―一年に一度は妻と旅行するー


親と過ごした時間、妻と家庭を持ち人生の最盛期を過ごした時間を比較すると、言うまでもなく後者が長い。


さらに、定年後は家族の中では妻と過ごす時間が最も増える。


最近の日経MJの調査結果によれば、団塊男性が一緒に国内旅行に行きたい人として配偶者を選択した割合は非常に高い。


「名所旧跡観光」「温泉・リゾート旅行」など旅行の目的別に見ても平均七一%を越える。現在のシニアと言われる60才代夫婦との比較において、一緒に行きたい割合が13ポイントも高いのが極めて特徴的である。


これは男性側の調査であり、これまで何十年にわたり苦労をかけてきた、ないしは後ろめたい気持ちの反動もあるとは思われる。


他方、団塊女性についても、一緒に行きたいとする割合は多少低くなるものの、「名所旧跡観光」「温泉・リゾート旅行」などの旅行目的では同様の傾向がある。


博報堂エルダービジネス推進室の調査では、定年後団塊世代が夫婦で楽しみたいことの一位は国内旅行(80%、妻68)、二位は海外旅行(70%、妻64)であり、他の項目に比べ旅行は圧倒的に多い。


秋、紅葉の季節に東北や北海道行きの航空機、新幹線に乗ると、多くのシニア女性の小グループに出会うことになるが、2007年以降は団塊カップルも多数見られるようになるものと想像される。特に、子供が独立し、親の介護問題もない団塊夫婦は、最も自由度が高く「旅行」についても極めて活発に動くものと思われる。


団塊夫婦が今後も良好な関係を維持するポイントの一つとして、夫側には「くれぐれも、お昼時に自分の箸を持って昼食が出てくるのを待たないこと」、妻側には「四〇年近く会社人間を務めてきた者がそんなに簡単に家庭人間に脱皮はできないはずで、そこは焦らず多少の猶予を与えること」を武蔵野市の団塊力レポートは助言している。


いずれにせよ、今から五年後には約三割の団塊世帯は夫婦のみの生活となるが、元来、夫婦の主従関係がなく友達感覚の夫婦が多いこの世代、夫婦間コミュニケーションの問題も上手く解決してしまう、というのは楽観的だろうか。


()ハイライフ研究所の調査によると、団塊夫婦が相談して決めたいことでは、リフォームに次いで、休日の過ごし方、旅行の行き先が挙げられており、「次の旅行、どこへ行くか」は重要な夫婦間協議マターになっている。


海外にせよ、国内にせよ、旅行は日常性から一時的に脱出させてくれることもあり、旅先においては家庭内より格段に夫婦間の会話も弾むはずである。


会話の主導権はあくまでも妻側に置くのが無難、自信のあるカップルは対等でも良い。日常生活では適度な距離を保つこと、旅行中はその距離をぐっと縮めることが大切であり、特に夫側からの「夫婦の絆を深めたい」との思いは妻より強い。


定年前後からスタートするとして、二人とも元気に旅行ができるのは長いようで意外と短い。


これまで見てきたような、ノスタルジックなもの、スローなもの、夫婦共通の趣味を目的とするもの、さらには若い頃の新鮮さを取り戻すような新婚旅行のリメイク(参考までに、結婚記念日を覚えている団塊夫婦は夫86%、妻75%)もある。


テーマをはっきり設定したツアーが団塊夫婦にとっては特に望ましく、一回一回の旅行を二人の思い出となるようなものにしたい。たまには思い切って贅沢な内容のツアーにするのもよいかもしれない。楽しいことは夫婦単位で実行するよう心がけたい。





―孫と親しむー

子育てを夢中で過ごして、子供が独り立ちするとしばし安穏な時期が訪れる。まして定年で職場を離れると安穏を通り越して退屈が訪れる。


老人期の人間関係は疎遠になり勝ちだが、身近な家族とのふれあいが大切になる。子供は現役真っ最中で中々相手にならない。貴重な存在は育ち盛りの孫である。昨今は孫の世界も孤独になり勝ちだ。



