Noda Rhythm(野田リズム)盤店 "ハイクポップ(High Quality Pops)" 専門店

Noda Rhythm(野田リズム)盤店 "ハイクポップ(High Quality Pops)" 専門店

旧tokuGawa盤店
素晴らしき "ハイクポップ(High Quality Pops)" の世界。

ハイクポップの数々をご紹介する ≪ 架空 ≫ のCD・レコードショップ。
ハイクポップとは?? の詳細はプロフィールにて ⇒

 

 

 

カラオケによく行く人たちにはお馴染みの、DAMチャンネルをはじめとした各社カラオケのチャンネル。

カラオケの曲が入れられていない時にその間を埋めるために流される映像であるが、若手アーティスト達のMVが流れてたり、若手アーティストを招いてチャンネルMCとトークしてたり、その様相は、深夜にやってるような音楽番組を完全に模している。

 

 

 

主に歌謡曲や、90年代~2010年代あたりの楽曲を好み、歌いに行く私にとってはそのチャンネルに登場するアーティスト達を、ひとっつも知らない。
なんなら今、正に売り出されようとしているのだから、知らん過ぎる。

 

 

 

MC「今回来てくれたのは、今月に新曲『ジェットストリーム・エクストリーム』をリリースしたばかりのバンド “アテンションプリーズ” の皆さんです!」
アテンションプリーズ(※以下AP)「こんばんはー、アテンションプリーズでーす」

 

知らん。

 

 


MC「昨年、ドラムのゴン太君が脱退して、先輩バンド “ハイスモーカー”のドラム、ジュンジュン君が電撃加入したんだよね?」

 

知らんバンドから知らんメンバーが抜けて、別の知らんバンドから知らんメンバーが加入した。
知らん過ぎて全く電撃は走らない。

 

 


AP「はい、そこからまた新しいアルバムを作りまして、来月には完成予定です。今はもう前を向いて走ってる状態です!」

 

知らんドラムが抜けたの昨年ってさっき言ってたけど、そんなに期間空けずにアルバムが完成間近で、もう前向いてる。
凄く薄そうな関係性

 

 


AP「前作のアルバムまでは自分たちでプロデュースしてたんですけど、今回のアルバムではプロデューサーを招きまして、それが、あの、」

 

お、わざわざお願いするくらいのプロデューサーなら、私でも知ってるような名の知れた人かもしれない。
やっと知ってる名前が出てくるのか

 

 


AP「ポーツマスたけしさんです」

 

誰やねん

 

 


AP「僕たち、ピンクマッコリーズが大好きで、そのバンドのブレインでもあるポーツマスさんと、いつかコラボレーションしたいなと思ってまして、今回プロデュースをお願いしました。」

 

結局また知らんバンド出てきた。
知らんバンドの知らんブレイン。

 

 

 

MC「それではここで、アテンションプリーズの代表曲『雲で泳いで』の歌詞穴埋めクイズ!!」

 

代表してる曲知らん
で、知らん曲で穴埋めクイズすな

 

 

 

クイズ【僕らは~♪ 今年の夏も~♪ 〇〇〇に乗って君に会いに来た~♪】
MC「さあ、〇〇〇は何?」

 

知るか!!

 

 

 

MC「では答えは??」
答え【僕らは~♪ 今年の夏も~♪ 流れ星に乗って君に会いに来た~♪】

 

わかるか!!
答えダサぁー!

 

 

 

MC「今日は来てくれてありがとう!アテンションプリーズでした!
 次回は “ハイスペックボーイズ” の皆さんが来てくれます!お楽しみに」

 

知らん知らん知らん知らん知らん

 

全部知らんかった

 

 

※以上の登場人物や名称は全て架空のものです



ある夜、トイレで用を足していたわたし。
そこへふとある天啓が突然やってきて、新たな気付きを与えてくれたのです、
『あれ?ことわざって、ひょっとして昔で言う例えツッコミじゃね??』


例えば【猫に小判】は、

たとえ高価なものであっても人によっては無用の長物であることを≪猫に小判を与える≫ことに例えています。
(そもそも「無用の長物」自体がことわざであることはおいといて。)

例えば【石橋を叩いて渡る】も、

用心の上にさらに用心することを≪石橋を叩きながら渡る≫ことに例えています。



では想像してみましょう、その昔【猫に小判】という言葉を最初に言い出した人のことを、、、、、、


むかしむかし、とある土地を統べる、とある城主がいたそうな。
その城主はたいそうアートが好きで、当時新進気鋭だった作家の作品を数多く集めていたそうな。

そしてその趣味が高じて、自らも作品を作ってみたいと考えた城主。
まず、半紙と墨と筆を用意して、おもむろに、とても美しくキレイな円を一つササッと描いた。
それはそれは、一つの歪みもない、きれいな真円だったという。

城主的には、多分、
これは宇宙を表わしている、とか、この世でもっとも美しいものの象徴である、みたいな感じで言ってほしかったのであろう。


早速、いつも右腕として従えている側近を呼んだ。
その側近は果たしてこの“円”を見てなんと感想を言うのか、たいそう楽しみにした。


“円”を見た側近はこう言った
「ん?何ですか?この円は。あ、なるほど!ちょうど殿の好物の饅頭と同じくらいの大きさの円ですね!

 いや、饅頭の方がだいぶ大きいか。
 ああ!!いつも殿が使われてる湯飲みと大体同じ直径ですね!

