顔のアトピー、良くなりません泣。痛いとこの暑さの中、出掛けられないし。。こまるorz。


去年の暮、主人の症状が進み、自力で座位を保てなくなって常時介助が必要となり、わたしの在宅ワークが事実上不可能な状況になっていたことは、下のリンク先、令和5年12月24日の記事のとおり。


そして年が明けて2週間ほどの1月19日の未明、主人は、喉に痰を詰まらせ、逝ってしまった。


あの晩の前日、18日のお昼過ぎに、ケアマネが、区と重度訪問介護(重訪)の支給についての折衝結果を踏まえ、新たに組んだケアプランを持って来てくれた。



前述の記事の繰り返しになるが、厚労省のお達しでは、重訪の支給決定に当たっては、本人および家族が困らない形で個別の事情を汲んで支給してくれるよう、現場の支給する主体である市区町村に対して、再三依頼している。


当時のなおき家では、おっとは24時間介助が必要となっていた。

かつ、妻が持病の双極症を押して夜間も睡眠時間を削って対応に当たっていたが、これは双極症の禁忌事項に当たり、うつ発症のリスクが上がっているという状況にあった。

さらには、家計を支える妻は、介護で在宅勤務でも現実的に仕事にならないため、手を打たなければ経済的にも生活が回らない状態に陥り得る状況にあったことなどなど、諸々ついてケアマネには相談し、可及的速やかに支給を開始願いたい旨を、年内に区との交渉を始めてもらっていた。


イージーさんやpacoさんが紹介くださった、厚労省からの、個別に対応するよう促すお達し(文書)に、該当箇所にはハイライトをして、コピーを持ってもらっていた。


参照(pacoさんブログより):



実は既に1回、ケアマネの奮闘虚しく、従来とまったく変わらない、通り一遍の「介護保険を利用されている方にはまず、介護保険の点数を使い切ることをお願いしている」の回答を得ており、さらには、まずは介護度が4だった主人の介護度を5に変更して、介護保険の上限点数を使った上でならば支給することは可能、なんていう指示が、年内に来ていた。


ケアマネは、わたしがその区からの回答に怒り心頭(←今そう書くと、笑ってしまうしかないのですが……。でも、今すぐに追加支援が必要なのに、なんて悠長な話をするのかからして、まったく理解不能でした)でファイティング・ポーズを崩さないのを見て、「もう一度、区と交渉させてください」と言ってくださった。


18日の昼の面談待っていたのは、その、2回目のケアマネと区との話し合いの結果だった。



ケアマネは、ケアプランの紙を広げて、切り出した。



 残念ですが、

 区の回答は

 変わらずでした。

 でも、おふたりが今

 本当にお困りなのは

 承知しております。

 なので一応、

 区が言ってきている

 条件でのプランを

 お持ちしました。


 こちらの内容で

 すぐに実行することは

 可能です。


 ですが、もし、

 なおき家が反論される

 のでしたら、

 また明日、区に持って

 くるよう、

 言われています。


 どうされますか?



わたしは迷い無く、交渉継続をお願いした。


だって……「誰1人として例外なく、平等に従ってもらっている」って、一体全体、誰に対する「平等」なのか。◯◯◯区民外では、そんなビョウドウ条項なしに、重訪を必要に応じて柔軟に至急している例は、多くは無くても存在している。まったく理解に苦しむ。



ケアマネとのその話し合いにおっとは、その頃ずっと強度の不眠があり日中の体調が優れなかったので、参加はせず、隣の部屋で待ち、事後報告となった。


でも、戸も無い隣の部屋なので、半分は聴いていたようだった。


特に区からの、暫定の、変わりの無い結論は聞こえたようで、ケアマネが帰り支度をする中、顔を覗きに行ったわたしに、おっとは言った。


 のきこさん

 区がこの状況で、

 今すぐ重訪を

 支給しない

 と言うならば

 ……  、

 日本っていう国は、

 俺のような

 神経難病者には、

 これ以上

 生きてくれるな、

 と

 言ってるのだと、

 俺はね、

 そう受け取るよ



このおっとのことばを、ケアマネに伝えられたのは、おっとが亡くなったことを電話した晩、ゆっくり話せる頃に彼女から折り返しを頂いたときだった。


ケアマネはそう聞いて、ことばを詰まらせてから、こう言った。


 そうでしたか。。

 区の担当の◯山さんに、

 なおきさんが

 亡くなられたことを

 連絡したんですね。


 そうしたら、区は、

 なおき家がさらに反論

 してくるようだったら、

 反論の日、つまり

 今日ですよ。19日に、

 (重訪を)支給する

 方向で準備を進めて

 いたそうなんです。


 なおきさんの死には

 ◯山さんも

 ショックを受けて

 おられたようですが… 、

 そもそも

 そんなやり方をせず、

 なおきさんに

 重訪の速やかな支給を

 お伝えできていたら、

 と思うと、ことばが

 見つかりません。。

 本当に区のやり方には、

 ……



あれから半年以上が過ぎた。あのときは、おっとの死は、おっとが必要な時を選び、そしてわたしを守れるタイミングで選び取ったもので、区の対応が違っても変わりは無かったように思えた。

でも、今、こうして書いてみると、あぁ、やっぱり、区の責任は少なからずあるわなぁ、と、考え直す。


こういう、隠された行政の失態は、隠されたまま、後に生かされないのだとしたら、おっとは浮かばれない。


なにができるのか。


どう思われますか。


(つづく)