孫の発達を見すえて、高齢者の目から見た子どもに対する理解を深めながら、発達段階の中に位置づけられる人間関係を作ってやる。


高齢化社会の視点から、子どもたちの目にも、日常的に自然なかたちで、おじいさん、おばあさんが、存在することを理解し、受容し、共存できる生活を作ることが重要である。核家族化の社会において、身近に生活を共有できる環境は少なくなっている。



老人福祉施設の急増に伴って、地域社会の中で、スクールバスと平行して、老人施設への送迎バスが、地域の道路を往復する様子を目にすることも、珍しくない昨今を考えると、直接、身近な孫と親しむ触れあいは貴重だ。



さらに、地域社会の高齢者と子どもたちとの触れ合いが自然に行われるような社会に変容していく過程で、孫と親しむことは必要なことである。



子どもの多様な人間関係が、発達段階に応じて変化して人格形成に、さまざまなかたちで影響を及ぼしていく。おじいさん、おばあさんとのふれあいを通して豊かな人間関係を体験し、成長の幅を広げていくことができる。



豊富な人生経験を生かすためにも次々世代が人との交わりの中で発達していく環境に積極的に関わりたい。



子供たちが老人との関わりを持ち人生に希望が持てるようになることが大切であり、そのことで子供は喜怒哀楽などいろんな感情が引き出され発達し、老人も自分の存在価値が持てるのではないだろうか。



老年期は円熟期だ。死に向かっての人生のまとめを行う時期で、そこに老人の英知が生まれ、小さな子供は老人に触れて人生に対する希望を感じるなど世代間の継承が行われる。







百寿者

◆あちこちで金さん、銀さんが生まれている!?


100歳を超えるお年寄りが増加中―


長寿大国として知られる日本。




調査によると、100歳を超えた高齢者である「百寿者」の数は2009年現在で36000人を超えるという。



60歳で定年退職を迎えるとした場合、その後のセカンドライフは40年間も続くわけで、そのあり方が注目されるのはうなずける。



また2050年には、百寿者の数は70万人に達するものと見られ、身体機能も若返りが進んでいるという結果が出ている。



しかし、平成の世の中で豊かなジャンクフードに囲まれた子どもたちが、はたして本当に長生きできるのかは疑問が残るところだ。


また、肝心なのは健康寿命であって、ただ生存し続けていればよいというものでもない。


長寿と健康、古代から人間のかなわない夢だ。





それには100歳まで生きる覚悟が必要になる。それとライフプランが必要になる。






食べ物の好き嫌いは止めろー


1990年のアメリカ人の死亡原因のトップは「がん」で、調べてみると肉中心の偏った食生活のせいであることが分かった。そして野菜や果物をたくさん食べると防げることも分かった。


つまり「がん」になった人の多くは好き嫌いをしていたということになる。好き嫌いの多い人の中には、「親が好き嫌いだった」と言う人がいるが、偏った食事で胃が弱ったり、便秘がちになってしまったりと、体のあちこちがボロボロになったというのは親のせいではない。


そんな体になってしまう原因は、食べ物への関心が薄く、知識もなく、親任せの食生活をしているか、コンビニ食や外食を多くとっていたからだ。大事な成長期の今、好き嫌いばかりしていると、大人になった時、その「ツケ」は自分に返ってくる。そこでやっと食生活の大切さに気付いても、成長期の頃には戻れない。今を無駄にしてはいけない。「大人になってから成長期に好き嫌いしていたツケが返ってくる」が、すぐに(子供の頃に)ツケがくることもある。


その例として挙げると、ファーストフードやお菓子の買い食いをしたり、朝食を抜いて夜遅くにご飯を食べたりするといった食生活を続けるとかかる「生活習慣病」だ。この病気は、高血圧・高脂血症・糖尿病といった「成人病」という病名だったけれど、最近では子供にも増えており、生活習慣が悪いと誰でもかかることから「生活習慣病」と呼ばれるようになった。つまり、生活習慣病は大人だけでなく子供もかかる可能性がある。


「好き嫌い」はすごく小さな問題だと思っている人が多いと思うが、「あれも嫌い」「これも嫌い」と、頭から嫌って食べる努力や食生活を真面目に考えないと、とんでもない病気になることもあり得ることを知らなければならない。


