かつて線毛機能不全症候群は電子顕微鏡検査などによって診断が試みられてきましたが、最近、原因となる遺伝子が数多く知られるようになったことで、従来法では診断しきれない例がかなり存在することがわかってきました。実際、日本で診断される繊毛関連遺伝子異常の中で最も多いとされているDRC1の異常でも、内臓逆位を認めず、電子顕微鏡検査で明らかな異常を指摘しにくいため、従来は、線毛機能不全症候群と診断することは、ほぼ不可能な状況でした。それ以外の遺伝子異常が原因の場合でも、古典的な検査法で異常を示さない線毛機能不全症候群を診断するには、遺伝学的方法がほぼ唯一の診断法と言っても過言ではありません。そのことは最近の論文でもたびたび報告されています。

 

 

話は少しそれますが、私個人的にはprimary ciliary dyskinesiaという病名に、「線毛機能不全症候群」という訳語は合わないと思っています。なぜかというと、英語のprimaryという部分には、繊毛の動きが悪いこと自体が病気の本質であって、何か別の原因があって二次的に繊毛機能が低下しているわけではないという意味が込められているのに、そのことが訳語の中に反映されていないからです。この訳語は、小児慢性特定疾病のリストで、「線毛機能不全症候群」という病名が用いられているため、お子さんが成人したとき、違う病名で指定難病を申請するのでは混乱するので、やむを得ず使われていると理解しています。英語名を正確に訳すなら「原発性線毛機能不全症」ないし「原発性線毛運動不全症」の方が合っていると思います。また余談ですが、この「線毛」という漢字を「繊毛」の意味で用いているのは医学用語だけなので、研究者の間では混乱が生じています。

 

繊毛の動きが悪いのが病気の本質であれば、どういう物質が原因で動きが悪いのか、そこを明らかにして治療を考えるべきです。しかし、今から20年ほど前まではどの遺伝子に異常があるのかほとんどわかっていませんでした。先天性であれば根本的な治療はできないのでは、と思われるかもしれません。しかし今、人類は遺伝子をかなりの部分操ることができるようになりました(新型コロナウイルス感染症のためのmRNAワクチンもその一例です)。遺伝性疾患だから何もできない、というような時代ではなくなりつつあります。近い将来、欠損している繊毛タンパク質を補充するような治療的なアプローチが進むものと思われます。そのためにはどの遺伝子に異常があるのか知っておく必要があります。遺伝学的検査を受けるに際しては遺伝性というところに抵抗のある方も多いと思います。そのために「遺伝カウンセリング」といって、医療機関から正しく遺伝子のことを教えてもらうプロセスが必要です。言い換えますと、医療機関が遺伝学的検査を実施する以上、その検査の意味を正しく伝えられる能力があることが条件になります。