郷ひろみシングルに見る【筒美京平の革新性】 | Noda Rhythm(野田リズム)盤店 "ハイクポップ(High Quality Pops)" 専門店

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当時の最新洋楽の要素を歌謡曲にいち早く取り込んでいた

という論点でよく語られる筒美京平先生の革新性。

 

それ以外にも楽曲制作の技術的な面についても、

尾崎紀世彦「また逢う日まで」に見られる≪曲中のメロディーを使わず、インパクトの大きいイントロをつける≫、

同じく「また逢う日まで」において ≪”サビ” の概念を発明(所説ありますが)≫など、

常にアイデアを生み出し、実験を繰り返し、

現在のJ-POPシーンにも脈々と受け継がれている ”礎” を築き上げてこられました。

 

その足跡の一部が、

郷ひろみのデビューからの一連のシングル群にも垣間見られ

ここに綴っておこうと思いました。(私個人の備忘録としても)

 

 

 

そもそも筒美先生のジャニーズ仕事は古くはフォーリーブスの時代にはじまり(1971年「約束」)、

ほぼ時を同じくして郷ひろみのデビューシングル「男の子女の子」(1972年)を手掛けているので、

ジャニーズの歴史においてもかなり最初期からの付き合いがあったみたいです。

 

郷ひろみといえば、

中性的ルックスと独特な歌声を併せ持ち、令和の時代にまで有名であり続ける”スター性”をもった逸材。

筒美先生自身、好きな声であったみたいなので、

彼に対して生まれ出るアイデアはそうとうに潤沢であったのだろうと想像されます。

 

 

・「男の子女の子」

そんな郷ひろみのデビューを請け負った「男の子女の子」。

この曲では、

「君たち女の子~♪」と「僕たち男の子~♪」のメロディーの間に、

重要な”スペース”が用意されていました。

 

  「君たち女の子~」「ゴーゴー」

  「僕たち男の子~」「ゴーゴー」

 

とコール&レスポンスを可能にするスペース。

レコードデビュー前からファンが多かった郷ひろみは「レッツゴーひろみ!」という声援を贈られていたとのことで、

ステージでもそのファンとのコミュニケーションを可能にしようとしてのアイデアだったものと思われます。

現在のアイドル文化にも大きく残る風習を、生み出されていらっしゃったんですね。

※これが発祥か否か、所説あります。

 

・「小さな体験」

「男の子女の子」から続く二枚目のシングル「小さな体験」。

 

この当時の歌謡曲のメロディーの展開の仕方は

サビの概念があまりなく、A→B→A、または A→B→やや展開して→A という構成がメインでした。

「男の子女の子」は上記に沿う作りになってましたが、

「小さな体験」に関してはよく聴いてみると、、、、、

 

  ”A” →今でいうサビくらいキャッチのある”B”(以下”B”)→ ”A”→”B”→新しい展開→ ”A”→”B”

 

以上で1番が成り立っているという、複雑極まりない構成。

その後も、”A”、”B”、”新しい展開”をパズルを組み合わせるように巧妙に構成されています。

こういった≪メロディー展開を複雑にする手法≫は、その後も岩崎宏美「ロマンス」や

近藤真彦「スニーカーぶる~す」などで折に触れて登場しています。

とにかく聴者を飽きさせないというスタンスが現れまくった一曲となっています。

 

 

 

・「裸のビーナス」

レコードデビューから順調にヒットを飛ばし続けていた郷ひろみの5作目シングル「裸のビーナス」。

ここでは、上記で言うところのA→B→Aという構成はスタンダードでありつつも注目すべきは

「青い海 波間には~♪」から始まるBメロらしきパート。

A→Bまでは同じアップテンポで展開してきていましたが、Bメロの最後部「可憐な~裸の~ビーナス~」の部分、

なんと突如として曲調がバラードに変化。

そして徐々にテンポもダウンしていき、世界観がガラッと変化したあとに再びAメロに戻るという構成。

 

これこそは、

90年代~2000年代においても、つんく氏のモー娘。仕事でもよく見られた構成に近しいのでは。

(つんく氏の場合はコードすら変えてしまって、まったく別の曲になってますが)

 

 

 

・「君は特別」「恋の弱味」「20才の微熱」

常に最新の洋楽を参考にしていた筒美先生ですが、

モータウンに代表される”Soul Music”のリズムやサウンドは実は歌謡曲にマッチしやすいのではという推論を立てられていました。

欧陽菲菲「恋の追跡(1972年)」あたりからその推論の実証実験が始まっていくのですが、

それをようやく”郷ひろみ”というトップアイドルを介して実験を始められました。

 

「男の子女の子」から既にリズム的な要素など一部で展開してきていましたが、

遂に「君は特別」においてズバリ”Soul歌謡”と呼ぶに値するほど、Soulフレイバーを随所に塗したアレンジに着手。

その完璧さ、カッコよさ故、後世の音楽ファンからも名曲として絶賛されるほどのパワーを獲得しています。

 

そしてその流れから

「恋の弱味」「20才の微熱」の二曲の名作 も誕生しました。

 

その二曲をリリースした1976年と同じ年、

筒美先生自身が≪Soul歌謡ではなく、本物の洋楽Soulを作る≫というコンセプトの元、

Dr.ドラゴン&オリエンタル・エクスプレス というSoulインスト・バンドを画策。

自ら ”Dr.ドラゴン” と名乗り、

当時気鋭の若手ミュージシャンを従えて本場Soulに引けをとらないSoul Musicを生み出します。

 

その流れと前後して制作された「恋の弱味」「20才の微熱」。

あくまで歌謡軸だった「君は特別」に比べ、明らかにSoul軸に移行しているアレンジ。

「恋の弱味」のイントロの無骨なギターリフなんて、

当時の他の歌謡曲から聴かれる響きとは遠く離れていたんじゃないかと妄想します。

 

こちらも同様に、後世の音楽ファンからも熱い支持を獲得していくのでした。

 

 

 

 

以上1972~1976年の変遷を辿ってみましたが、

筒美先生の作曲家歴からしても最初期にあたる時期でもあります。

アイデアが溢れ出てしょうがない時期だったんじゃないかと想像するのですが、

そんな時期に巡り合った”郷ひろみ”という最高の媒体。

 

郷ひろみ楽曲群が、

それ以降も活かされるアイデアの源泉になっているのではないかと推測しています。

本稿以外のものに関しては各自探していただくほうが有意義な時間を過ごせるかと思いますので

一旦終了です。