ありきたりな感動という捨て台詞:じょしらく | キックあにめ

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あにめの感想とかを言います

こんばんは。何かいちんち寝てたぜ。

■安易な感動にご用心
もういつだったかも忘れた、確かイラク戦争くらいの時期に朝日新聞の天声人語で「人が死んで涙を誘うような構成は関心しないぜ」的な記事が載ったのを皆さん覚えておいででしょうか。私の記憶違いで誤解を招く表現になってたらご容赦こうむる。その前に捏造記事を載せると言われてるおたくの新聞構成をどうにかしたら?って話なんですけどね。
Anyway,感動が安易に扱われているアニメ・漫画業界の所謂「お涙頂戴劇」に関しては、前にも言ったかもしれないけどホント興ざめしてしまいますよね。中でも最たるものはキャラクターへの感情移入に任せてキャラ泣かせとけばOK作戦。これが強力無比なんですよ。からくりサーカスというやたら長い漫画も後半は世界が登場人物の涙で海が出来るレベルでしたね。好きだったけど。
感動を誘う手段としては、スポーツものに見られる「もうそれ以上頑張らなくていいのよっ(泣」でも頑張っちゃう系や、ちょっと前に流行ったノスタルジアに浸る系、お前は悪くないのに…などのカタルシス系、そして死んじゃう系などがあげられます。その手練手管は完全に確立されており、理論にのっとれば容易に感動をゲットできる世の中。それを助長させているのはまぎれも無く「お涙頂戴理論」自体を感動のシンボルとして捕らえて条件反射的に敷かれた感動路線に乗っかっちゃう我々に他ならない。本来「感動」は自身の経験に基づく「共感」から来るところが大きいと思われますが、我々が「お涙頂戴理論」に共感するいわれは全くないと思うのですよ。「3丁目の夕日」にノスタルジアを感じる年代じゃないだろおめーら!って話なんです。甲子園で敗退していく高校球児見て感動するのも、実際彼らの気持ちなんてほとんどわかってないけど泣くもんね俺。
まぁ、「お涙頂戴理論」を駆使してるからって批判するのもどうかと思うし、偏屈的な見方して感動できないほうが損かも。結果的に感動できて満足できれば良しとすればいい。でも、そういうもんだとわかっていれば周りが皆泣いてるからって自分の感性がおかしいと疑わなくてもいいんじゃないかな(グラン・トリノを見た俺『は?なんだこの駄作…。ていうかイーストウッドの大根っぷり…。』。あとワンピース)。


■じょしらく
○がんちゃんにテコ入れが入ったと見ていいのか11話あらすじ
「テコ入れが入る」って2回”入って”るけど日本語として正しいのかは置いておいて、今週も水着着たり、武蔵境行ったり、アマゾン利用したり大忙し。
一方、今週のがんちゃんといえば…ダルダルの水着着たり、あまりの詳しさから武蔵境が現住所と身元割れたり、果てはクイーンズブレイドも真っ青の手際のよさで全裸になったり…がんちゃんに一体何が?!

2chのどっかの人気投票で圧倒的5位に入ったらしいがんちゃんの人気を再建すべく、無駄な露出を敢行しておっぱいの大きさを必死にアピール。何その落ち目のアイドルみたいな感じ、逆効果だから。そして今週は百合週間だったんだろうかと勘ぐりたくなるがんちゃん×キグ。そこまでしてがんちゃんを貶めたいのか(泣!
実はこうした製作者側のいじめに健気に答えるがんちゃんのいじらしさに感動する新手の感動路線?!ない。