釣行記 | ウェブログのろぐ

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落ち着つきはじめたころからのリニューアル中。メインは琵琶湖でのバス釣り。釣果のためになる情報や派手な釣果写真はあんまりないかも。他、琵琶湖以外の場所や海釣りの話などもできればいいなと。



4日 月曜日

久しぶりの平日の釣行。

京都での用事を済ませてから夜の1時間程度の軽い釣行だった。釣果はなし。途中、バスだかギルだか分からないひったくるような感触が手に一度だけ伝わっただけ。それ以外の魚の反応はいっさいなし。

魚の活性が高かったのかどうかは分からない。バスがいたのかどうかも分からない。時々、緩い西よりの風が吹いて完全にと書いて差し支えないほど凪いだ湖面に小さな魚が体をうちつける音を聞く程度で、ボイルがあったわけでもなく、小魚の正体すらも分からなかった。

場所は通い慣れた所。あきらかに季節が変わって1週間近くが経ち、何か状況に変化があったのか知りたくはあった。そんな時にはやはり通い慣れた所がいい。そんな思いで選んだ場所だった。

人の気配はなく静かな湖岸に、東の高い所にある満月に近い月は、軽く傘をかぶったように淡く光って、周囲に浮かぶ鱗雲の姿をてらしていた。ちょうど、夕方の京都市内でまだ明るい時間に見た、市内の真ん中を流れるようにしてあった鱗雲の連なりが、まだ夜になっても、そして滋賀の大津市内であってもあるようだった。どうやら、あの市内の連なりが、ここまで続いているらしいと思う。

水際はかなり沖に向かって下がってしまっていた。まだ半分濡れたようなこぶしの半分ほどの石つぶてが乾いた湖岸線からだいたいが1メートル近くの距離で沖に向かい敷き詰められていた。それらは所々で尖ったような岬状になったり、敷き詰められたつぶての範囲が極めて狭い場所があったり、水位が高い頃には水中にある底の様子をそのままさらけ出していた。

予め確認していた水位は-30cmほど、この程度の水位の低下でも湖岸の様子はずいぶん変わってしまうのだということをあらためて知る。同時に、どう見ても釣りにプラスの要素ではないだろうと思う。

湖岸がいっそう沖に突き出て、ちょうど流れのよくあたりそうな、比較的に水際に変化の少ない辺りで、目立つ大きさの魚体のバスが何匹か、人間がそうしたのか荒れた天候の時にそうなったのか、打ち上げられたままかなりの時間が過ぎてしまっているような姿で、近づくとそうした匂いを周囲に漂わせていた。気温はずいぶん下っているのか半袖では肌寒い。帰り道の途中、バイパスの宇佐山トンネルを抜けた付近にある温度計は確か22℃を示していた。

ここで試した釣り方は2種類。ウィードの面を横にルアー引いてくる方法とウィードとウィードの間にルアーを落としていく方法。今回の釣行で使用したルアーは前者が小粒のバイブレーション。後者がストレートワームのノーシンカー。

結果は既に書いた通り、アタリらしきものを辛うじて得たのはノーシンカーだった。

数十メートルの範囲を2種類の方法で試した感想は、ウィードの密度が薄かったということ。これは例年のこの付近に比べ明らかにそうだと思った。この状態ではノーシンカーだと効率が悪そうで、特に魚の反応がノーシンカーのフォールに目立ってないようであれば、早いテンポで巻いてしまったほうが良さそうではあった。そして、これから暫くの間で魚が入ってくるようなきっかけとなる何か変化がない限りは、あまりじっくり粘れそうでもないといった雰囲気でもあった。

もう少し条件を変えて色々な方法を試してみればまた感想も変わってくるかもしれないが。

つかの間、凪いだ湖面は途中に吹いた風で波立つとまではいかない程度にゆらぐことがあった。風は気温にあわせて冷たげなもので、先月の終わり頃からよく吹いている類のものと同じようだった。明らかに水温のほうがずっと高く感じられた。

恐らく先週ぐらいからずっとそんなことが続いていて、おかげでずいぶん湖面の表面の部分は風に混ぜられ冷やされているんだろうとは思う。

そして、数日か前に堰の放水量は絞られて沖の流れは淀み気味だとして、そこに、かなりの水位の低下も加えて、上にかいたようなことがどんな変化をもたらすのか知りたくはあった釣行は、まず釣果は無しといっていいほどで、ざっくりとした感想があれこれこれ浮かんだまま、1時間程度という短い時間で終わっていた。

家に帰り久しぶりにヤフオクでもやってみようかと準備をあれこれしつつ過ごす。