帰ってきた旅猫・メイの奇跡 その1の8.木曜日、金曜日、そして出発 | うちには、天使がいます。

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ピアノ弾き語り落ちこぼれシンガー・うたうやまねこと、そのパートナーゆかさん、そして寄り目のみけねこメイさんの、命の記録です。


・登場人物
<メイ>
3年前の5月にへその緒つきで捨てられていたところをやまねこと出会い、
それからずっといっしょに暮している、寄り目のみけねこ。
車でやまねこと旅をする「旅猫」に育ちました。
<やまねこ>
ライブハウスでピアノ弾き語りをする歌い手でしたが、
2004年当時はあまり休みのとれない会社に就職したので、活動は休みがち。
週末に海や山へ出かけるのが生きがいになっています。

・前回までのお話
2004年10月の3連休、西伊豆へ釣りに出かけたやまねこ。
2日めの夜、通りすがりの「A氏」に(いちおう固辞はしたものの)誘われるまま、
丘の上の別荘へと招かれ、そこでメイを放してしまいます。
数分外へ出た間に、忽然と姿を消してしまったメイ。
月曜日、連休最終日まる一日をかけての捜索もむなしく、
やまねこはひとりでうちに帰らざるを得ませんでした。
なにもやる気になれないまま過ぎてゆく日々の中、
たまたま見つけたペット探偵のサイトを見て、
捜索を呼びかけるポスターとちらしを作ることに決めます。


できることがあるのに、なぜやらない?
できることがあるなら、全部やってみよう。
あきらめるのは、そのあとでも遅くはない。

そう心に決めて、短時間ではありますが水曜の夜は久しぶりに深く眠ることができ、
木曜日の朝。今までとは少し違う前向きな気分で出社しました。

やまねこの勤めていた会社は、社員・契約社員合わせて6人(全員男性)
+毎日来るわけではない50歳前後のパートの女性ひとり、という構成でした。
このパートの女性、やまねこはこっそり「クッパ」とあだ名をつけて呼んでいたのですが、
もちろん「スーパーマリオ」に出てくるクッパに顔がそっくりだからです。
このクッパがかなりの曲者で、会社でいちばん偉い会長が「これ、ワードで…」
と言いかけようものなら、
「私はエクセルしかできませんよ!!」と突っぱねてしまう心臓の持ち主でした。
そう大見得を切っておきながら、関数はひとつも知らない(SUMも知らない!)
見積書の合計の欄は電卓で計算して打ち込む、という、
ね、曲者でしょう?
曲者クッパは、やまねこに対してなぜか最初から極めて悪感情を持っていて、
陰で「あんなのクビにすればいいのよ!CADなんて外注に出せば充分なんだから!」
と言っているのは、すでに何度も耳に入っていました。

この会社の人たちは、基本的に口が軽く、たいがいのことは筒抜けだったのです。
うっかりメイがいなくなったことを社員のひとりにしゃべってしまったところ、
瞬く間に全員に、クッパ様に至るまで知れ渡るところとなってしまいました。
契約社員のN氏に呼び止められました。
「いろいろ言われてるよ、おまえ。
社長が『たかが猫がいなくなったくらいで』って言ってたぞ…
それからババアも(当然クッパのことです)
『男のくせに、猫ごときのことでめそめそしてんじゃないわよ』って」
こういうやつに限って「男のくせに」とかバイアスをかける。
「滅入ってはいるけど、別にめそめそしてなんかいませんよ。
言わせときゃいいんですよ。
それに『ババア』なんて言っちゃ失礼ですよ。ちゃんと言ってあげなきゃ、
『ク・ソ・バ・バ・ア』って」

少し気持ちが強くなってきた。あとは勢いで。
まず、仕事の合間を縫って電話をかけるところから始めます。
メイが失踪した町の役場、それから警察署。
特徴を伝えて、見つかったら保護してもらえるように伝えます。
野良猫、それから放し飼いの猫もたくさんいるので、
誰かがメイを見かけたとしても役場や警察に通報が入る可能性は低いですが、
ほんの少しでも可能性があるなら、やっておくべきと思いました。
唯一の希望は、首輪をしていることです。
かなり目立つ蛍光色の、黄色の首輪。
見た目の似たような猫はたくさんいるに違いない中、
そこを強調して伝えます。

