<第2話>さっちゃん | 愚かな少年

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この物語はある一人の少年がやらかしてしまったバカ話です

 

   <第2話>さっちゃん

 

 二十五歳の夏、わたしは精神を患い、三年勤めた会社をやめ、横浜の実家に戻ることになった。

 そうしてひきこもりになった。と、いいたいところだが、ひきこもりの定義を辞書で調べてみると、

 

『自宅や自室に半年以上とじこもり家族や他人と接触しないで生活する状態』

 

 と、記されている。

 その定義によると、わたしは、ひきこもりではない。

 

 わたしには九歳年下の弟がいる。弟の名は一広と書いて「かずひろ」。父・一郎と母・広子をつないでつけられた名前。いたってシンプルだ。

 そうして私の名は幸せな子と書いて「さちこ」。きっとお決まり通り「幸せな女の子になりますように」という願いをこめられた名前なのだろう。しかし、わたしは自分の名前が幼いころから嫌いで嫌いでたまらなかった。

 その理由は、父だ。

 

 わたしの身長は178センチ、体重は54キロ。よく、よそ様から「モデルみたいなスタイルね」と、うらやましがられた。顔だって(じぶんでいうのもなんだが)美しい。かわいいではなくウツクシイ。

 その二十五年の人生で『女の子の一番大切なもの』は、十二歳のとき、実の父に奪われた。それも一度ではなく、わたしは

父の奴隷のように、求められれば応じた。何度も……。

 そのせいかどうかはわからないが、わたしはどんな男にも感じない女になってしまった。

 

 それでも、わたしの身体を求めてくる男はあとをたたず、金品を持ち寄って、わたしに言い寄ってきた。わたしは誰とでも寝た。しかし感じることは、なかった。

 

 中学・高校、と汚れるだけ汚されたわたしは、横浜の実家から可能な限り遠くに行きたくて、九州の地方都市にある国立の有名な大学を受験し、無事、合格した。

 

 しかし両親は、わたしの進学に反対した。

「国立だといっても学費など払えない」

「十八歳で一人暮らしさせる余裕はうちにはない」

 

 わたしは、

「お金なんか一円たりとも出してくれなくていいからとにかく進学させてくれ」

 といってまるで実家(父親)から逃げるようにして、生まれ育った故郷を捨て、その街に逃げた。

 

 大学に入学してからも、わたしをほしがる男はまったく減らなかった。むしろ〝増えた〟といったほうが適切だろう。

 毎日、ちがう男にだかれ、大学四年間は、「あ」っという間にすぎ、そうして卒業後は大手の出版社の企画部に採用され、そうしてようやく「わたしの」人生が始まった。

 

 社会人になってからも、男がとぎれることはなかった。彼氏いない歴ゼロ日。そんなこと、なんの自慢にもならない。

 

 二十三歳になって、わたしは、自分が男にではなく、女に性的興味がある、つまりレズビアンであることに気がついた。そうして駅付近の繁華街にもレズバーがあることを知り、そこに、頻繁に、通うようになって、わたしは性感を取り戻した。とてもうれしかった。感動さえした。

 

 はじめての〝オンナ〟は、自分がレズであることをかくすためか、それとも〝オトコ〟になりたいのかわからなかったが、髪を短くかりあげたていて、清潔そうな顔を筋骨隆々にきたえられたボディビルダーのような身体にのせた、やさしい女だった。

 

 名前は「治子」といった。

 LGBTQ+の人間にはなぜかLGBTQ+の人間と視線が合うだけでお互いのことが瞬時にわかるテレパシーのような特殊能力がある。

 わたしと治子もそうだった。

 

 出会いは、実に、運命的だった。

 仕事の帰り道、信号の色が変わるのを待っていると、一人の女の姿がわたしの目に止まった。

 信号が青に変わるころには、わたしの身体は、すでに準備万端だった。治子も同じだったと思う。

 わたしは信号の色が青になっても微動だにできず、ただ、少しずつ接近してくる女の足取りに、急激に心臓の鼓動が激しく鳴り出すのを感じていた。

 

 そうして、女はわたしの目の前まで来ると、

「あなた、そうでしょう?」

 と訊いてきた。

 わたしは、コクリ、というなずいて、そうしてそのままホテル街までタクシーで行き、まるで十歳代の高校生のように、夢中で相手を求めた。

 

 わたしは治子のことを「はるちゃん」と呼んだ。

 治子はわたしのことを「さっちゃん」と呼んだ。

 わたしは自分が「さっちゃん」と呼ばれることに生まれて初めて幸福を感じていた。同時に、初めて「幸子」という名前をつけてくれた両親に心の底から「ありがとう」とお礼を気持ちをいだいた。

