梅雨明けはまだなのに、連日暑い日本列島である。空を見上げれば、青がまぶしい夏空なのである。七夕の日は、けっこう雨模様が多いが、今日は珍しく晴れた。ようやく、織姫と彦星は会えるのだろうか。そもそも織姫と彦星ってなに?今日は、せっかくなので、この七夕伝説をひも解いてみようかなと思う。どうぞ、おつきあいください。

 

 ここからはウキペディア参照となります。

七夕の習わし……「七夕」は、奈良時代に中国から日本へ伝わったといわれています。古来中国からの神話と、元々日本にあった棚機津女(たなばたつめ)の伝説がまじりあい、「七夕」という節句行事になりました。日本では五色の短冊を、中国では五色の糸をつるし技芸の上達を祈りました。また、サトイモの葉の露で墨をすると習字が上達するといわれていたことから「七夕」はこれらの祈りを込めた祭りとされていたそうです。また、七月七日の夜にだけ逢うことが許された「織姫と彦星」の神話も中国より伝えられたといわれています。

 

 織姫と彦星のお話……天空で一番偉い神様「天帝(てんてい)」には、「織女(しょくじょ)」(=織姫)という娘がいました。織女は神様たちの着物の布を織る仕事をしており、天の川のほとりで毎日熱心に機(はた)を織っていました。遊びもせず、恋人もいない織女をかわいそうに思った天帝は、天の川の対岸で牛を飼っているまじめな青年「牽牛(けんぎゅう)」(=彦星)を織女に引き合わせ、やがて二人は結ばれ結婚しました。

 結婚してからというもの、二人は毎日遊んで暮らしていました。織女が機を織らなくなってしまったので、神様たちの着物は擦り切れぼろぼろになり、牽牛が牛の世話をしなくなったので、牛はやせ細り、病気になってしまいました。

 これに怒った天帝は、二人を天の川の両岸に引き離しました。二人は悲しみのあまり毎日泣き暮らし、仕事になりませんでした。それをかわいそうに思った天帝は、二人が毎日真面目に働くならば、年に一度、七月七日の夜に会わせてやると約束しました。そして、七月七日の七夕の夜、織姫と彦星は待ちに待った「再会」という願いを叶えます。

 やがて、人々は「二人のように、願い事が叶いますように」と、短冊に色々な願い事を書き、笹や竹の葉に飾るようになりました。冬でも緑を保ち、まっすぐに育つ生命力あふれた笹や竹には、昔から不思議な力があるといわれてきました。神聖な植物ゆえに、そこに神を宿すことが出来るとも言われています。祭りのあと、笹や竹と一緒に川や海に飾りごと流す風習には、笹や竹に穢れを持って行ってもらうという意味もあるそうです。(以上、ウキペディアより)

 

 改めてひも解くと、こんな伝説があったことが分かりました。なかなか逢えない恋人、夫婦、大切な人、その人のことを思って夜空を見上げてみましょう。きっと、あなたの想いが届くと思います。みんなが幸せでありますように。

 

今日は、こんな歌が頭に浮かびました。

スピッツ 「渚」

いつも読んでくださりありがとうございます。

あなたの幸せを祈ってます。