、「最終完工」していないとしてスポット市場で販売を続けているのだ。
出所:JOGMEC「天然ガス・LNG価格情報」2024年1月号
シェルが今年3月、米管理当局に提出した書簡によれば、その時点でスポット市場に販売したのは257隻に上り、長期契約に基づき6社に販売していたら45億ドルの売り上げだったものが76億ドルになっていた、とのことだ。つまり「ベンチャー・キャピタル」は31億ドル(約5千億円)もの「得べかりし利益」を上げていたことになるのだ。
先に紹介した「ロイター」記事によると、同社CEOのサベル氏は「来年早々には長期契約の顧客にLNGを受け渡すことができる、そうすればこの問題は解決すると信じている」と述べているそうだ。つまり、スポット価格が長期契約とほぼ同水準になったら長期契約を遂行しますよ、と言っているのだ。
外部の人間は脾腫義務のある契約書の文言を知ることができないので、正確な判断をすることはできない。
だが、報じられている「ベンチャー・キャピタル」幹部の発言からは、契約書文言は売主である「ベンチャー・キャピタル」が独断で「最終完工」の時期を決められると書かれているのではないだろうか。
そして「シェル」「BP」など現在のLNG事業の主たちは、すべての契約の根幹にある「LNG業界の規範を守れ」と主張しているのではないだろうか。
いつになるのか分からないが、本件がどのような決着を見るのか、興味津々である。
*1 The duo atop the biggest and most contentious US LNG exporter | Reuters
*2 文春新書『石油の「埋蔵量」は誰が決めるのか? エネルギー情報学入門』岩瀬昇 | 新書 - 文藝春秋BOOKS (bunshun.jp)
*3 New Economics of Oil – Spencer Dale, group chief economist (bp.com)
*4 Venture Global LNG社とのLNG売買契約の締結について(お知らせ) (inpex.co.jp)
*5 米国Venture Global社とのLNG売買契約の締結について | プレスリリース(2023年) | JERA