<第4話> スピリチュアル・ラブストーリー
今日はぼくの四十五回目の誕生日だ。そして(数ヶ月のズレはあるが)会社をクビになってに二十回目の記念(?)日だ。
この二十年の間に起きた大きな出来事は二つ。母が他界したことと、姉が自宅アパートを出てグループホームに引っ越してしまったことだ。
ぼくはかけがえのない人を二人も、失った、ということだ。
母は、パーキンソン病で七十四歳で亡くなった。
その翌年、姉は、ぼくより三つ年上なのだが、一つ年下の弟、つまりはぼくの二つ年上の兄の威圧的な言動に恐怖を覚え、家族四人で暮らしていた実家から出ていった。
父は、もう八十五歳だ。いつ死んでもおかしくない年齢だ。だが、父は洗濯と炊飯をしている。兄の命令だ。
父もぼくも、兄のいいなりだ。だからぼくは父が他界したら自殺するつもりでいる。
父の名は源治、母は夏枝、姉はより子、兄は幸治、そうしてぼくは優しいと書いて「マサル」。
ぼくはこの名前のせいで、よくいじめられた。
「まあ、サルがいる」
そのいじめは、小学一年のときから始まった。しかし、ぼくは、野良猫のように俊敏に動き、体育の成績もよく、さらに勉強もよくできたので、時がたつにつれ、いじめは自然消滅していった。
成長期も早くおとずれ、中学にあがってすぐの身体測定の時、身長はすでに180センチをこえていた。そうして『サル』といわれていたぼくは、『ジャンボ』と呼ばれ、みんなから、一目置かれるようになった。
しかし、身長が高いとで不運なこともあった。高校生になってからその不運はひんぱんになった。ただ、ふつうに町中を歩いているだけで、
「おいおい、ノッポさんよー! なにガン飛ばしてんだ、おー、こら!」
と、切れ長のつり目のせいもあっただろう、しょっちゅう、他校の勉強のできないお不良さんたちから、からまれた。
だが、どいつもこいつもたいしたことはなかった。こぶしではなく手のひらで一発ひっぱたけば、ゲスなお不良さんたちは、時代遅れの、
「ちくしょー、覚えてろ!」
というすてぜりふを残して走り去っていった。
それに、長身で運動能力が高いということで、中学、高校、とバレーボール部やバスケットボール部だけでなく、サッカー部や野球部からもスカウト(っていうのかな?)された。しかしぼくはのきなみ断った。スポーツより勉強のほうが好きだったから。
そうして、公立の大学に進学した。
この世に生を受けてから、大学を卒業するまで、女性と交際したのはたったの一度だけで、その恋愛も長くは続かなかった。
そうして二十五歳で会社をクビになった。
ぼくはふてくされ、仕事もさがさず、食事は父がわずかな年金で買ってくるおそうざいばかり食べていた。
そうして四十五歳の誕生日を三ヶ月後にひかえたころ、人生がそれまでとはまったくちがう方向に動き出した。
ぼくは働き始めたのだ。
『レイク』というベーカリーショップ。しごとはパンを作ることではなく、雑用だ。
仕事はつまらなかったが、田口ほのかという女性店長と、もう一人、青木美和といいう名の、ぼくと同年代と思われる美しい女性二人が経営するレイクはとても繁盛していて、それはぼくのよろこびでもあった。
時を同じくして、姉が隣町のグループホームに逃げ、そこに透視能力を持った霊能者がいて、
「弟さん(ぼくのこと)は、今、大きな海の中にいて、もうすでに、運命の人と出会っている、と透視している」と、姉から告げられた。
霊能者は清水菜帆。二十八歳の髪を金色に染めた背の低い女性だ、と姉はいっていた。
ぼくは過去の一度の恋愛をダメにしてしまってから、女性と交際するのが苦手になっていた。と、いうか、恋とは、愛とは、いったいなんなのか、よくわからなくなっていた。
そんなときに透視能力者から〝運命の人〟とすでに出会ってる、などといわれたら、ぼくだって男だ、ずっと彼女がほしかった。はしゃがないわけがない。
いったい誰だろう、美和さんだといいな。ぼくはそう願っていた。
レイクのスタッフは、ほのか店長と美和さん以外にパン職人が三人、ぼくと、あと三人雑用の係がいて、その中でぼくが、付き合いたいと思える女は美和さんともう一人の雑用の金子美咲という若い、おそらくまだ十歳代だろう女だけだった。そうして美咲が、菜帆さんの透視した、運命の人、だと信じて、一週間後の木曜日、ぼくはシフト表で、美咲の退社時間を、あらかじめ、確認し、店の近くで待ち伏せすることにした。
そうして木曜日が訪れた。パン屋は朝が早い。そして夜も遅い。その日ぼくは早番で、美咲は遅番だった。ぼくは仕事が終えると、美咲の仕事が終わるまで、近くの喫茶店で時間をつぶし、そうして、美咲が『STAFF ONLY』と書かれたドアから出てくるのを待った。
五分で、その恋は終わった。
美咲がパン職人のイケメンと一緒に出てきたからだ。
ぼくはそれまでにLINEでつながっていた菜帆さんに、連絡した。
「ぼくの運命の人、美咲じゃなくて美和じゃないっすか?」
美咲と美和。
ぼくは元々、美咲より美和さんのほうが好きだった。
そうして冬の寒い日のぼくの誕生日、ぼくは菜帆さんにLINEを送った。神さまからのバースデープレゼントは、はたしてあるだろうか?