 

 何度目の朝だろうか、わたしたちはどちらからともなく、一緒に暮らすことを提案した。

「家賃はわたしがかせぐわ」

 そういうと、はるちゃんは微笑んだ。

 

 二十歳代前半のわたしは、インターネットの出会い系サイトで、医者や、実家が大金持ちの医大性や、大手企業の重役に身体を売り、金をかせいだ。月二百万くらいは、楽々かせげた。その金を、大手出版社の肩書を武器に、わたしは、はるちゃんと暮らすマンションの家賃と生活費をかせぎ、男にだかれて汚れた身体をシャワーで念入りに洗って、清め、はるちゃんとの行為に酔いしれた。

 なにもかも、すべて、うまくいっていた。

 

 しかし人生は、順調なときほど危険なもの。いったいどうしてだろう、はるちゃんが一緒に暮らしていたマンションの屋上から飛びおりて、死んでしまった。

 

 自殺?

 

 信じられなかった。はるちゃんが自殺する理由なんんて、わたしには皆目見当がつかなかった。

 

 はるちゃんのお通夜とお葬式はわたし一人だけでやった。

 よく考えてみたら、わたしたちはお互いのことを何も話さなかった。

 

 わたしは裸になってシャワーのお湯を全開に流したまま、バスタブの中で手首を切った。

 だけど死ねなかった。

 

 数日後、一枚の写真が白い封筒に入れられた状態で送られてきた。そこには、わたしが金をかせぐために、若い男とホテルに入る瞬間が写されていた。

 はるちゃんは、きっと、この一瞬を、なんの偶然か、目撃し、そうしてわたしが自分をだましているのだと、勘違いして、スマートフォンで証拠の写真を撮り、遺書代わりに、写真を封筒に入れ、投函し、自殺してしまったのだろう。わたしははるちゃんのために、男に、だかれていたのに……。

 

 そうしてわたしは心のバランスを崩し、会社をやめ、横浜の実家に戻り、ひきこもりになった。

 

 そんなある日のこと、一広は、朝食の時間になっても、部屋から出てこなかった。そうして一広は、二週間学校を休んだ。

「かっちゃん、どうしたの? どこか具合でも悪いの?」

 一広は、昼と晩の食事のときと、トイレのとき以外、部屋から出てこなくなった。

 一広は眉目秀麗だったので、女の子からとても人気があり、一広を見舞いに来るクラスメイトの女の子が、何人も、毎日のように我が家を訪れた。しかし、一広は誰とも会おうとはしなかった。

 

 そんな日がどれほどたっただろう、わたしは一広の言葉に心臓をぶち抜かれた。

 

「さっちゃん、レズだよね? 誰か、女、紹介してよ。オレ、年上の不良じゃないとダメなんだよね。同じクラスの女はみんなガキに思えてその気にならねえんだ。身体も反応しねえし。代わりにさっちゃんにも若いレズの女、紹介してあげるからさあ。いいでしょう?」

 

 実の弟に、そんなことをいわれて平常心をたもてる女がいるなら見てみたい。

 わたしは、小・中と唯一の友人だった、洋子に電話をかけた。番号は、中学の卒業アルバムで調べた。

 洋子はまだ、わたしのことを友人と思ってくれているだろうか? わたしの心配は杞憂に終わった。洋子は、

「久しぶり~」

 そういって喜んでくれた。わたしもうれしかった。

「ヨーコ、仕事してんの?」

「うん」

「なに?」

「歯科衛生士」

「結婚は?」

「まだ」

「カレシとかっているの?」

「ううん」

「ならよかった。ヨーコのこと、タイプだって男がいるの」

「ホント!」

 洋子の喜びが、怖いほど、伝わってきた。

「会ってみる?」

「うん」

「じゃあ今週末の日曜の昼、三人でランチでもどう?」

「うん、大丈夫。でも、どんな人?」

「まあ、びっくりするだろうね、きっと」

 

 洋子は子どものころから、よくうちに遊びに来ていた。まさか自分を好いてくれている男が一広だとはゆめゆめ思っていないだろう」

 洋子との電話を終えると、わたしは中学の卒業アルバムを持って、一広の部屋をノックした。返事がなかったので、

「わたし」

 とドア越しに話しかけると、部屋のカギがはずされ、一広が顔を出し、

「まあ、入れよ」

 と、きっと自分以外の誰かが入ることはないと思っていたのだろう、とっちらかっら部屋に、わたしを、仕方なさそうに入れてくれた。

 

