長い間、本当に思っていることと、
実際にやっていることの間には乖離があった。
本当は競争も苦手だし、繊細だし、人のちょっとした言動で傷ついてしまう
本来そんな性格の私が、外資金融みたいな、元から自信満々、競争意識多め、
傷ついてる暇などなく、結果すべて、みたいな環境にあうはずがなかった笑
だけれども、20代、30代、ひいては10代の時から、
いい学校に行き、いい仕事をして、いい人と結婚するのが幸せみたいなことが刷り込まれていて、
自分が本当にどうしたいか、そして、そのどうしたいかの気持ちに信頼を置き、決断したのは
しているようでなかったのかもしれない。
10代の時は進学校を目指して大敗。
ならば仕事の場では頑張ろうとがむしゃらにキャリアアップに努めた20代。
もう仕事はいいか、との疲れもあり、結婚、パートナー探しに躍起になった30代。
どこもそこそこいいところまではいったけれど、
後一歩のところで崩れるっていうのが私のパターンだったし、
心の奥底ではどんなにいい感じでも、いつも黒い不安が渦巻いていた。
顔良し、家柄よし、背高い、学歴職歴もよしの年下の彼に振られてから約3年。
色々崩壊したと思い、今までの前提ががらがら足元から崩れたのだけれど
そこから自分と向き合い続けた2年半ほどで、
私ははじめて自分とつながる、って感覚だったり、
自分のなかの安心や、自分を信頼していいのだ、という感覚を体感した。
この自分であったのならば、彼とは崩れていなかっただろうな、という感覚すらある。
そして、最近知り合う男性達は同じ密度で人生を生きてきているような
無理なく同じテンションでやりあえる人が多い。
費やした時間もお金も膨大なのだけれど、
人生が後残り半分ほどあるのだとすると、
このままの自分で生きていくのは素晴らしいことだなと思える。
なんだかんだ、色々あった人生の前半、その経験をできたことにすら感謝を覚える。
例え、悲しい結末だった恋愛だとしても、人生の一時期に人と濃密に関わるのって
やはり恋愛でこその醍醐味だし、自分のむきだしのエゴやシャドウ的な影の部分もはじめて知ったりする。
なので、人生なにごとも案外悪くない、っていうのが今の心境で、
なんだか自分ありがとう、という気持ちになるのだ。
漠然とした未来への不安がないわけでもないのだけれど、
昔のように、誰かに救済してもらわないといられない自分だったり、
誰かに承認受けていないといられない自分ではなくなった。
多分、タイミングがくればすべてが動くから大丈夫、
と心底、自分が自分に優しく声をかけてあげられるのだ。
ジャッジしまくり、否定的だった私が自分にこんなに優しくなる日がくるだなんて。
20代、30代の時の自分が今の私を見たら憐れむかもしれない。
あーあーいい感じだったのに、色々しくじったね、と。
昔自分が設定していた、いい大学、いい仕事、いい結婚をして
すべてを手にしているような女性を見ると、どこかでチクっと
心にささる時もある。
でもその揺れもあっというまに、さざ波のようにおさまり
今日も今までも私でありがとう、って平和の気持ちに収まるすべを手にいれた気がする。
そんな感じを、また綴ってみたいと思います![]()