菜帆さんから返信が来た。
『美和さん、運命の人かどうかまでは透視できないけど、ツンデレだと思うから、とにかくお話してみて』
やっぱり、運命の人は美和さんなんだ。ぼくは美咲のときと同じ作戦で、美和さんを待ち伏せした。ぼくは机の引き出しから、丁寧にラッピングされた家入レオのCDと連絡先を書いたメッセージカードをわたして告白する。作戦は決まった。
と、そのとき姉から電話がかかってきた。
「はいよ」
「マサル? いったいなに考えてんのよ!」
「なにが?」
「ミサキだかミワだか知らないけど、菜帆さんに迷惑かけないでよね!」
「そんなこといったって仕方ないじゃん」
「で、どうするの?」
「告白する」
「いや、いきなりはやめたほうがいい」姉は意外にもすぐに冷静さを取り戻した「なんか仕事の相談でもしな。そういうところから、恋って始まるもんだよ」
「そんなのめんどくさいよ」
ぼくはなんだか、どうでもよくなってきて、その日は自分の部屋ですごした。
そうして今年も一月十五日がやってきた。
一月十五日といえば、多くの人はむかし「成人の日」だった日だ、と思い出すだろう。しかしぼくにとってはまったく別の意味で『特別な日』だ。
四十五年の人生で、唯一身体の関係を持った恋人、マユミの誕生日だ。
会社をクビになる前、ぼくはマユミの身体に夢中だった。プレゼントしたアクセサリ―やブランド物の洋服はまだもっていてくれるだろうか? それともなんとも思わず捨ててしまっただろうか? もう、結婚しただろうか? 子どもも二人ぐらいいるだろうか? さまざまな問いが脳裏を駆けめぐる。
マユミと出会ったのは大学二年のとき。イオンがまだダイエーだったころ、青果のバイトで出会った。その夜、初デートした。
ミスタードーナツ。
忘れもしない。マユミはドーナツをボロボロ落としながら、何度も、
「ごめんなさい、きたない食べ方して」
とあやまった。
きれいだな。素直にそう、思った。
「ねえ」
ぼくは女優みたいなマユミの美しい顔に見とれていた。
「マサルってカノジョいるの?」
「どう思う?」
ぼくは、わざと、いじわるをした。
「んーん、いない。はずれ?」
「残念ながら、正解」
「やっぱりね」
「やっぱりー!」
彼女がいないことを見ぬかれ、しかも、それが、当然、といわれたら、ふだん温厚なぼくでも、しゃくに触る。
「ねえ、うちにこない?」
「え?」
「わたし、一人暮らしなの。だからさ、うちで……」そこまでいってマユミはぼくの左耳のほうへ口を近づけ「エッチしよ」とささやいた。
ぼくはなぜか、小さいころ飼っていた犬のことを思い出していた。
「うちの近くにTUTAYAがあるから、そこでAV借りてさ、それ見ながらエッチするの。すんごくきもちよくなるよ」
そういって、ほほ笑みを浮かべて立ち上がると、マユミはトレーを手にし、それを返却口のほうへもどしに、ぼくを残して、先に店から出ていった。
そのうしろ姿をみながら、ぼくは〝童貞卒業〟のチャンスにただならぬ興奮を覚えていた。
そうして、マユミのあとを追って、ミスタードーナツを出、TUTAYAによって、一も二もなく、すぐ、赤と黒のカーテンの奥のAV コーナーに入った。
ぼくがいつもお世話になっているAVコーナーで、ぼくはいつもとはちがう劣情を感じ、なんだか逃げ出したい気持ちになった。
そうして、100作くらいはありそうなAVを物色し、マユミは藪から棒に、
「マサルって、S? M? どっち?」
と、訊いてきた。
ぼくは、
「わ、わかんないよ」
といいながら、心の中で(はじめてなんだから)とつけ加えていた。もう、恐怖さえ感じていた。
ぼくがはじめてAVを見たのは、小学五年のとき、勉強も運動も、まるでダメな兄貴に、
「マサル、エロビみせてやろうか?」
と、そそのかされて見たのがはじめてだった。そのとき同時にマスも覚えた。
そうして、ぼくは『ヤラハタ』になる直前に一人エッチから卒業できるチャンスを与えてくれた神さまとマユミに、心から感謝した。
