長らく私のなかでは、幸せの構図として

 

「彼がいて、想われている私」

 

があった

 

なにの刷り込みか

 

一人(シングル)になることに

ものすごい心理的な抵抗と恐怖があった

 

(それは自分の生い立ちの過程のなかにあるってこともだいぶ自覚していて)

 

そもそも男性に関しても、ものすごく恐怖心と抵抗があって

 

「絶対に私を傷つけそうにない男性」

 

しか受け付けなかった

 

10代はモテ男みたいな人に果敢にチャレンジして

痛い目をみてもう近づくまいと心に誓った

 

20代になってからは、厳正に厳正なるスクリーニングを重ね

私が冷たくしても冷たくしても言い寄ってきた男性のみ

彼氏候補としてリストアップして、

見事請われる形で交際をスタートさせた

 

一人でこの都会の大海原に立っていられる気なんて全くしなかった

 

幸い、ものすごいエネルギーで私を請うてくれる男性に恵まれ

私の20代〜40代前半までは、自分が思う理想の形に落ち着いた

 

その間、一人になったことなんてなかったし

彼がいる間も色々な人から軽めも重めもアプローチを受けて

いい気になっていた

 

でも

 

思い描いていた

 

「結婚」

 

までは、自分の色々なブロックも関係して進まなかった

 

この度、いい大人の年になってみて、一人になってみて見えたものは色々あって

 

「本当、こんなに学びが多いなら若いうちにさっさと、うだうだしてた彼に見切りつけて、一人になればよかった、そしたら私、次の恋愛で本当に相手を大事にして、その人をしっかりとみて、幸せになってたな」

 

(真相はわかりません泣き笑い笑

 

あの当時の自分に伝えてあげたい

 

「現状に結婚に見切りつけない男は、なにかで関係性が変わらない限り、結婚しないよ」

 

当時、私は、自分以上に彼が好きすぎて

彼を自分の上に置きすぎて、離れることができなかった

 

今だったら絶対ないな

 

それも、この過酷な一人(シングル)の時期を過ごしてみたから

 

こんなに身が切られて

足元がグラグラする不安感に苛まれる時期なんて

10代の思春期位で

 

中年の危機とも重なったかもしれないけれど

私は、なんだか私のなかの真理と核心に

遅ればせながら近づいた

 

特に最愛の彼ができそうな兆候はないけれど

複数人とデートは重ねて求愛は受けている

 

そのことによって幸せというよりも、

自分の核に近づく幸せを感じることが多い日々

 

これって一人で(なかにはパートナーといながらできる人もいるとは思う)

自分と対話してみないとできなかった(私は)

ことだった気がして尊い

 

あれ?

これってよくネットニュースとかで見る

若い頃はちやほやされてぱたりと男っ気がなくなった哀れな女の末路的なやつか、

と自分につっこみが入る日も多々指差し

 

でも、一切合切、脇に置いてみて、自分の核に触れて自分を受け入れて幸せになるしか、パートナーとも幸せになれないなって、心底思うし、過去の自分のダメダメ具合も、今になるとよく見えるのでした

 

できることなら、妊娠可能時期のタイミングで、もっともっと早く

こういうことに気づいていたかったなって思い綴っています

 

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