岩瀬昇のエネルギーブログ 117.原油市場では「コンタンゴ(順ざや)」は普通ではない | 岩瀬昇のエネルギーブログ

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 今朝読んだ日経電子版で、豊島逸郎氏が原油市場の動向を分析されている。「ウイーン発冬の嵐 原油30ドル台の衝撃」というタイトルの記事だ。ポスティングは昨日の10.03となっている。

記事の中で特に気になったのは、「コンタンゴ(順ざや)」に関する認識についてである。筆者と真逆の理解をしているのだ。

 豊島氏は、「原油のような保管コストがかさむ商品は、先物価格のほうが現物価格より高いコンタンゴ(順ざや)といわれる状況が普通」とされているが、筆者はバクワデーションと呼ばれる「逆ざや」状態が普通だと判断している。詳細については、拙著『石油の「埋蔵量」は誰が決めるのか?』をお読み戴きたいが、ここでは拙著にも書かなかったエピソードを紹介して、読者の皆様の判断の参考としたい。

 筆者は80年代半ば、三井物産ロンドン支店でオイルトレードを行っていた。ロンドン支店の原油取引担当としては「初代」だったので、82年末に赴任した当初は本店の「フロント」として機能していた。本店の指示に基づき、在欧州の石油会社と取引を行うのである。1年ほど過ぎてから、自らリスクを取って行うオイルトレードを始めた。

時代はまさに、先物市場NYMEXにおけるWTIの取引が盛んになり、ロンドンでは先渡取引と呼ばれる北海ブレント原油の「15-days」が隆盛を極めていたころだ。

 先渡取引とは、NYMEXのような公設の先物取引市場経由ではなく、当事者間で、相対で行う取引だ。先物と異なる大きなリスク(契約履行、支払い等)があるため、当時は「ブレントクラブ」とでも呼ぶべき、仲間内で取引が行われていた。

 筆者は、これら先物取引、先渡取引を開始するにあたり、社内許可を取る一方、諸先輩に教えを乞うた。幸い社内には、銅などの非鉄金属や砂糖など、先物取引の歴史が長い分野の先輩が何人もいたのだ。

 「コンタンゴ(順ざや)」については、先輩たちの認識も豊島氏と同じものだった。

 実際に取引を開始して、多くのことを学んだ。勝ちもしたし、負けもした。

 当時、在ロンドンの日系商社のトレーダーたちの中で、一人だけ勝ち続けている人がいた。仮にK氏としておこう。K氏は二年間ほど勝ち続けた。

 K氏の「勝ち」は何から来ているのか? 社内で議論をし、分析をしてみた。各種情報を総合すると、原油市場が「バクワデーション(逆ざや)」であることに賭けているらしいことが判明した。

簡略化すると、その手法はこうだ。

 ある機会を見計らって、ロング(買い持ち)ポジションを取る。これを毎月ロールオーバー(受渡し期限が来る前に、ロングポジションを売り抜いて手仕舞いし、同時に先のものを新たにロングする)して行くのだ。

 当時の原油市場は平穏で、基本的にバクワデーションだった。バクワデーション状況が長いあいだ続いていたのだ。

 バクワデーションなので、たとえば翌月渡しが30ドルだと、翌々月渡しは29.80ドル、という具合になっている。30ドルでロングしているポジションを30ドルで手仕舞し、新たに29.80ドルでロールオーバーする、これを繰り返せば、ロングしている理論コストが毎月下がって行く。バクワデーションが続けば、確かに間違いなく儲かる。取り扱い数量を増やせば、利幅は広がる。

 では、なぜバクワデーションが普通なのか?

 先輩たちから教わった先物市場の常識では、豊島氏も指摘しているように、保管料(タンク代プラス金利)がかかるので、コンタンゴとなるのが普通なのに、なぜ目の前の原油市場はバクワデーションなのだろうか?

 筆者たちの結論は、原油はバルク(量がかさむ)商品なので、中間で保管して取引をしてもなかなか商機を見出せないから、取引には多くの業者が関与しても、結局は生産者から消費者(精製業者)に直接荷渡しされる、したがって、一般の先物で取引される商品(非鉄とか砂糖とか)のように、コンタンゴになるのは特殊な状況の時だ、というものだった。確かに、当時の原油市場では、(そして今でも)利益を求めて保管することを基本動作とする業者はほぼ皆無だったのである。

 筆者たちが、K氏の「打ち出の小槌」を見つけたと小躍りしていたころ、「逆オイルショック」が発生した。1986年に発生したこの「逆オイルショック」の時の下落幅は、今回よりも大きく、30ドルから10ドル割れまでに66%も下落したのだ。市場はコンタンゴとなった。結果、K氏は大損を出した。筆者は「打ち出の小槌」を試してみる機会はなかった。

 結論的にいうと、原油市場が一種の安定状態にあるとき、マーケットは間違いなくバクワデーションになる。逆に言えば、バクワデーションになったら、市場は安定状態にあると言える。

 また、トレーダーたちが「コンタンゴオペレーション」を仕掛けるのは、タンクの賃貸料あるいはタンカーの用船料と金利の水準次第だが、最近の実例では、1年先のものとの値差がバレルあたり10ドル以上は必要なようだ。

今年も、第一四半期には、数千万バレルの「コンタンゴオペレーション」が行われた模様だ。来年の第一四半期には、これらタンカーに貯蔵されている原油が市場に出回るはずである。これもまた市場のベア要因である。

 原油価格が上昇に転ずるには、もう少し時間が必要なようだ。