マユミの部屋に着くと、二人で一緒にシャワーを浴びて、お風呂場から出ると、マユミは、きっとぼくが童貞だということを悟っていたのだろう、キスの仕方と二十分ほどの行為の仕方を教えてくれた。ぼくはマユミとの行為に感動ともいえる感情を覚え、何回も、何回も、マユミを求め、愛した。そうしてぼくはマユミとのセックスのとりこになった。
行為のあと、マユミは、いつも、必ず、まるでなにかの儀式のように、ルイ・ヴィトンのバッグから、マルボロのメンソールライトを取り出し、ゆっくり、けむりを吸った。
「マサル、上手だね」
はじめてのとき、マユミはぼくのテクニックを称賛してくれた。
ぼくは、安堵した。そうして、
「へへへ」
と、笑って見せた。するとマユミは、
「さては、マサル、AV見ながら研究してたなあ!」
と、ぼくの二の腕をコツいた。
二十歳直前の童貞男に、どうすれば女が喜ぶか、なんてことを研究できるよゆうがあるわけないだろ! と反ばくしてやりたかったが、マユミはやさしかったので、いやスケベ女だったので、
「じゃあ、もう一回」
と、求愛してきた。
幸福に満ちた日々が続いた。
しかし、ぼくが会社をクビになると、マユミと連絡がつかなくなった。電話もつながらないし、メールの返信もない。直接会おうとアパートに行ってみたけれど、どうやら引っ越してしまったようだった。マユミのいない、意味のない長い時間が、ただ、何事もなく、すぎていった。二十年という時間だ。
そんなある日、姉のより子が、ぼくを元気づけようと、菜帆さんと、もう一人のグループホームの友人の早苗さんと、ドリンクバーのあるファミリーレストランで食事会を開いてくれた。
その時、透視能力を持った菜帆さんが、
「マサルにうしろに亡くなられた身内の方の姿が見える」
と、いった。
ぼくは、「お母さんだ」と理解し、菜帆さんの透視能力が〝ホンモノ〟であると、確信した。
だが、その晩、姉からLINEが来た。
『優へ。
菜帆さんが今日、優とはじめて直接会って、視(み)えたそうです。
優のうしろには大きな海があって、あとおししてくれているそうです。助け船を出してくれていると。海の神リヴァイアサンさまだそうです。だからどんな困難も乗り越えられる。乗り越えた優が視えるって。 姉より』
しかし、、美咲にはふられた。でもそれは菜帆さんと直接会う前のこと。
美咲は、はじめから、タイプではなかった。ただ、菜帆さんが「運命の人」といったからぼくが舞い上がった結果だ。
会社をクビになって二十年、ぼくは、たくさん恋をした。白橋さん、福井さん、秋澤さん、大津さん、原田さん、横井さん、相川さん、美咲、そして美和さん。
誰かを好きになり、勇気を出して告白しては、ふられ、ぼくはいよいよ四十五歳の中年男になってしまった。
しかし、ぼくは新しい出会いを求め、パソコン教室に通いはじめた。しかし、そのパソコン教室は、個別制で、出会いは、なかった。
やっぱり、美和さんだ。ぼくが好きなのは彼女しかいない。ずっと、好きだったじゃないか。
幸運にもうちの近所の個人経営のスーパーマーケットでレイクのパンを販売させてもらっていることをぼくは知っていた。実際何度か、陳列に来た美和さんに会ったこともある。しかし、毎日ではない。
いつもは市川さんという、年配のオジサンんがスーパーマーケットに来ている。ぼくは勇気を出して、市川さんに訊いてみた。
「あの、市川さん。青木さんて、結婚されてるんですか?」
「うん、結婚してるよ。子どもも三人いる。本当かどうかわかんないけど」
本当かどうかわかんない。
ぼくは思い切って、真実を確かめるべく、休みの日にレイクに電話をかけてみた。
運よく、美和さんが電話に出た。
「もしもし、青木さんですか? 青木さん、だんなさんとお子さんが三人いるって本当ですか?」
「うん。なんでえ?」
「いや、ちょっと気になって」
さすがに、
「好きなんです」
といはいえなかった。
美和さんは髪をぼたん色に染めていて、若いころヤンキーだったのかもしれない。それで、若いヤンキー男と結婚し、子宝にもめぐまれ、幸せに暮らしている。
しかし「なんでえ?」という問いかけに、幸福の色は感じられなかった。