食べ物の話をすると、野菜や果物や芋の色にはいろんなパワーがある。



赤は体をリフレッシュさせるパワー、オレンジや黄色は細胞の傷を治すパワー、白は腸の掃除をするパワー、緑は体を元気にするパワー、紫は体を守るパワーなそうだ。バラバラに食べても効果はあるけれど、合わせて食べると何倍にもパワーを発揮する。



スウェーデンで流行っている健康食品は「バナナ」なそうだ。



バナナは脳のエネルギー源である糖質を含み緊張をほぐすセロトニンの材料が豊富に含まれている。集中力アップ、即効性があり持続性もあるのが流行の要因だ。



勉強の前に食べる学生も多く学校に持って登校、また会議の前の定番フルーツとしてデリバリーまで行われているそうだ。



コラーゲンはたんぱく質の一種で、細胞と細胞をくっつける接着剤のような役割をする。肌のしわやたるみに効果的。人間の体には、もともとコラーゲンがあって、肌や関節の軟骨などに多い。コラーゲンがたくさんあると、肌がキレイになるだけでなく、骨・血管・筋肉も丈夫になる。化粧品より、食べ物から取った方が効果的だ。



コラーゲンが多いのは、骨や皮がついた肉で、豚や牛のスペアリブや、鳥手羽先などだ。骨にも多く含まれているので、骨付き肉をスープにすると良い。



身近な知人に猛烈好き嫌いの激しい男性がいた。食べ物の好き嫌いが凄いので旅行に行けない。海外は論外だった。理由は旅館・ホテルの食事の三分の一も食べられないと言う。家庭でも奥さんは食事に苦労するとこぼしていたが、本人は嫌いなものは嫌いで通した。



大手会社の営業マンで人付き合いもよく真に愛想の良い人だったが、六〇代半ばで大腸がんの手術をした。



職業柄、生活が不規則な上、相変わらず食べ物の好き嫌いが激しかった。大腸がんの手術から3年後、脳に転移して68才で亡くなった。惜しまれる好人物だったが、とにかくあきれ返るくらい好き嫌いが徹底していた。


人間の体は色々な食物から必要な栄養分を取り入れて新陳代謝を繰り返して命をつないでいる。偏った食事は代謝のサイクルを乱すことになる。





仲の良し悪しはここで決まる!
 


どんな人にも、仲の良い人と悪い人とがいる。


この区別は、どのような理由で出来てくるのだろうか?


アメリカの心理学者フェスティンガーたちは、大学の学生寮を使ってこの問題についての調査を行った。

被験者は、新たに入寮する男子学生17人。全員、お互いに初対面。


この時、入寮前に、あらかじめ全員に政治や宗教についての態度調査も行われた。


そして、入寮してから6ヶ月間にわたる調査の結果、次の2つのようなことがわかった。 



② そして次第に、考え方や生活態度の似ている者同士がグループを作り上げていく。 



ちなみに、この①を「近接の要因」、②を「類似性の要因」と言う。


実際、「友人同士は性格も似ている」と言うことを示す実験結果も報告されている。


ただし、似ているといっても決して同じ、と言うことはありえない。


このような友人間では、むしろ互いに自分達を実際以上に「似ている」と思い込んでいるのでは、と考えられる。


特に、自分が「こうありたい」「こうであって欲しい」と思っている性格特性(性格の特徴)に関しては、よりこの傾向が強いことがわかっている。


自分にとって理想的な「友だち像」を、実際の友だちに勝手に投影している、と言うわけだ。 



もちろん、これは当の本人にとって、場合によっては迷惑な買いかぶりだったりする場合もあるが、初めから似ても似つかないタイプの人に対しては、こうした心理作用は働かない。


思い込みだろうとなんだろうと、「似ている」と言うことが、友人関係を築きあげる際に、かなり重要な点であることには、間違いない。


また、こうしたことは友人間のみならず、男女の間でも起こることがわかっている。


つまり、「近くに住んでいる人や、職場が同じと言う人間同士は恋人になりやすい」と言う近接の要因や、「似たもの同士はカップルになりやすい」と言う類似性の要因がある、と言うことだ。