 ドアを閉め、鍵をかけると、わたしは卒業アルバムを開いた。そうして、

「この子なんだけど、どう?」

「ヨーコちゃんじゃん⁉」

「ダメ? 年上の不良だよ、バリバリの」

 そんなことはない。洋子は子どものころからシャイな女の子だった。

「オレはいいけど、さっちゃん的には平気なの?」

「うん、わたしもヨーコなら安心だし、もう日曜の昼に食事会するって約束しちゃったからさ。あんたも彼女がほしいんだったら、それなりにかっこつけなよ。特にその頭、今日中に美容院に行ってくるんだよ!」

 

 その日の午後、のばしっぱなしだった髪をカットし茶色にカラーリングした一広はすごくかっこよくなった。

 これなら洋子も喜ぶだろう。

 わたしはそう確信した。

 

 しかし日曜日、激安レストランに入ったわたしと一広はとてつもなく驚いた。

 洋子はブタのようにブクブクと太り、ブスな女になっていた。わたしたちは、彼女が洋子だとわからなかった。しかし、わたしたちに気づいた洋子は、立ち上がって手を振った。

 一広は絶望しただろう、と、思いきや、料理を食べながら話をすると、一広と洋子は、意外にも、意気投合し、一広は洋子に、

「こんなぼくでよかったら、付き合ってくれませんか?」

 と、告白した。

 洋子がことわるわけはなかった。

 

 中学時代、とっても美人だったクラスメイトが、デブでブスな女になり、子どものころから彼女を知っているわたしの弟が、そんな洋子と恋愛する。まるで少女マンガのラブストーリーみたいだ、とわたしは二人をそんな風に見ていた。

「それじゃ、わたし、先に帰るから、あとは二人で楽しんで」

「そんなあ、知らないなかじゃないんだから、いいよ、一緒にいても」

「わかってないわね、かっちゃん」

 

 わたしは一人、家に向かって歩きながら、弟の幸せを喜んだ。

 わたしのせいで、つらい思いばかりしてきた弟が、今、生まれて初めて幸せになろうとしている。姉として、こんなうれしいことはない。

 

 その夜、一広は家に帰ってこなかった。

 きっと、人生ではじめて、好きな人と一夜をすごしたのだろう。

〝感じる〟とはどういうことか知ったであろう弟。

 

「ああ、わたしもかっちゃんみたいな幸福を、もう一度、感じたい」

 

 しかし……キューッ! バンッ!

 

 わたしは交通事故にあった。

 こんすい状態のなか、わたしは、はるちゃんとだき合う夢を見ていた。

「はるちゃん、わたしのこと、好き?」

「好きよ好きよ、大好きよ! この感情を、愛、っていうんだろうね」

 

 目が覚めた時、わたしは自分が自分がどこにいるのか瞬時にさとった。

 病院。

 わたしはバイクにはねられたのだ。

 しかしその緊急事態よりも、はるちゃんとだき合う夢なんか見てしまたからだろう、わたしは性的快感を求め、自分のまたに手をのばした。

「あれ?」

 わたしの性器は冷めきったピザのようにぐちゃぐちゃするだけで、何も感じなかった。

 

 またしても、わたしは絶望した。

 血を分けた弟が、生まれて初めての幸福に酔いしれているだろう夜に、わたしは、性器の感覚を失うという絶望の淵に突き落とされた。でもわたしにはまだ希望が残っていた。一広が紹介してくれるという若い女とならば、わたしは性感を取り戻せるかもしれない。

 

 絶望しても、すぐ気持ちを切りかえる。

 

 それが、わたしの長所であり短所でもある。

 

 翌日、わたしは病院ではなく、自分のベッドの上にいた。そうして午前四時に目覚め、もう一度、性器に触れていた。しかし、もうまったく感じない。

 わたしはベッドからおり、一広の眠る部屋をノックした。

「さっちゃん?」

「起きてたんだ、ヨーコは?」

「今夜、会う約束してる」

「そう」

「どうしたの? こんな時間に」

「この前、恋人紹介してくれるっていってたでしょう?」

「ああ、八時からだから」

「なにが?」

「相手の仕事が。さっちゃん、そんなに恋人ほしいんだ?」

 わたしはすぐに返事ができなかった。でも、正直にいった。

「うん、ほしい」

「じゃあ、今日行こう。それまでもうひと眠りしな」

「わかった」

 部屋に戻り、わたしはもう一度、ベッドの上で、まぶたを閉じた。 

 