ぼくの名前は「優」。
この文字を、太宰治は好んだらしい。にんべんに憂えるとかいて「やさしい」。人の悲しみに敏感な人を『やさしい人』という。そうして、ある日の夕方、斜陽が美しかったその夜、姉から、またLINEが来た。
『優へ。
残念なお知らせです。
菜帆さん、透視能力、なくなったそうです。菜帆さんは今まで観音さまに守られて特別な力を与えられていたのですが、先日、十五年の超大恋愛の末、プロポーズを受け、結婚して、グループホームを卒業したのですが、彼のお父さんが霊能力に否定的で、菜帆さんの大事な観音さまのお像を捨ててしまい、それ以来、透視能力が、さっぱりなくなってしまったそうです。だからミワさんが、あるいは別の誰かが、優の運命の人かはもう菜帆さんには視えないそうです。
優、残念だけど、それでもわたしは奇跡を信じています。
お父さんによろしく。 姉より』
また失恋……。しかたない。もう、こうなったら、強硬突破だ。
レイクのパンを販売しているスーパーマーケットで美和さんを想っているころに、ちょといいな、と思っていた、レジの大空さんにターゲット変更だ!
よし、明日から少しずつ、大空さんにアプローチしよう。まずは、下の名前を訊こう。
(大空さん、下の名前、なんておっしゃるんですか?)
その短いせりふを胸に、ぼくは大空さんの働くスーパーマーケットに向かった。
大空さんが出勤してるかどかは、せまい駐車場に行けばわかる。
ぼくは大空さんが出勤する日は、その駐車場に原付バイクを止めていることを知っていた。
大空さんの原付バイクが駐車してあることを確認したぼくは、思いっきり開き直ろうと自分にいい聞かせ、そうしてプラスチック製の買い物籠の中に、カップメンをを三つ、ポテトチップを二袋、それから、チョコレートを一枚入れ、人の列の永いほうの、大空さんのレジにならんだ。
ぼくの順番がきた。現実はぼくの予想をはるかに越えて輝いた。
「あの、突然ですけど、お名前なんとおっしゃるんですか?」
「え?」
「ですから、お名前は?」
「あ、はい、ウチウミです。ウチウミマサルといいます」
「わたしは、オオゾラツバサと申します」
「え? 『キャプテン翼』の大空翼ですか?」
「はい」
大空さんは恥ずかしそうに、うなずいた。
ぼくも、子どものころ、キャプテン翼にあこがれてサッカーやってたんです」
「よかった」
なにがよかったのかはぼくにはわからなかったが、大空さんはそういうと、きれいにラッピングされたなにものかとメッセージカードをぼくのほうへ差し出した。
「え? なんっすか、これ?」
「プレゼントです。いつかわたそうとずっと持ってました」
「ありがとうございます!」
ぼくは大声とともに、それらを受け取り、天に舞うような喜びを感じ、有頂天な心持ちで、徒歩二分んのアスファルトの道を、ゴールを決めたサッカー少年のように、喜びいさんで、帰った。
メッセージカードには、スマートフォンの電話番号とメールアドレス、LINE-ID,それから、
『ずっと好きでした。よろしければ食事に行きませんか』
と、書かれていた。美しい字だった。そうしてプレゼントのほうを開けると、Mr.childrenのい『しるし』のCDだった。
ぼくは高校生のころからミスチルのファンだったので、まったく同じCDを持っていたが、舞い上がって喜んだ。こんな気持ち、はじめてだ。
翌日、ぼくは、美咲や美和さんに告白するときプレゼントしようと思っていた、家入レオの『ずっと、ふたりで』のCDと大空さんがぼくにしてくれたのと、まったく同じように、内海優、といいう名前と、スマートフォンの電話番号、メールアドレス、LINE-IDをメッセージカードに書いて、翼さんが原付バイクで出勤してくるのをせまい駐車場で待って、翼さんがやってくると、
「おはようございます!」
と、できる限りさわやかにあいさつし、そうして、
「あの、これ、『しるし』のお礼のしるしです」
と、ジョークをいって、翼さんの心をやわらかくして、『ずっと,ふたりで』とメッセージカードをわたした。
