今日は、長女のグリーフのお話です。


数日前の夜、いつものように

長女と次男が寝るので、

一緒に布団に入っていました。


しばらくすると、長女のすすり泣く声が。

こんな風に、長女は時々長男を思い出して

涙を流すことがあります。

「◯◯がいい。」「◯◯に会いたい。」

と言いながら、泣いていました。


こんな長女の姿をみると、いつも

私は胸が締めつけられる思いがします。

この願いを親として

叶えてあげることはできないからです。


できうる限りの子どもの願いを

叶えてやりたい。親として、

ごく自然の気持ちだと思います。


しかし、

どれだけ願っても

どれだけ頑張っても、この願いだけは

叶えてあげることができません。


そして、兄が突然いなくなり、

もう永遠に会うことができないという

なんとも過酷な人生を、

こんな小さな年齢の子どもたちが

歩むことになってしまった原因を

作ったのは私自身なのです。


長女がこんな風に泣くたびに、

私は長女の願いを叶えてあげられない

とてつもない無力感と、

自分への罪の意識を再認識させられます。





長女はまだ保育園に通う年齢であり、

大人と同じように、死を認識できる

年齢ではありません。

長女と関わる中で、

長男はお空にいったということ、

そしてもう戻ってくることはなく、

会うこともできない

ということは、認識しているように

感じます。


直後の頃から、こんな長女に

どのように接すればいいのか、

自問自答してきました。


いまだにはっきりした答えは出ません。

長女のグリーフと

私のグリーフは違います。

でも。

同じ、大切な家族を失ったということは

共通しています。

その苦しみはお互い知っています。


同じように、

「◯◯に会いたいね。寂しいね。」

と共感し、そして、

「目には見えないけど、

 見てくれてるよ。いてくれてるよ。」

と伝え、長女のことを抱きしめ、

一緒に涙を流しました。


親として、

同じ苦しみを共有する者どうし、

私は長女にとって、

安心して涙を流したり、自分の思いを

話したり吐き出したりできる。

そんな存在であり続けたいと、

そう強く感じました。





そして、これは直後の頃から

思っていることですが、

子どものグリーフケアについて、

私自身の学びを深め、

長女や次男の成長とともに

二人が抱えるグリーフと向き合い、

ともに歩んでいけたらと思っています。


長女は涙を流してからしばらくして、

そのまま眠りにつきました。


会いたがってるよ、会いに来てあげてね。

長男と長女が夢で会えているといいな。