近接の要因については、アメリカのボッサードと言う人が詳しい研究を行い、「お互いに住んでいる場所が近ければ近いほど2人が結婚する可能性は高くなり、離れていれば離れているほどその可能性は急激に薄れる」と言う結論を出している(これを、「ボッサードの法則」と言う)。


家の離れた婚約者同士は破綻しやすい、と言うデータもあるようだ。


また、類似性の要因も、アメリカでの実験によると、

「スポーツへの興味などの趣味や体格、性格などに差がありすぎるカップルはうまくいかず、共通点の多いカップルほど結婚している」

と言う結果が得られている。


が、完全に似ているからといって、上手くいくとは限らない。


これもアメリカの心理学者、ウィンチと言う人の調査だが、彼は25組の夫婦を対象に、面接調査を行った。


それによると、夫婦関係が上手く行っているカップルは、
① 支配的な夫と、服従的な妻(またはその逆)

② 援助好きな夫と、援助を求めたがる妻(またはその逆)

などの関係に当たる場合が多かったと言います。


この研究結果から、彼は「相補仮説」と唱えています。


これは、いま挙げたような「支配的な人と服従的な人」「甘えん坊と世話好き」「リーダー格と下っ端格」などと言うように、互いに補い合う性格の組み合わせほど上手くいく、と言う説だ。


言い換えれば、「支配的な人同士」「甘えん坊同士」など、同じ性格の持ち主同士は、逆にうまくいかない、と言うことなのだ。


離婚したカップルのその離婚理由は、「性格の不一致」が最も多いらしいが、実のところ、むしろ「性格の一致しすぎ」と言うカップルの方が、多いのかも知れない。


結論を述べると、
「互いに近くにいて、性格が似ている者ほど仲良くなり、それは男女間でも当てはまる。ただし、あまりに似すぎていると、結婚後長続きしない」 と言う事になりそうだ




例えば、「自分は優しい性格だ」と思っていると、友だちが実際にはそうでなくても、「アイツも優しい」などと勝手に思い込んでしまうのだ。
つまり、距離が近く、互いに接する機会が多ければ多いほど、早く仲良くなれるが、 もう1つの要素として、「似た者同士」であることが親密な友人関係にとって、非常に重要だ、と言うわけだ。
① 初めは、互いに自分の部屋に近い人同士が仲良くなる傾向が見られる。

妻を褒めよう


 

妻たちは結婚前、あるいは出産前までは、いろいろな場で褒められるが、いざ子どもを持つと、「ちゃんと育てて当たり前」「うまく家事を切り盛りして当たり前」と、褒められる機会がなくなってしまう。


 学校でも先生方は、子どもを褒めても母親までは褒めない。亭主も妻を褒めないし、おばあちゃんやおじいちゃんも褒めてくれない。


 世の中の多くの妻たちは、「こんなに頑張っているのに、どうしても誰も褒めてくれないのかしら」と本音で思っている。



褒めるきっかけ作り、仕組み作り


「自分だって妻に褒められたことがない」とか「子育てや家事も大変だろうが、こっちだって仕事が大変なんだ」と思うかもしれないが、そんなケチなことは言わず、心を広く持とう。まず「隗より始めよ」だ。


 子どもと一緒にいる時、「○○(子どもの名)に笑顔が多いのはママのおかげだな」とか。「元気に毎日働けるのも、君のおかげだ」「君が元気に家を守っているから、仕事を頑張れるよ」など、できれば1日1回、少なくとも1週間に1回は褒めよう。


 といっても、簡単な決意だけでは人間、なかなか続かないし、そもそもやり慣れないことは始めにくい。そこで、妻を褒めやすくする工夫や仕組みを考えよう。


 ケータイを活用する。ケータイのアラーム機能を使って、毎週○曜日の○時になると、音楽やアラームが鳴り、妻の笑顔の画像が出るようにしておくわけだ。


 また、インターネットのポータルサイトの Yahoo! をはじめ、検索サイトや Google にはカレンダー機能があり、特定の時間に自分宛にメールを送る「リマインダー」というサービスがあるので、それを使って「さあ、妻を褒めよう」とメールを送ってはどうだろうか。