それから、ぼく・内海優と、運命の人・大空翼のラブストーリ―は超高速で展開していった。
そうして、三回目のLINEで、ぼくが好きな食べ物を訊くと、
「わたしは、らーめんがとっても好きです」
と、〝とても〟というやさしい言葉をつかって、返信かかえってきた。
「それじゃあ、翼さんがお休みの日に、一緒にラーメン食べに、行きましょう? 次のお休みはいつですか?」
とぼくも返信した。
「それでは、今度の水曜日、いかがですか?」
「オッケーです」
ぼくは、日、月、火、の三日間を一日千秋の思いで、時よ、早く進め! なんて一人言をいいながら、やりすごした。
そうして、水曜日委、ぼくは、ようやく、人生で二人目の彼女ができる、とはしゃぎまくっていた。
ぼくたちは駅の改札前で待ち合わせ、当時はやっていた映画『鬼滅の刃」を見に行き、帰りに、テレビの取材が来たこともある有名な、行列のできるラーメン屋に行った。そうして、席があくのを待ってる間に、翼さんは、
「では、あらためまして」
と前置きをしてから、自己紹介をしてくれた。
離婚歴があり(別れの理由はだんなのDV)一人息子は、もう、大学を卒業し、独立して、結婚していて、今は、大阪の鉄筋加工会社の課長補佐をつとめ、その課長が奥さんで、二人の子どもと幸福な毎日を送っているということ、自分は十年ほど前に、統合失調症、という心の病気発症し、今でも、月に二度、メンタルクリニックに通院し、抗うつ薬や精神安定剤を服薬しながら、月八万円の障害年金とパートの仕事で十二万円ほど稼いで、今は、一人、アパートで、静かに暮らしている、と語ってくれた。
ラーメン屋のスタッフが、
「二名さまでお待ちのウチウミさま、どうぞ」
と、ぼくらの順番を告げた。
そうしてネギチャーシューメンの大盛りを、二人して、頼んだ。
さすが〝行列のできる〟ラーメン屋。すごくおいしかった。
ぼくは思わず、げっぷをしてしまった。翼さんは平然として、
「あー、もう一杯食べたいわ」
と、いった。
「マジで?」
「もちろん」
残念ながら、行列のできるラーメン屋、かえ玉はできなかった。、もしかえ玉自由だったら翼さんは、まったく躊躇せず、あと三杯は大盛りラーメンを食べたことだろう。
「けっこう大食いなんですね?」
「おいしいものはね」
そうして、五回目のデートのとき、ぼく・内海優と、彼女・大空翼は、結ばれた。
いつだったか、菜帆さんが、ぼくは、海の神・リヴァイアサンに見守られている、といっていた。ぼくは時計を見た。深夜だった。それでも、失礼と思いながら、ぼくは菜帆さんに電話した。
「どうしたの、こんな時間に? マサルくん」
「いや、ちょっと質問があります」
「なあに?」
「はじめて会ったとき、ぼくは、海の神さま・リヴァイアサンに守られてるっていってましたよね? で、質問です。空の神さまはなんていうんですか?」
「ヴェブリオさま」
「そうですか、こんな時間にすみませんでした。おやすみなさい」
海の神さまと空の神さま。ぼくたちは、きっと幸せになるだろう。お互いに、神さまに見守られているのだから。
ぼくは心に誓った。
たとえどんなことがあろうと、生きている限り、決して彼女をはなさない。
ぼくは翼さんを動物園にさそった。そうして、虎の檻の前で、
「人生100年。残りの人生、どう生きていくか、考えたんだ」
翼さんはいつものやさしい瞳でぼくを見つめていた。
「よかったら、結婚してくれませんか?」
「なんですって?」
「ぼくと、結婚してくれませんか?」
「はい」
そうしてぼくは、父と姉に翼さんを紹介した。いちおう兄貴もさそったがラッキーなことに仕事で来られなかった。場所は和食レストラン。
二人とも、さんせいしてくれた。
そうして二ヶ月後、ぼくと、翼さんと、父と、姉の、四人での生活がはじまった。
実に幸せな暮らしだった。
子どもも二人生まれた。一姫二太郎。ぼくは四十歳代の二度目の青春を謳歌した。
そうして、まるで、童話のように、いつまでも、幸せに暮らしました。
やっぱり、神さまは、耐えられない試練は与えない。箱の奥には希望が残されている。
そうだよね、お母さん。