帰ってきた旅猫・メイの奇跡 その1の10.なにかがいる。 | うちには、天使がいます。

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ピアノ弾き語り落ちこぼれシンガー・うたうやまねこと、そのパートナーゆかさん、そして寄り目のみけねこメイさんの、命の記録です。



・登場人物
<メイ>
3年前の5月にへその緒つきで捨てられていたところをやまねこと出会い、
それからずっといっしょに暮している、寄り目のみけねこ。
車でやまねこと旅をする「旅猫」に育ちました。
<やまねこ>
ライブハウスでピアノ弾き語りをする歌い手でしたが、
2004年当時はあまり休みのとれない会社に就職したので、活動は休みがち。
週末に海や山へ出かけるのが生きがいになっています。

・前回までのお話
2004年10月の3連休、西伊豆へ釣りに出かけたやまねこ。
2日めの夜、通りすがりの「A氏」に丘の上の別荘へと招かれ、
そこでメイを放してしまい、数分間目を離した隙にメイは姿を消してしまいました。
月曜日、連休最終日まる一日をかけての捜索もむなしく、ひとりうちに帰ったやまねこ。
最初はなにも手に着きませんでしたが、ポスターとちらしで捜索を呼びかけることに決め、
木曜日と金曜日でポスター100枚、ちらし500枚を仕上げ、土曜日の夜、再び西伊豆へ。
翌朝早朝、別荘で、たまたま鍵のかかっていなかったドアから、
メイの生きている痕跡を発見します。


いったん丘の上の別荘から下の漁港に降りて、
駐車場の脇の公園のベンチで少し作業することにしました。
大急ぎでなんとか間にあわせたポスターとちらしでしたが、
時間が足りずにポスターにはまだカバーがかぶせてなかったのです。
インクジェット印刷で、雨に濡れたら一発で流れて読めなくなってしまうので、
クリアファイルをかぶせてビニールテープで封をしていきます。
A5判のちらしも、A4の紙に並べて印刷したまままだ切っていなかったので、
半分にカットします。
思っていた通り、それなりの手間と時間がかかりました。

「猫が失踪した場所から同心円状にちらしを配っていき、
その外側にまた同心円状にポスターを貼っていく」
ペット探偵のサイトにはそう書いてありました。
時計を見ると7時過ぎ。まだ配りはじめるには少し早いかな。
8時くらいから配りはじめることにしよう。
その前に、せっかく新しいごはんと水も置いたことだし、
もういちど別荘の様子を見にいってみよう―

ごはんも水もトイレも、そのままでした。
外に置いたチーズはなくなっていましたが、野良猫もカラスもトンビもたくさんいるので、
メイが食べたのかはわかりません。
もういちどチーズを置きました。
「できることは、やる」それが自分との取り決めです。
そのとき、茂みの中にはいっていく猫の後姿を見たような気がしましたが、
そこに行ってみるとやはりなにもいません。
気のせいなのかどうかもわかりませんでした。


そろそろ始めよう。

付近の地形は、北から南へ尾根が走っていて、
南端に近いところにメイが失踪したA氏の別荘があり、
その先は岬になって海に落ち込んでいます。
岬の西側は崖で、下は海。東側も急斜面ではありますがかろうじて人が登れる小径があり、
その下は漁港になっていて、漁港に沿って集落が続き、
集落を東西に旧国道が通り、尾根の下をトンネルで貫いています。
トンネルの脇から尾根に登っていく道があり、
その道に沿って、尾根の上まで何軒かの家が続いていて、
家並みが途切れるところから南に向かう小径は、たぶんA氏の別荘まで続くのでしょう。

ふたつの可能性。
メイが移動したとするなら、下の漁港に下りたか、
さもなければ小径に沿って尾根の上の家並みへ向かって行ったか、
南と西は急峻な崖なのでそのふたつしかありません。
まず、漁港付近の集落をジグザグに歩きながらポスティングしていき、
最低でも旧国道のこちら側の家にはすべて配った上で、
尾根の上の家屋群までくまなくちらしを配布する、というのがプランでした。


プランに沿って漁港のほうから、一軒一軒ちらしを投函していきました。
人のいるところはでは「お願いします」と挨拶して置かせてもらいます。
思ったほど迷惑がられたり、うさんくさい目で見られたりはしませんでした。
「おー、黄色い首輪な。見つけたら絶対連絡すっからよ」と言ってくれる人もいました。
どこか寂しそうなおばあさんが「かわいそうねぇ」と話を聞いてくれたこともありました。
まだ通ったことのない路地も、しらみつぶしに一軒ずつ。

とある倉庫の前を通りかかったとき、猫の鳴声を聞きました。
窓からのぞくと、まだ歩きはじめたばかりのまっ黒な子猫が、もぞもぞ歩きまわっていました。
「おかあさんは、どこにいるのだろう?」
ふと、もしメイが見つからなかったらこの子を代わりに連れて帰ろうか、と思いました。
ひとつの命を助けることに変りはないのだ。
その考えは、打ち消しました。
命に「代わり」なんてない。メイはメイだ。
メイの一生に責任を持つ、と誓ったのだろう?
責任も果たさずに自己満足の感傷はやめろ、と自分に言い聞かせました。

ここらへんまで、と思った半分くらいポスティングしたころ、お昼のサイレンがなりました。
午前中ポスティング、午後にポスター貼り、と思っていたのですが、
小さな集落とはいえ、くまなく歩くと時間がかかるものです。
まぁ、ちらし配布の範囲は少し縮小になるかもしれないけれど、
午後もう少し配ってからポスター貼りにかかろう。
ちょうどぐるっと一回りして集落の中心部に戻っていたので、
一軒だけあるスーパーマーケットに寄ってお弁当を買いました。
もちろんそこでもちらしを投函します。

うららかで、静かな秋の日でした。
ふと、どうせ一休みしてごはんにするなら、A氏の別荘のまわりで食べよう、と思いました。
別荘には小さな庭があって、そこにテーブルと椅子も置いてあったのです。
置いてきたメイのごはんがどうなったかも見ておきたいし。

お弁当を持って、別荘へ登っていきました。
町の人たちの優しさに触れて、すがすがしい気分になっていました。その日の空のように。
連絡が来ればいいな。あとひとがんばり。

別荘に着きました。

なにげなくガラス戸の中を見ると、なにかが変でした。
とにかく最初は「変」としか思えなかったのです。
部屋の真ん中あたりに、なにかがいました。
「なにか」は、メイのごはんの容器の前にすわって、
微動だにせずに、じーっとキャットフードをながめています。

メイがそこにいました。




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年が明けて、2022年。
おめでとうという言葉は使えませんが、
今年もメイさんの話、そしてゆかさんの話。
わくわくするような話ばかりではありませんが、
少しでも楽しんでいただけるとうれしいです。
また一年間、よろしくお願いいたしますm(__)m