 さらに、ケータイやパソコンのメールで、妻に褒め言葉を送るという方法もある。「今日は7時に帰るよ。いつもありがとう」などと、帰り際に簡単なメールを送って、さりげなく感謝の気持ちを込めよう。


 メールだと、恥ずかしくて口に出せないことも書けるので、使いようによっては夫婦関係、親子関係の円滑化に効果的だ。


愚痴を黙って聞くことも大切

 褒めるきっかけをつかめないときは、妻や子どもの誕生日、結婚記念日、出産記念日などを活用しよう。花束やちょっとしたプレゼントと一緒に、感謝の気持ちを記したカードを贈ったり、「いつもありがとう」と言い添えたりすれば、妻も喜ぶだろう。


 褒めることと並んで、妻の愚痴を聞くことも大切だ。


 ところが、男というものは(わたしもそうだが)、ついつい意見したりアドバイスしたりしたくなる。「それじゃ、△△した方がいいんじゃないか」とか「それなら、やめた方がいい」とか、「もっと建設的に考えろよ」などと言いたくなる。でも、それをぐっとがまんして、「うん、うん、大変だな」「そういうの困るよね」「それは頭に来るよね」などと聞き役に徹する。


妻たちは多くの場合、解決策を求めているのではなく、夫に聞いてほしいのだ。気持ちよく話せれば、ストレスが開放される。それを途中で遮って意見やアドバイスをすることは、ほとんどの場合、逆効果だ。

 これを実践すれば、ぎくしゃくしていた夫婦仲もよくなることは確実だ。



夫婦・親子関係は仕事上の関係より大切


 さらに加えて言えば、家事や子育ての分担もできる限り行おう。


 妻を褒めたりいやしたりすることは、自分のためにもなる。にこやかに会社に送り出してもらえれば、自分も仕事を頑張れる。


 また、夫婦間がよくなれば、子どもにも大きなプラスになる。


 最近では、子どもが巣立つや否や離婚を言い出す妻も多いという。「この人の介護だけはしたくない」と思うらしい。そういうケースは、やはり妻を褒めたりいやしたりするのが足りなかったのかも知れない。


 夫婦関係と親子関係は人生で最も大事な関係で、一生続くものだ。一方、同僚や得意先との関係は、多くの場合、一時的なもので退職すれば関係が消える。それなのに、同僚や得意先との関係作りには最大の努力をし、夫婦関係や親子関係はおざなりという人もいる。


 夫婦関係や親子関係の大切さを再認識して、そちらをもっと大事にして欲しい。そのために、仕事で得た人間関係についての知恵やノウハウをぜひ活用してほしい。




―妻を大事にしろー


定年後は、家族の中では配偶者と過ごす時間が最も増える。在職中は、主に家計を支え、妻が家事を行うという役割分担・意識があったかもしれないが、退職後はそうした役割分担・意識自体を見直す必要がある。