 なるほど、これは“湯飲み置き”の設計図ですね!

 え、わたしが“湯飲み置き”作れってことです?」



城主は速攻でツッコんだ
「いや、猫に小判をやっとんかワシは!!思ってたんと違うわぁ~~、嫌い!もう、おまえきらい!」



この様子を一部始終見ていた城主の左腕の方だった側近は、笑いをこらえるのが必至だった。
すぐさま下の者たちにこの出来事を言いまくり、たちまち【猫に小判】という例えツッコミが広まったそうな、めでたしめでたし。




この様に、キャッチーに仕上がったパワーワードって、みんな使いたくなるしすぐ広まるし、やっていることは昔も今も変わらないですね。



現代でいうと、フットボールアワーの後藤さんの代表作≪高低差ありすぎて耳キーンなるわ!≫なんてありますが、この例えツッコミも100年後には【高低差で耳キーン】としてことわざ辞典に掲載されているのではないでしょうか。

 

Mi-Ke(みけ)『想い出のG.S.九十九里浜』

 

 

 

最近ひょんなきっかけがありまして、初めてMi-Keを手にしてみる機会に恵まれました。

 

シングル「想い出の九十九里浜」がヒットしていた当時は、TVで大量に流れているのを耳にするも、特に音源を買うことはしておりませんでしたし、その後も1,2曲くらい、同じくTVで観てるだけでも耳残りのあるシングルがあった記憶ですが、そのくらいの認識で自分の中では終わっていたのでした。

がしかし、実際CDを買う、買わないにしても、日本国民には大きな記憶としては残っていたと思います。

 

 

そして今回初めて前のめりで掘ってみたところ、とんでもなく面白いグループ、いや、プロジェクトだったことを知るに至ったわけです。

 

まず、単なるボーカル・グループではなく、“プロジェクト”という大きな枠組みを前提として活動してたんだと知って驚き。

(実際に「我々はプロジェクトです」と言いながら活動をしていたわけではなかったですが)

もちろん、当時からちゃんと追っていた方々には既知も既知な話しではあるのですが、当時子供だった自分にはそんなメタ視点は当然なく、大人になった今だからこそ一番興味をそそられた点がそこなのです。

 

 

《ディスカバー60’s》がこのグループ、いやプロジェクトのコンセプト。

まずデビュー曲「想い出の九十九里浜」にて ”ディスカバーGS” を遂行。

リリースの91年当時に現在と同じく”レトロブーム”があったかどうか覚えておりませんが、当時としても明らかに古めかしいメロディーにとても新鮮味を感じた記憶があります。

 

ワイルドワンズ「想い出の渚」のタイトルをもじり、歌詞の中にも様々なGSの楽曲タイトルを織り込み、GSパロディ感を演出。

が、メロディー展開やコード進行をよくよく聴いてみると、ザ・ピーナッツにおける ”宮川泰ワークス” 感が相当強い。

   私「いやGSちゃうんかい」

 

ちなみに、この曲が出た翌年に流行ったセーラームーン主題歌「ムーンライト伝説」も全く同じコード進行とメロディ展開をしており、「想い出の九十九里浜」と参照元が同じなのか、「想い出の九十九里浜」自体を参照したのか、検証したいところです。

(と思ったらすでにネット上でそうとう擦られてる話題なの草)

 

 

 

そしてシングル「想い出の九十九里浜」の後にリリースされたのが、アルバム『想い出のG.S.九十九里浜』。

「想い出の九十九里浜」を1曲目に置き、その他はGSを代表する楽曲のカバーを収録したアルバムです。

なんとこのカバー曲がとても秀逸で、各曲のアレンジに当時の ”ビーイング王道J-POPロック” が施されており、新鮮味と哀愁味と安定感が付加されてて、非常に相性が素晴らしい出色の出来。めちゃくちゃグッときました。

原曲のイメージを崩さない系のカバーではなく、今風にアレンジする系のカバー。

 

なによりMi-Keのコーラスワークが素晴らしく、さらにもう一段階グッときました。

そもそも歌唱力が高い方たちなんですね、ということもここで初めて知るわけです。

 

全体を通して「想い出の九十九里浜」から違和感なく全部聴けてしまうのも推しポイント。

 

 

 

その後も全く同じ要領で

《ディスカバー歌謡曲》のシングル「ブルーライト ヨコスカ」と、いしだあゆみ、黛ジュンなどの歌謡曲カバーを収録したアルバム『懐かしのブルーライトヨコハマ ヨコスカ』のリリース。

 

《ディスカバー サーフィン・ミュージック》のシングル「サーフィン・JAPAN」と、ビーチボーイズ、ベンチャーズのカバーを収録したアルバム『太陽の下のサーフィン・JAPAN』のリリース。

 

などなど、洋邦交えた《ディスカバー60's》プロジェクトが続いていくのでした。

個人的にはその『太陽の下のサーフィン・JAPAN』が激推し。

 

 

 

ここでふと思ったのが「クリエーターが凄くラクしてる!!」です。

アルバム10曲くらいの中でオリジナル曲が1曲だけ、しかも、その曲もほぼほぼコード進行は当時の曲の王道的なコード進行を拝借しているので、大分ラクに作られている印象。

そのためMi-Keの活動期間約3年の間に7枚ものアルバムが制作されているという、爆笑に値する量産。

 

ビーイングがよく揶揄されていた〈質より量〉の企業体制が正に露わになったプロジェクトなのでした。