 部屋をノックする音で、目が覚めた。

「さっちゃん、一緒に朝ごはん食べよう」

「うん」

 

 わたしは、誰かと恋していないと、生きていけない。

 世間の女はちがうのだろうか。目をつむり、深呼吸をしてから、わたしは部屋を出た。するとすぐ、なんだかいい匂いがしてきた。一広が朝食のしたくをしていた。

「おはよう、かっちゃん」

「ああ」

「ママは?」

「知らない」

「知らないって?」

「さっちゃんが大学に入ってからあんまり家に帰ってこなくなったんだよね。パパも会社の若い女と浮気してるみたい。よく知らないけど」

「そう、ごめんね」

「別に。親なんかそんなもんだよ」

 

 焼きじゃけと卵焼きとみそ汁に白いごはん。

 平凡な家庭の朝食のお手本のような料理を一広は作れるようになっていた。きっと毎朝ちがうこんだてを考えていろんだろう。 

 わたしがはるちゃんと暮らしている間に、家庭内外を問わず、いろいろな悲しい現実を、一広はたった一人で耐えてきたのだ。わたしは自分の幸せばかり求め、弟のことなど、これっぽっちも考えていなかったのだ。最低の姉だ。

 

 朝食を終え、片づけをすますと、

「よし、それではいおねえさまを夢の世界へご招待しましょう!」

 といって、一広は小さく笑った。

 

 その人は、うちから徒歩五分のところにあるコンビニにいた。

 レジまで進むと、一広は、

「さっちゃん、こちら、吉岡菜々子さん。松嶋菜々子の菜々子」

「はじめまして。さっちゃん……って呼んでいい?」

 その瞬間、わたしは性器が反応するのを感じた。ビビッときた。菜々子さんも、きっと、そうだ。

「菜々子さん、いきなりなんですけど、わたしとデートしてくれませんか?」

「うん、いいわよ。食事デートする?」

「いいねえ! オレとヨーコも一緒にいい?」

 

 その週末、わたしたち四人は、中華街で、ラーメンと焼き餃子を食べ、そうして時計を確認すると、三時を少しまわったところだった。

「時間が時間だけど、オレんちで二次会ってことにしない?」

 

 わたしたちは帰りがけに菜々子さんの働くコンビニで大量の酒とつまみを買って、自宅のリビングで二次会を開いた。そうして酔いがまわりだすと、わたしは菜々子さんと、一広は洋子と、それぞれの部屋で愛しあった。

 わたしは、感じた。

 うれしかった。

 もう二度と感じることはないだろうとあきらめていたのに、その壁を越えたのだ。

 

 二年がすぎた。

 その間に洋子はダイエットに成功し、わたしほどではないけれど、ステキな女性になった。

 しかし、それが裏目に出てしまった。

 季節が真夏だったからかもしれない。

 

 その日、洋子は、肌の露出の激しい服装で、世のふけた住宅街を、ひとり、自宅へと歩いていた。そうしてある瞬間、背後から真っ黒いストールのようなものをかぶせられ、押し倒され、レイプされた。

 

 一広のスマートフォンに洋子からの着信があった。

「おー、ヨーコ」

「かっちゃん、ごめん、わたし……」

「なにが、ごめんだよ?」

 そこで通話はとぎれた。

 

 一広は、バイクに乗り、洋子を探した。

 洋子はアパートの陰で衣服をびりびりに引きちぎられ、顔を真っ赤にはらしていた。

「ヨーコ、だ、大丈夫か?」

 

 二日後、まだ十代の予備校生が警察に自首をした。模擬試験の結果が悪く、いらだち、数日前から計画を練って、犯行におよんだと、試供したらしかった。

 

 それ以来、洋子は一広に会わなくなった。

 どんなに身体を洗っても、自分につけられた汚れは、一生、清まらない。

 一広は、何度も洋子に連絡したが、通話はつながらず、メールに返信はなく、LINEは既読にならなかった。

 

 その一方で、わたしの恋は、順風満帆だった。それなのにわたしに菜々子さんを紹介してくれた一広が、絶句切望の淵に突き落とされた。わたしはなんだか、犯罪をおかしているような気持になり、そうしてやっぱり、少しずつだけど、菜々子さんとの関係もうまくいかなくなっていった。しかしわたしは、菜々子さんと別れることだけは絶対にやめようと自らの心に誓っていた。もし、わたしと菜々子さんが別れたら、一広は、自殺してしまう。そんな予感がしていた。

 