現役の頃と同じ意識のままで定年を迎えると、妻との関係がうまくいかなくなる。

このような状況を避けるためにも、定年後は、妻との意思疎通をより一層図るように心掛ける必要がある。


また、妻は現役だった間に、亭主の知らない人間関係や行動パターンなどができていると考えなければならない。


亭主が、退職後は妻と常に一緒に行動したいと思っているのに対し、妻は自分自身の時間を大切にしたいと思っている可能性が高い。


妻を束縛したり、依存することなく、互いに協力し、充実した家庭生活が送れるように、夫婦関係について妻と十分話し合っておくことが大切だ。


言うまでもなく、定年後を一番長く一緒に暮らすことになるのは妻だ。このことを念頭に置いて、定年後の配偶者との関係を考えてみることが大切になる。



離婚夫婦の20%が「熟年離婚」なそうだ。統計庁発表によると昨年離婚した夫婦の内、10組中2組が熟年離婚だと言う。


あまり高率なので、にわかに信じがたいが、公の機関がでたらめなデータを発表する訳がない。また女性の再婚率も増え、去年離婚した10人中2人以上が再婚している。


配偶者や友人、または趣味を通じて社会的接触を維持している高齢者は、医学的なトラブルは少ない。


たとえば、結婚していたり、同居人と暮らしていたりする高齢者は、一人暮らしの高齢者よりも健康な傾向がある。


入院したり介護施設に入所する割合も少ない傾向にある。


老後は妻を大事にして、夫婦健康でお互いの人格を尊重しなら生きることが、男のステイタスになる。


色々な調査を見るまでもなく、定年後に取組みたい事柄は圧倒的に妻を軸にした家族と行動したい意向が強く見える。



幸せな老後は妻の存在を見直し、妻を大事にすることで現実になる。


決して妻を甘く見てはいけない。

―老いては子に従えー


社会性をもつ動物は人間のほかにも数多く存在するが、体の衰えた高齢者を受け入れ、これを保護・介護する社会的システムは、ほとんど人間社会だけに特有のものと言っていい。



定年を迎えるころには、子供の多くは成人していたり、自立しているのが一般的だ。成人又は自立した子供との関係については、過保護や干渉をなるべく避けることも一つの考えといえる。


自分と配偶者との老後の生活の優先を第一に考え、定年を契機として子供に対する経済的な援助を見直す考えもある。


子供を支援してやりたいという親心は理解できないではないが、年金生活に入ると、子供への経済的援助は難しくなる。


このように、定年は、子供との距離を置くための絶好の機会となり得るが、その一方では、子供との日常的な交流を欠かすことなく、困った時には互いに助け合うような関係を作ることが必要だ。


子供の成長を認めて、「老いては子に従え」の気持ちで子供との関係を考えてみることが大切になる。


何でもないことでも、より高齢な老親の場合、心身に変調を来す場合が結構見受けられる。普段から頻繁に老親とのコミュニケーションを図ることに心掛けていれば、そのような場合の支えになることができる。


また、老親の介護の必要が生じてくるかも知れない。老親の介護は、その加齢とともに家族の負担が増えていくのが一般的だ。


介護期間が長くなると、次第に介護者の心身に負担が蓄積して、家族の人間関係が崩れたりすることにもなりかねない。


介護者を女性と決めつけず、被介護者の老親や家族にとってどのような介護を行うのが一番適切なのかを、家族全員が当事者意識を持って相談しながら決めることが大切になる。


介護は老親のみの問題ではなく、自分自身の問題ともなりうる問題で、介護が必要になったときにあわてることがないように、市町村の窓口に足を運び、介護保険制度を含む様々な介護情報を早めに入手したり、誰が、どこで、どのように費用を賄って介護するかなどについて話し合っておくことが大切だ。




―味噌汁ぐらいは作れー


味噌の主原料である大豆のたんぱく質は、質的に非常に優れている半面、いったりという通常の調理法では、吸収消化が悪いという難点がある。しかし、味噌に製造された場合いは、この大豆たんぱく質が酵素によって加水分解され、約60%が水分に溶け、約30%がアミノ酸に変化する。炭水化物もブドウ糖化する。


我々の体内における消化作用も、消化液に含まれる酵素による分解作用なのだ。つまり、大豆を味噌という形で摂取することは、たんぱく質をより消化しやすい状態で取り込むことになり、味噌は大豆そのものを食べるよりも、栄養素の消化吸収がたやすくなる。

味噌にはさまざまな健康によい成分が含まれており、食品の持つ三次機能(体調を調整する機能)として注目されている。


味噌の成分に期待される主な三次機能は、コレステロール制御、抗腫瘍性、抗変異原性、放射性物質除去、胃潰瘍防止効果、抗酸化作用(過酸化物生成制御作用)の六つがあげられる。


味噌汁を飲む頻度の高い人ほど、胃がんによる死亡率は低い。これは1981年に、国立がんセンター研究所の平山雄博士によって発表された「みそ汁を飲む頻度のと胃ガンの死亡率との関係」の調査結果である。


味噌汁を飲む人と飲まない人を比べると、とくに男性では、まったく飲まない人の死亡率は、毎日飲む人に比べて50%も高いというデータもある。心筋梗塞、肝硬変などの場合にも同じような傾向が見られる。


