11月24日(日曜日)、東京は秋葉原にて第一回「玄黄二刀流」講習会がおこなわれました。
沖縄からも参加です。
居合形、基本の相対稽古、剣術形と三時間みっちりの充実した時間でした。
基本の稽古のなかで実感しましたが、二刀流は強い!
防御と攻撃を同時に出来る強みがあります。また、どの方向からの攻撃にも無理なく対応できます。
二刀の術技を持つ多くの流派が、「裏」や「奥」として技を秘していた理由が何となく分かりました。
ところで今回、二刀流御宗家に稽古をつけていただいた際にハタと「刀の振り方」がわかりました。
どうしたら斬撃力を強くできるか。いままで自分が考えていたのと逆の方向に答えがありました。眼からウロコです。
これは片手でも両手でも使えるので、片手での斬撃力強化に役立ちます。よかったよかった!
photo by 御宗家
沖縄からも参加です。
居合形、基本の相対稽古、剣術形と三時間みっちりの充実した時間でした。
基本の稽古のなかで実感しましたが、二刀流は強い!
防御と攻撃を同時に出来る強みがあります。また、どの方向からの攻撃にも無理なく対応できます。
二刀の術技を持つ多くの流派が、「裏」や「奥」として技を秘していた理由が何となく分かりました。
ところで今回、二刀流御宗家に稽古をつけていただいた際にハタと「刀の振り方」がわかりました。
どうしたら斬撃力を強くできるか。いままで自分が考えていたのと逆の方向に答えがありました。眼からウロコです。
これは片手でも両手でも使えるので、片手での斬撃力強化に役立ちます。よかったよかった!
photo by 御宗家
再び与那原町コミュニティーセンターにて。
今回は「玄黄二刀流」居合形の立技に集中しました。立技五本をすべて稽古したのは今回が初めてです。
玄黄二刀流の居合形には対三人、対四人のものがあります。とくに対四人の形が面白い!
四人の敵が自分を取り囲み、同時に斬り掛かってきます。これにどう対応するか。
非常によく考えられた形で、稽古するたびに感心します(これを実際の速度で動くのは、至難の業ですが……)。
居合の形稽古は基本的に独りでおこないますが、まずは相手を置いて稽古します。とくに多人数を相手にする形は、勘違いをしやすい。的の動きを一人一人チェックしながら進めます。
非常に難しいですが、動きが理にかなっており無駄がありません。「二刀流は、通常の一刀より有利なのか」は古くから議論になっていたようですが、「玄黄二刀流」の場合、有利だと思います。
今回は「玄黄二刀流」居合形の立技に集中しました。立技五本をすべて稽古したのは今回が初めてです。
玄黄二刀流の居合形には対三人、対四人のものがあります。とくに対四人の形が面白い!
四人の敵が自分を取り囲み、同時に斬り掛かってきます。これにどう対応するか。
非常によく考えられた形で、稽古するたびに感心します(これを実際の速度で動くのは、至難の業ですが……)。
居合の形稽古は基本的に独りでおこないますが、まずは相手を置いて稽古します。とくに多人数を相手にする形は、勘違いをしやすい。的の動きを一人一人チェックしながら進めます。
非常に難しいですが、動きが理にかなっており無駄がありません。「二刀流は、通常の一刀より有利なのか」は古くから議論になっていたようですが、「玄黄二刀流」の場合、有利だと思います。
玄黄二刀流 宗家
新名豊明(号:玉宗)
本名、新名豊明(にいな・とよあき)。
1948(昭和23)年10月2日大分県津久見市生まれ、65歳。
若年の頃より合気道を始めとする各種武術を学び、二十代の時、神道夢想流杖道と無外流居合兵道の師に出会う。
その後、三菱重工業株式会社に勤務するかたわら、全三菱合気道同好会の中で武道の研鑽を積み、86年、同会において杖道、居合道の指導者に就任。87年、39歳にして東京都杖道連盟を創設、杖道と居合道の一般への普及に着手する。
94年には同連盟の居合修道者を中心に武道教授団体吹毛会を設立、その後、吹毛会を関東居合道連盟等の15団体に分割し、07年にNPO法人無外流を設立。
また右手が不自由な人達が居合道や組太刀を修道出来るように、玉心真刀流を編み出す。08年に財団法人無外流を設立し代表理事に就任。
現在は、無外流明思派の運営委員会会長等を務める。
玄黄二刀流宗家のほか、無外流居合兵道の修道者として、86年師範、96年免許皆伝、98年範士、99年宗家継承(無外流明思派宗家の名乗りは2004年から)。他に東征流短杖護身術宗家、玉心真刀流宗家、神道夢想流杖道、内田流短杖術、一心流鎖鎌術、一角流十手術、中和流短剣術各範士八段。
新名豊明(号:玉宗)
本名、新名豊明(にいな・とよあき)。
1948(昭和23)年10月2日大分県津久見市生まれ、65歳。
若年の頃より合気道を始めとする各種武術を学び、二十代の時、神道夢想流杖道と無外流居合兵道の師に出会う。
その後、三菱重工業株式会社に勤務するかたわら、全三菱合気道同好会の中で武道の研鑽を積み、86年、同会において杖道、居合道の指導者に就任。87年、39歳にして東京都杖道連盟を創設、杖道と居合道の一般への普及に着手する。
94年には同連盟の居合修道者を中心に武道教授団体吹毛会を設立、その後、吹毛会を関東居合道連盟等の15団体に分割し、07年にNPO法人無外流を設立。
また右手が不自由な人達が居合道や組太刀を修道出来るように、玉心真刀流を編み出す。08年に財団法人無外流を設立し代表理事に就任。
現在は、無外流明思派の運営委員会会長等を務める。
玄黄二刀流宗家のほか、無外流居合兵道の修道者として、86年師範、96年免許皆伝、98年範士、99年宗家継承(無外流明思派宗家の名乗りは2004年から)。他に東征流短杖護身術宗家、玉心真刀流宗家、神道夢想流杖道、内田流短杖術、一心流鎖鎌術、一角流十手術、中和流短剣術各範士八段。