帰ってきた旅猫・メイの奇跡 その1の9.奇跡の扉 | うちには、天使がいます。

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ピアノ弾き語り落ちこぼれシンガー・うたうやまねこと、そのパートナーゆかさん、そして寄り目のみけねこメイさんの、命の記録です。


・登場人物
<メイ>
3年前の5月にへその緒つきで捨てられていたところをやまねこと出会い、
それからずっといっしょに暮している、寄り目のみけねこ。
車でやまねこと旅をする「旅猫」に育ちました。
<やまねこ>
ライブハウスでピアノ弾き語りをする歌い手でしたが、
2004年当時はあまり休みのとれない会社に就職したので、活動は休みがち。
週末に海や山へ出かけるのが生きがいになっています。

・前回までのお話
2004年10月の3連休、西伊豆へ釣りに出かけたやまねこ。
2日めの夜、通りすがりの「A氏」に丘の上の別荘へと招かれ、
そこでメイを放してしまい、数分間目を離した隙にメイは姿を消してしまいました。
月曜日、連休最終日まる一日をかけての捜索もむなしく、ひとりうちに帰ったやまねこ。
最初はなにも手に着きませんでしたが、ポスターとちらしで捜索を呼びかけることに決め、
木曜日と金曜日でポスター100枚、ちらし500枚を仕上げ、
土曜日の夜、再び西伊豆に向けて出発しました。


使える時間は、日曜日。たったの一日。
土曜日の真夜中に西伊豆の漁港へ着くと、まず車の中で眠りました。
すべてはあした、目が覚めてからです。
台風から一週間過ぎて、海はすっかりおだやかで、
岸壁にあたってちゃぷちゃぷ音をたてていました。

目が覚めたのは6時前でした。空は晴れて、いい天気です。。
まず午前中は集落の各戸にちらしを投函し、
そのあと午後にポスターを貼って回ろうと決めていましたが、
あまり早い時間にポストにかたん!と物が入るのも不気味だろうと思い、
まず、メイが失踪したA氏の別荘へ様子を見にいってみることにしました。
A氏が車を停める場所にはなにもありませんでした。A氏が不在なのがわかりました。
昇降機はブレーカーが落とされて止まっていたので、
先週もメイを探しながら何度も行き来した小道を、別荘へと登っていきました。

周囲に民家もない場所。別荘はひっそり静まりかえっていました。
ためしに玄関のドアノブを回してみましたが、しっかり鍵がかかっています。
南側に回り、大きなガラス戸を透かして中をのぞくと、
リビングの片隅にメイのごはんの容器と水の容器、
そして移動用のトイレがかためて置いてあるのが目にはいりました。
「ごはんとトイレをくっつけて並べるなんて、あり得ないだろう」
「猫を何匹も飼っているって言ってたけれど、どれだけ猫のことがわかっているのだろう?」
人間だってごはんの隣にトイレなんて、いやです。

トイレの周りに砂が飛び散っているのも見えました。
なぜだろう?
何者かがトイレを使ったのだろうか?トイレの中はどうなっているのだろう?
ガラス戸に顔をくっつけるようにして、いろいろな角度から見てみましたが、
よくわかりません。ああ、もっと近くで見られたなら。
建物の周りをぐるっと回りながら、ほかのガラス戸や窓からものぞきこんでみましたが、
どうもよく見えません。
当然、どの戸も窓も、鍵がかかっていました。
メイが出ていったと思われるお風呂場の窓も、しっかり閉まっていました。
「開いててほしくないときに開いてて、閉まっててほしくないときに閉まっている」

ぐるっと4分の3周して、建物の北側。2階へ登る外階段の下のドアのところへ来ました。
だめもとで、というよりもはやなんとなく、ドアノブに手をかけると、

なんの抵抗もなくノブが回り、ドアは開きました。



ありえないと思いましたが、現実に開きました。
とたんに胸が激しく動悸をうちはじめました。
不法侵入になるけど、それでもいいか?
若干のためらいはありましたが、やまねこは一歩足を踏み入れました。
A氏に電話で許可を求めることも考えましたが、早朝なのでA氏はまだ寝ているでしょう。
そんなことより(このときは本気でそう思っていました)メイのほうが大事なのだから。
トイレの様子からからメイがいる可能性もあると思ったので、
足音を殺してそっと部屋にはいっていきました。

ごはんも水も、たくさん容器に入れていったのですが、なくなっていました。
もっとも、水の容器の中にはトイレの砂がはいって、固まっていました。
「並べて置いたりするからさ。Aさん、あんたほんとに猫飼ってんのかい」
トイレは明らかに砂を跳ね飛ばした形跡があり、
中からおしっこの塊と、うんこのかけらがいくつか出てきました。
うんこは、見慣れているのより、小さなものでした。
少し頭が混乱しました。

整理してみました。
キャットフードが食べられている。ここに猫がいたのはほぼ間違いない。
(ねずみが食べたというのも考えられなくはないが)
そしてトイレも使っている。これは猫でしかありえない。
野良猫はたくさんいるけれど、ここまで入ってきてトイレを使うとは思えない。
ということは、やはりメイだ。
メイは生きていて、ここにいた可能性が高い。
戸も窓も閉めきられているし、
たしかに北側のドアは鍵が開いていたけれど、そこから入ってまた閉めたとも思えない。
A氏は火曜日までここにいたらしい。メイがごはんを食べ、トイレを使ったのはそのあと。
では、メイは先週からずっと無音のままこの部屋に潜んでいるのだろうか。
火曜日まで、まったくA氏に気づかれず?

もういちど、別荘の中をくまなく調べてみました。慎重に、冷静に。
お風呂場の浴槽と床の間に、猫が出入りできそうなは幅10cmほどのすきまが見つかりました。
猫は(とくに慣れない場所の場合)ものにすり寄って動く。
窓枠に飛び乗って、そこから出ていったというのは、
窓が開いていたことからの思い込みだったかもしれない。
メイはこのすきまを通って縁の下へと出ていき、
そしてまた入ってきた(メイ以外の猫の可能性も完全には捨てきれないが)
と思うのが自然だ。

希望を捨ててはいけない、と思いました。
ごはんの容器にまたキャットフードを入れて、その上に好物のチーズを置きました。
トイレもおしっこの塊とうんこを取り除いて、きれいにしました。
水道は元栓が止まっていたので、水の容器に固まった砂ははティッシュでふきとり、
目につく水道を全部あけて、ちょろちょろ流れ出る水を集めてためました。
位置も、リビングの中央付近にきちんと離して配置し、
別荘のまわりの何か所かにもチーズを置きました。

メイはまだ別荘の近くにいるのでしょうか。
それとも食べものを求めて、港におりたのでしょうか。

いちおう「メイ!」と呼びかけながら別荘の周りを何周か回ってみましたが、
反応はありませんでした。
でもそれは織り込み済み。
時間は一日。たまたま出くわす可能性も、名前を呼んで出てくる可能性も低いのです。
メイはそこにいたとしても、警戒心が強くなっていて隠れているでしょう。
やはりメインはちらしのポスティングとポスター貼りでした。
南側のガラス戸の鍵を中から開け、
いつでもメイがはいれるように幅10cmほど開け放しにして、いったん丘をおりました。




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2021年も、いよいよ終わりが近づきました。
メイさんのお話が長引いてしまって(このあとまだまだ続きます)
ゆかさんの話に戻れるのは春ころになりそうですが、
必ずまた、ゆかさんの一生は最後まで綴っていきたいと思っています。
みなさんが良い年を迎えられますように。