うちには、天使がいます。182.さよならを伝えに | うちには、天使がいます。

うちには、天使がいます。

ピアノ弾き語り落ちこぼれシンガー・うたうやまねこと、そのパートナーゆかさん、そして寄り目のみけねこメイさんの、命の記録です。




・登場人物
<ゆかさん>
やまねこの奥さん。2020年9月、卵巣がんにより永眠。
2018年4月初めに腫瘍が見つかり、月末にはトルソー症候群による脳梗塞を発症。
手足や会話に障害が出ながら、摘出手術を経て、
2018年9月には全6回の抗がん剤治療も完遂。
諸事情により、ふだんは実家で母と暮らしながら、歩行のリハビリを中心に、
手足のしびれや難聴、高次脳機能障害など、脳梗塞の後遺症や抗がん剤の副作用と闘いつつ、
週末はやまねことうちで過ごす、という生活をしていましたが、
2019年11月12日、ついに新居でやまねことの生活がスタートしたのもつかの間、
12月11日にはがんの再発を宣告されてしまいます。
<やまねこ>
ゆかさんの夫。
落ち着きがなく要領が悪く、おまけにコミュ障。
いまいち頼りないだんなさまですが、
たまにライブハウスでピアノを弾いて歌をうたっていたりします。
<メイさん>
17年前にへその緒つきで捨てられていたところをやまねこと出会い、
それからずっといっしょに暮していた、寄り目のみけねこ。
2018年12月29日、突然猫てんかんの発作を起こし
翌2019年1月9日早朝、病との闘いの末、永眠。


(なお、病院関係者のかたがたほかの名前は、すべて仮名です)


2020年7月6日、
八神さんが亡くなった翌日、
ゆかさんは8時前に目を覚ましました。
「もう少し休む?」と訊くと「起きる」と言い、
「朝ごはんも食べるよ」と言うので、パンとヨーグルトを準備すると、
しっかり食べてくれました。
あとで「がんばって食べた」と言っていましたが、
そのときは、少し落ち着いてくれたかな、とほっとしたものです。
ただ、きのうと同様余計なことを言ってゆかさんを苛立たせないように、
やまねこのほうからはあまりしゃべらないようにしていました。

この日は、午後に訪問看護師の榊さんが来る日にあたっていました。
榊さんはゆかさんの体の様子を見たあと、やまねこの部屋をノックしました。
「はい」
「ゆかさんからお友だちが亡くなったお話聞きました。
弟さんの連絡先を知っているというので、代わりに電話してみたんです。
弟さんは『明日の13時に荼毘に付します。お別れの会はあらためて行いますが、
それまで部屋は誰でも入れるようにしておきますので、
ぜひ最後のあいさつに来てください』とのことでした。
なので今日の夜でも明日の午前中でも、連れていってあげてください」

そうか。
本来じぶんがしなければいけなかったことを榊さんがしてくれたのだ。
いつもながら気の回らない自分がいやになりました。
いつだって遠慮しているだけで、なんの役にも立っていない。

「ありがとうございました」
とりあえず自分にできることは、運転することだ。
ゆかさんを連れて行って、最後の挨拶をしてもらうことだ。

榊さんが帰ったあと、ゆかさんのところへ行き、
「今日、仕事が終わったら八神さんのところへ行きましょう。
17:30までに準備しておいてもらっていい?」と言いました。
「ごめんね。本当ならやまねこが連絡するべきだったのだろうけど、
どうしても遠慮が先に立ってしまって」

仕事が終わり、車を回してくると、この日も雨が降りだしましたが、
八神さんのアパートに着くころには止んでいました。
階段を上り、いちおうインタホンを押してみましたが、返事はありませんでした。
「誰も来ていないのかな」
ナンバーロックを開けて中に入ると、電気も消えていました。
明かりをつけて部屋に入ると、
八神さんは顔に布をかけられて、介護用ベッドの上に安置されていました。
体に上には、いくつかドライアイスが載せてありました。

ふたりで手を合わせ、ゆかさんは置いてあったノートを読み、
置いてあったお線香に火をつけて供え、鐘を鳴らしました。

ゆかさんは、
「八神さん、もう痛くないね、歩けるね。
わたしたぶんほかの人たちより早くそばに行くから、
そしたらたくさんいっしょに歩こうね」と話しかけました。
少し布をめくると、八神さんは先週と変わらぬ顔で、
少し口をあけて、目を閉じて寝ていました。

やまねこもノートに目を落としました。
先週までさかのぼると、水曜日には八神さんが(内容はわからないけれど)たくさんしゃべり、
かすかに梶谷さんを呼んだのが聞き取れた、と書いてありました。
動けなくても、最後まで聞こえてはいたのかもしれない。

ゆかさんはとつぜんやまねこに「八神さんポール・マッカートニーも好きだったの。
ねこさんなにか歌って」と無茶ぶりしました。
「え?あんまり歌えるのないよ(「死ぬのは奴らだ」なら歌えるけど今歌うわけにいかないし)
歌詞さえあれば…『My Love』とか見つかるかな」と携帯で検索しているうち、
インタホンがなり、女性がふたり入ってきました。
軽く挨拶し、やまねこは歌わずに済んで少しほっとしました。
ふたりは高校の同級生だと言い、ゆかさんは「病院でいっしょでした」と自己紹介しました。
「リハビリでいっしょだった人ですか?」と訊かれましたが、
がんでいっしょだったとは言いたくないようで、
「わたし脳やられたのに、こんなわたしにすごくやさしくしてくれたです」と言いました。
ベッドの脇をふたりに譲り、廊下に出て、
ふたりは八神さんの遺体に話しかけたり、涙したり、
取り込んだかんじになったので、しばらくしてゆかさんもふんぎりがついたらしく、
「帰ろうか」と言いました。
あとに残るふたりにおいとまを言い、鍵のことなど伝えて外に出ました。

また雨が降りだしていました。
まっすぐうちに帰る道々、
「晩ごはんは食べられそう?」と訊くと、
「食べないと。八神さんもたぶんそう望んでるから」
ゆかさんはそう言ってくれました。





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昨日6.22白楽NapでのLIVEも無事終わり、
来週は次のLIVE。今度は企画ものです。

024.6.29(Sat.)at 祖師ヶ谷大蔵IKEDA
「昭和歌謡ライブ」
OPEN14:30/START15:00/CHARGE\2,500+1D
☆一緒に歌っていただける昭和歌謡限定LIVE。
 配信視聴はこちらから→
 https://www.facebook.com/bar.ikeda/?locale=ja_JP

よかったら、いっしょに歌いに来てくださいね。