 一広の口数は日に日に少なくなっていった。食事のときも「いただきます」も「ごちそうさま」もいわなくなった。

 

 わたしは、一広を殺し、自分も死ぬことを決心した。愚かだと、わかっていても。

 

 玄関の内側で一広の帰宅を待ち伏せ、一広がドアを開けた瞬間、わたしは包丁を投げつけた。が、難なくかわされ、包丁はむなしく地面に落ち、そうして視線をわたしのほうに向けた一広は、これ以上ないほど冷静な声で、

「さっちゃん、菜々子さんと別れて、また新しい恋すちゃあいいじゃんか」

 とさとしてくれた。わたしは平常心を取り戻した。

 そうだ、たとえわたしはレズビアンであろうと、女、だ。時代遅れの古臭い価値観なんか無視して、太陽のように生きれば、それでいい。

 レズビアンなんて、みんな気づかないだけで街を一周すれば、何人ものレズビアンと出会える。

 レズにはレズ同士、シンパシーを感じるのだから。

 

 その夜、わたしは求愛のため、めいっぱいオシャレをして、繁華街でとタクシーで向かい、まるでテレビの逃走特集番組みたいに、視界に入る女という女に、目には見えないレーザー光線を向け、レズビアンかどうか、くまなく、チェックした。

 

 そうして二時間で発見した三人のレズの中から、一番ステキな〝女〟に、

「ねえ、しよう?」

 と、話しかけ、お互いを認めると、そのまま、ホテル街に向かった。

 

 その女は親切でやさしい女だったが、残念ながら、わたしは、感じなかった。

 やはり、誰でもいい、といいうわけにはいかない、のだ。愛がなければ、感じないのだ。

 

 そうして半年、わたしは自宅から出なかった。

 

 ひきこもりの定義。

 

『自宅や自室に半年以上閉じこもり家族や他人と接触しない状態』

 

 今のわたしはその定義に合致する。

 わたしはとうとう、本物のひきこもりになってしまった。

 

 そうして、また、十年という、長い年月が流れた。

 

 わたしは、一広に迷惑をかけたくなくて、アパートを借り、生きのびた。たまに、身体の相手を探しに街に出たが、わたしには、年齢的にも、もう恋愛対象としてくれるレズビアンは、まったく、いなくなっていた。そうしてわたしは、なんの希望もない毎日を、ただ、茫然自失の状態ですごした。

 

 もし、生まれかわることができるとしたら、やっぱり、レズビアンに生まれたい。男にだかれたこともたくさんあったけど、やっぱりわたしの身体と心に快感と性感を与えてくれるのは、女、だ。

 

 そうだ! 桜木町に行こう。あそこなら、感じあえる女と会えるはずだ。

 箱の奥には希望が残ってる、というじゃないか。

 

 わたしは一縷の望みを胸に桜木町に向かった。

 今度こそ、今度こそ、本当の、運命の恋人を見つけるんだ。そうして、感じれば、それでいい。

 

 人生は一度きりだ。スマートフォンのゲームのように、敗色濃厚になったら、リセットボタンを押して、最初からやり直すことなど、できない。

 わたしの人生。最低最悪の人生。

 それでも、わたしはこれからも生きていくだろう。理由も目的もなく。

 

 神さまは耐えられない試練は与えない。

 そんなのうウソだ。

 神さまは、耐えられない試練を与えて、それに苦しむ人たちを見て、イヒヒ、と笑う大悪党の親玉だ。

 

 もう、何もかもすべて、終わりにしたい。

 きっと、精神を病んでいるから、人生に希望を見いだせないのだ。

 自分で自分を愛せない。

 自分を愛せない人間は他人も愛せない。そう仏教の本に書いてあったことを、わたしははっきり覚えている。

 

 現在、日本には100万人のいひきこもりがいるらしい。100人ではなく、100万人だ。一人から一円ずつめぐんでもらえば100万円が手に入る。

 そんなことを考えているとスマートフォンが鳴った。電話というのはいつも突然なんの前触れもなくかかってくる。

 洋子からだった。

「一広が結婚した」

 と、告げると、

「そう」

 と、」切なそうな声をもらした。

 

 女は、いつだって、誰かを愛していないと生きていけない。

 死んでいるのと、生きていないことは、双子のようによく似ている。でも、まったくちがう。

 

 ああ、またいつか、誰かに愛してもらえますように。

 

 そう祈りながら、わたしは、部屋の明かりを消し、また同じように生き、同じようにあかりをけして、一人、眠るのだろう。

 かすかな希望を、この胸に。