頭の回転を浴するには、脳の新陳代謝に欠かせないたんぱく質とビタミンB群を含む食品を摂る必要がある。味噌はその点、非常に優れた食品といえる。まず、たんぱく質は植物性たんぱく質の中でもアミノ酸組成が優れているし、ビタミンB群も豊富に含まれる。

主原料に含まれるビタミン類は、加工工程で失われやすいものの、ビタミンB12は味噌の中の微生物が生産する。その他、ビタミンB6なども、発酵過程でバクテリアの働きにより増加する。ビタミンB12は、本来植物性食品には乏しいので、味噌に含まれていることには注目すべきである。


さらに脳内での神経伝達の促進には、コリンとアセチルコリンが不可欠になる。このコリンは味噌にたくさん含まれるレシチンに含まれている。


味噌汁は日本食におけるカルウムやマグネシウムの重要な摂取原であり、その機能を無視して味噌汁を減塩運動の標的にすることは、逆にこれらの栄養素の不足にもつながりかねない。野菜、果物、イモ類などに多く含まれるカリウムは、収縮している血管を拡張させる作用があるとされている。一方海藻や納豆などの大豆製品や玄米などの精製前の穀類に多く含まれるマグネシウムは、カルシウムが細胞内に流入するのを抑える。


野菜を煮ると、カリウムやマグネシウムの一部は煮汁に溶けてしまうが、これをそっくり摂取することができる味噌汁は、日本人の食生活に欠かせない機能食品といえる。


やたら長々と味噌汁の効能を述べたが、飽食・美食の食事に蔓延された日本の食糧事情の中で、ご飯一杯と適当な具の入ったみそ汁を食事の基本にして漬物とイワシの一匹もあれば充分な栄養が取れると思えばよい。


そのために男とはいえ、味噌汁ぐらいは作れなければならない。


単身赴任が多かった経験から言えば、味噌汁づくりは簡単である。適量の水を鍋に入れてダシ(煮干、昆布の類)を入れ沸かす。適当な温度になったタイミングで具を入れる。具が煮えた頃合を見て、味噌で味付けをする。味噌が湯になじんだ時点(投入後10秒位)で火を止める。たったこれだけで完成する。ものの数分でできる。


これだけの作業で前述の栄養効果が確保できる。自分で作ったとなると、味も納得できる。妻が不在のときの朝食・夕食に充分対応できる。副食の惣菜作りが面倒なときはスーパーに行けば良い。サラダ、キンピラ等々何でも売っている。インスタント味噌汁も売っているが、味噌汁は手作りの方が健康的である。


 男が食事のため味噌汁を作る姿を侘しいと思うなかれ。一人暮らしになっても、味噌汁を作れれば食に困ることはない。男は自立が信条でなければならない。




―生活空間は整理整頓―


生活にメリハリが無くなると身辺整理もだらしなくなりがちだ。


日常生活空間は、個人情報を獲得する場所としても、個人情報を活用する場所としても有効な場所である。



日常生活空間が果たしている機能や要求を分析し、再び、日常生活空間に整理することで、使い易くし、私たちの生活を向上させるような新しい機能を持った生活空間を作り出すことが可能となる。



そこで生活をしている人にとって、もっとも適している心地よさ、人間が一番リラックスできる場所こそが、快適な住まい生活になる。



生活空間に必要な機能や、そのためのスペースは、そこでどのような生活行為が行われているかによって決まる。行為とは、一つの「動作」がつながった一連の行動を指す。

生活に必要な空間の広さは、それぞれの動作に必要な空間領域を知って、それを組み合わせることによって把握することができる。



動作に必要な空間の領域を求めるとき、基本となるのは、人体と手足の動く範囲、すなわち「動作寸法」と「動作域」になる。これに道具や家具の寸法を加えて、一つの動作に必要な空間領域ができるが、それを示したのが「動作空間」だ。



動作空間には、歩行や挨拶の空間がある。これらは、廊下や玄関の広さを決めるときに必要になってくる。また、戸棚から物を出し入れするときや、机や台に向かって作業するときは家具や道具を補助として使用するための空間が必要で、家具がいかに機能的に計算されていても、使うために必要な空間が設けられて居なければ、その機能は生かされないことになる。



