うちには、天使がいます。181.友、逝く | うちには、天使がいます。

うちには、天使がいます。

ピアノ弾き語り落ちこぼれシンガー・うたうやまねこと、そのパートナーゆかさん、そして寄り目のみけねこメイさんの、命の記録です。




・登場人物
<ゆかさん>
やまねこの奥さん。2020年9月、卵巣がんにより永眠。
2018年4月初めに腫瘍が見つかり、月末にはトルソー症候群による脳梗塞を発症。
手足や会話に障害が出ながら、摘出手術を経て、
2018年9月には全6回の抗がん剤治療も完遂。
諸事情により、ふだんは実家で母と暮らしながら、歩行のリハビリを中心に、
手足のしびれや難聴、高次脳機能障害など、脳梗塞の後遺症や抗がん剤の副作用と闘いつつ、
週末はやまねことうちで過ごす、という生活をしていましたが、
2019年11月12日、ついに新居でやまねことの生活がスタートしたのもつかの間、
12月11日にはがんの再発を宣告されてしまいます。
<やまねこ>
ゆかさんの夫。
落ち着きがなく要領が悪く、おまけにコミュ障。
いまいち頼りないだんなさまですが、
たまにライブハウスでピアノを弾いて歌をうたっていたりします。
<メイさん>
17年前にへその緒つきで捨てられていたところをやまねこと出会い、
それからずっといっしょに暮していた、寄り目のみけねこ。
2018年12月29日、突然猫てんかんの発作を起こし
翌2019年1月9日早朝、病との闘いの末、永眠。


(なお、病院関係者のかたがたほかの名前は、すべて仮名です)


2020年6月27日、病院での友人、八神さんの危篤を知らされ、
翌28日の日曜日に会いに行くことができたゆかさんでしたが、
その後一週間、自身の通院ややまねこの出社等もあってお見舞いに行けず、
7月5日、また日曜日に行こう、と話がまとまっていました。

当日朝早くのことでした。
やまねこはなにか物音で目が覚めて、
ゆかさんが泣き声を立てているのがわかりました。
その瞬間、何が起こったのか察知しましたが、
声をかけたものかどうか迷いました。
かけるとして、どんなことをどんなふうに?
こういうとき、やまねこはぱっと適切なことがなかなか思い浮かびません。
とにかく、来る時が来てしまったのです。
目が覚めなかったふりでやりすごすことも考えましたが、少し考えてから起きだしました。

ゆかさんはベッドに腰かけていたので、隣に座り、
「どうしたの?」と訊くと、ゆかさんは何も言わずに携帯の画面を見せてきました。
八神さんの友人の梶谷さんからで、

「八神さん、今息引き取りました。
頑張りました、
ありがとうございました。」

シンプルにそう書いてありました。

やはり。

少し無理してでも、きのう行くべきだったか、と思いましたが、
口に出すのはやめました。
ゆかさんに余計な後悔をさせてしまうと思ったからです。
それにたとえきのう会えていたとしても、今のつらさは変わるところではなかったでしょう。

やまねこはなにも言わず、ゆかさんもなにも言わず、
30分くらいでしょうか。ベッドに腰かけていました。
ふと思いついて、「洗濯する?」と訊くと、
ゆかさんは「今そんなこと…」とキれそうになりました。
「ごめん。今言うことじゃなかったね」ものすごく気分を害した様子でした。
たぶんやまねこが何を言っても、ゆかさんにとっては気に障ったでしょう。

しばらくして、ゆかさんは手足をばたばたさせながらひっくりかえりました。
やまねこは覆いかぶさるように顔を近づけて「大丈夫?」と訊くと、
初めてゆかさんはやまねこの手に触れました。
またしばらくそのまま、なすがままに任せました。

やがてゆかさんは起き上がりましたが、
断続的に感情の波が来るようで、何度も泣きだしました。
やまねこはもう何も言わず―余計なことは言わないように―隣にいました。

9時近くまでそうしていました。
ゆかさんのほうから「お洗濯してきていいよ」と言ったので、
(洗濯にこだわっていたわけではないのですが)
やまねこは洗濯機を回しに行きました。

戻ってきて、「朝ごはん食べる?」と訊いても「いい」と言います
「それじゃなにか、豆乳だけでも飲んで」と言うと「うん」と言ってくれたので、
冷蔵庫から豆乳を出してベッドまで持っていきました。

ゆかさんは梶谷さんにメールの返信を打っていて、
「八神さんのお部屋行きたいて言ってみる」と言いました。
「うん、でもむこうも忙しいと思うから、すぐには連絡来ないかも―
こんなときに無理しなくていいけど、投票行く?」
気がつくと雨が降りだしていました。
外に干したばかりの洗濯物を取り込んで、
「いずれにしても雨が止んでからかな」と、自分の部屋に戻って洗濯物を部屋干しし、
リビングに戻ると、ゆかさんは、
「やっぱり八神さんのアパートの前まででも行きたい。通るだけでもいい」と言いました。
「もちろんいいよ」と答え、
思い切って「きのう行けばよかったね、ごめんね」と謝りました。
ゆかさんはなにも言いませんでした。

ゆかさんは出かける準備をし、
雨が止むのを待って、14時前に出発しました。
近くの小学校で投票を済ませ、
母を迎えに行き、母の投票所でまた投票を済ませ、
母を家まで送っていって、
八神さんのアパートへ向かいました。

アパートの前に車を停めると、ゆかさんは車に乗ったまま手を合わせようとしましたが、
やまねこから車を降りました。ゆっくりしてくれてかまわない、という意思表示でした。
ゆかさんも車を降り、あらためて手を合わせました。
無言のまま(こういうときに適切なことが言える人間だったら、どんなにいいだろう)。
ゆかさんは去りがたいようで、何度も何度も手を合わせていましたが、
ゆかさんの気が済んで、自ら車に乗るまで、じっと待ちました。


うちに帰ると、ゆっかさんはかなり疲れたようで、すぐにベッドに横になってしまいました。
やまねこは自分の部屋でしばらく雑用していました。
18時くらいにリビングに戻ると、
ゆかさんは「今日は食欲ないから、晩ごはんはいいよ」と言いました。
無理強いはせず、ベッドから手の届くところにゼリーと乳酸菌飲料を置き、
薬のために水も置いて、やまねこはシャワーを浴びにいきました。

そのあいだにゆかさんは眠ってしまったようでした。
やまねこは静かにじぶんの夕食の準備をします。
ゆかさんは目を覚まして「TV見ながら和室で食べて」と言いましたが、
「うるさいと思うから…」と、自分の部屋に持っていって夕食を済ませました。

片付けに戻ると、ゆかさんはベッドに腰かけてゼリーを食べていて、
少しほっとしました。
おやすみのあいさつをして、やまねこも早めにやすむことにしました。
ゆかさんの気持ちは、痛いほどわかるのですが、
じぶんに何ができるのだろう?結局なにもできはしない。
無力感にさいなまれながら、横になりました。





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次回のLIVEは来週末、横浜白楽です。

2024.6.22(Sat.)at白楽Nap
「Umbrella」
OPPEN17:10/START17:130CHARGE:\1.600+1D
☆やまねこの出演は5組中3組め、18:40からです。
 配信視聴はこちらから(無料)→
 https://m.youtube.com/user/nodutatane

今年は梅雨入りが遅れそう、とのことですが、
いい天気になりますように。
お待ちしてますね。