A氏にも電話してみましたが、
メイは現れないまま、氏はすでに別荘を引き払ってM市の自宅に帰っている、とのことでした。


そしてうちに帰って、ポスターとちらし作りにとりかかりました。
週末の休みは日曜日だけ。
まる一日時間を使うために、土曜日の夜には西伊豆に向けて出発する予定です。
二晩で仕上げなくてはならないので、
手っ取り早そうな(クッパが大いばりで「できませんよ!」という)ワードを使います。
メイの特徴がわかりやすい写真を探すところから始まって、
その写真と特徴を伝えるテキストボックスを、
目に止まりやすいようにレイアウトしていきます。

突貫でできあがったポスターのデザインは、こういうものでした。

メイの顔立ちと全身の模様ができるだけわかりやすい写真に加えて、
黄色い首輪がはっきり写っている写真も載せました。
いつでも連絡を受けられるように、携帯番号も載せてしまいました。
いたずら電話がかかってくるかも、と思いましたが、
そんなことよりメイのほうが大切でした。
もしイタ電が来るようなら、あとから番号を変えれば済む話です。



そして金曜日。
帰りに100均に寄って、クリアファイルを100枚とプラスチックの手鏡を買って帰ります。

今夜のメインは、印刷です。
まず電柱などに貼るA4判のポスターを100枚。
そして各戸に配布するちらしは半分のA5判で500枚。
これはA4版に2枚並べて250枚印刷します。
気の遠くなるような時間がかかりますが、
今夜中に仕上げなくてはなりません。
若干多すぎるくらいだとは思いましたが、
時間のある限り貼り、そして配りたいので、
余ったとしても足りなくなるよりはずっといいと思ったのです。
ポスターはインクジェットの印刷なので、雨で滲まないように、
一枚一枚クリアファイルに入れてビニールテープで封をしなければならず、
ちらしも半分にカットしなければならないのですが、
最終的にはさすがに時間が足りなくなり、これは現地でやることにしました。

印刷の傍ら、プラスチックの手鏡はガスコンロで慎重にあぶって45度の角度をつけ、
壊れた振り出し式の釣り竿の先に小型の懐中電灯といっしょにガムテープで取り付け、
歯医者さんが使うデンタルミラーの巨大版みたいなものを作りました。
どうせならちらしを配りながら捜索もできるかぎりしたいので、
車の下とか、塀の間とか、狭いすきまをのぞくための道具です。
収納時には50cm強、伸ばせば2m以上になるという自称優れもの。
(これでスカートの中ものぞけるな、と思いましたが、別に楽しくはありませんでした)

それともうひとつ、100均でふと目にとまって買ってきたものがありました。
それは、アーモンド入りのベビーチーズでした。
メイはチーズと、そしてなぜかナッツ類が大好きだったのを思いだしたのです。

眠る時間はほとんどありませんでしたが、
なんとか印刷は仕上がりました。
これほど攻撃的で張りつめた気分は、いつ以来だろう?
とにかく、やる。できることは、やる。


そして土曜日の夜、
一週間ぶりの西伊豆の漁村へ、
再び車を駆って出発しました。





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12月15日、祖師ヶ谷大蔵ライブカフェエクレルシでの、
今年最後のLIVEも無事終了いたしました。
まだまだ心は闇落ちしたままで、不安定ではあるのですが、
なんとか2021年を乗り切れたのは、支えてくださったみなさんのおかげです。
今回に限らず、今年一年間、ライブハウスに足を運んでくださったみなさん、
配信を視聴してくださったみなさん、
本当にありがとうございました。

15日のLIVEは12月29日までアーカイブ視聴ができます。
今回のblog.で興味を持ってくださったかた、いらっしゃいましたら、
こちらからご覧になってみてください→https://www.ecllive.com/
(Live Scheduleのリンクから、配信チケット購入ページへどうぞ)