動作空間を必要なだけ寄せ集めさえすれば、満足のいく生活空間が出来上がるわけではない。動作空間相互の位置関係がうまくつながらなければ、機能的な生活空間は生まれない。台所に例をとれば、調理台、流し台、コンロ、冷蔵庫、通路、出入り口などの位置関係がうまくつながり、動作空間がうまく配置されていなければ、使い勝手のよい空間は得られない。



関連する行為を連続してつないでいくと、当然隣接する単位空間にまで及ぶ。一つずつの生活行為としてみている動作空間の間には、区切りがなく連続しているから、動作空間を適切に並べることは、空間相互の位置関係をうまく設定することにもつながる。



使いやすく、機能的な空間を得るには、このように生活の内容を細かく検討しておくことが必要になって、こうした分析と整理の作業を「動線計画」とか「配置計画」と言う。その結果が「家具や装置、機器などの配置」や「間取り」として表される。



以上は、主に生活行為の連続性を基準にした動線計画だが、空間の快適さを得るためには、視線の計画も重要になる。



動線ほど重要視されていないが、人は普通、空間を視覚的にとらえているので、快適な生活空間を計画するには、これも基本になる要素の一つと言って良い。



そこで、人間の行動につれて、どの方向に視線が向き、どの範囲で視線が展開するかを、配置計画の段階で検討しておく必要がある。





生活空間の計画は、動作空間をもとに空間を組み合わせていくことが基本となるが、それだけでは好ましい生活空間ができるわけではない。



空間の広さや施設の数を適正に設定するには、利用者の数、性別、年齢、また使用頻度、時間的変化、将来予測などの要素を十分に検討しなければならない。



生活空間は広げればよいというものでもないし、限られた建築空間の中に要求される機能を計画する場合には、動作空間や単位空間の重複や総合化などの検討と同時に、必要な道具、家具、機器の種類や数を整理して、より合理的な空間をつくることが重要になる。
このように、適切な単位空間の大きさや、必要な家具、機器の数量について検討することが規模計画だ。



規模計画で大切なことは、個々の生活行為にとって都合がよいということだけではない。空間が全体としてバランスが取れていて、物理的な広さ、大きさ、数量が適切で、感覚的にも満足できる空間とすることが望ましい。



感覚的に空間の広さが適当かどうかを評価するには、生理的尺度、心理的尺度で測る必要がある。視覚と空間との関わり合いを判断する。



以上から、空間の大きさの適否は、単に行為のための広さだけではなく、視覚や聴覚といった感覚的要素も含まれ、総合的な形でとらえるものであり、寸法の大小だけでなく、形や表面の仕上げについても空間の感覚に大きな影響を及ぼす。



規模計画の検討にあたっては、必要なスペースと感覚的要素についても十分検討する必要がある。



子育ても終わり、サラリーマンをリタイアすると、子供部屋に限らず余分な空間が出現する。一部屋を自分の書斎に改造し、男の城を持つのも良い。当然、掃除は自分でする。妻にも専用の家事室とか趣味をこなす部屋を考えるぐらいの配慮も必要だ。



不要な部屋を趣味専用にすることは良い。妻と共用でも良いし、余裕があれば夫婦夫々の趣味室があればベストだ。趣味に夢中になると途中で片付ける作業が結構煩わしいが、専用室だとその煩わしさから開放される。



加齢と共に掃除等の家事が大変だと考えた場合は、移動動線の効率化や家族との親密なコミュニケーションを考えるとコンパクトハウスの考えも出てくる。



妻と二人暮らしの場合、子供部屋など余分な空間を整理して、居間と寝室が在ればよいと割り切る。居間に書斎コーナー、家事コーナーを配置すれば機能的にも満足できる。欲を言えば子・孫等の来訪に備えて多目的に使える大部屋が一つあれば充分だ。





特に椅子の配置は、視線と視野に関係するので、検討が大切になる。休息を目的とする場所から台所が見えるとか、家事作業の場から幼児の行動が見えないといったことだとか、装飾的効果をねらった絵画を飾る壁が視野からはずれないように配慮するといった問題が、視線計画の対象となる。