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先週、ちょっと梅雨入りしましたが、きちんと雨降ったのは今日が初めてじゃないでしょうか。

紫陽花が咲いてますね、近所の親水公園で眺めてきました。





じめっとした季節ですから、しっとりとした話題を選んでみました。
「うまくいかないときの処方箋」とでもいいますか、ダメなときは無理しないで流れに身を任せることも選択肢の一つなのかもしれないという例をいくつか挙げてみます。

取引先の担当者が、すごい自分勝手なくそったれに変わってしまったら、、、
そんなときは、まわりに悪口をしまくるのではなく、取引量を減らせないか、だまって考えます。
そいつとはできれば話をしたくないので、関わらないのがベストです。
聞こえないところでは「あーすほーる!」と叫んでますけどねwww

コンサートの予定があるのに、急な残業が舞い込んだら、、、
なりふり構わず周りに頼み込んで、段取りしてなんとか切り抜けます。
レストランとかなら時間ずらすだけなんだけど、代えの効かない時空は、仕事ごときで狂わされてなるものか、と強く考えます。

嘘がばれたら、、、
原則として、しらを切り通す!!!のです。
黙秘は正当な権利です。
追及なんて無視するのですが、某知事のようにマスコミが調べ上げて動かぬ証拠を突き付けてきたら、もう観念してさらなる調査に協力するしかないのではないかと思います。
無意味な言い訳はしないほうがいいですね。
認めるべきは認め、誠意ある対応、身を切るけじめ、反省アピールをばれないように。

とにかくついてないときは、、、
外出を控えます。
寝てるのがいいとおもいます。
ついてないときって、うさばらしに外で飲んでると、トラブルがおこりますから、飲むなら家で。

根本的には勝てる状況を整える必要があるのですが、ときには状況がわからなくなるときもあるので、そんなときにひとまず態勢を立て直すケースです。

私はあいかわらず全般的に好調で、いいこともわるいことも楽しんでますけど、性質の悪い出来事は小さな芽のうちに対処してしまうようにしています。

まあ、今日の話題は真剣に書いてませんから、話半分以下ぐらいで笑ってください。
早いもので5月も終わりです。

経済センサスの調査依頼が来ました。
自分の会社を含め、数社について回答します。
私はWEBで回答しますが、紙の書面でも回答できます。
その場合は調査員が回収に来ます。
管轄は総務省と経済産業省です。

調査員に幾ら報酬渡してるんでしょうか、行政は無駄が多いですね。
日本は、世界的に見て暮らしやすいと思いますが、もっとガバメントにはがんばってほしい、できるはずだから。
(個人的な見解ですが、、、アメリカは経済的な余裕がないと本当に厳しい社会です。ヨーロッパも税金高いです。活気にあふれて物価が安い東南アジアも病気になったら大変です。)

歳入庁のような強力な組織に一元化して、申告、社会保障、住民サービス、経済統計、これらを法人ナンバーで管理すれば、無駄が省けるうえに、さらに精度もあがります。
高齢化社会の中で人口が減っていくからには、AIをはじめ高度な情報処理とオートメーションを活用していかなければ、財政は破綻します。
消費税の引き上げは、いずれ必要だとは思いますが、今は時期ではないとも思うけど、延期するのであれば、徹底的に合理化・効率化していかなければならないのは自明でしょう。

すこし、勝手な推論を、個人的な見解を並べてみたいと思います。

イノベーション、技術革新は、思い切って予算をつぎこんで推進してほしい。
特区について、東京都みたいな広い範囲ではなく、臨海副都心を基本6法以外は無効にするぐらい徹底的な規制緩和して、犯罪以外は何やってもいいぐらいに、破廉恥な自由奔放、例えば全員裸でくらしてみたり、自動運転解禁してみたり、電力などのエネルギーも自然エネルギーでまかなってみたり、まずやりたい放題やってみて、そこから本当に必要なルールを整備していく、帰納法で積み上げてみてはどうだろうか?
プライバシーは最大限保護してほしいけど、自然環境なんかも保護してほしい。
ごみ屋敷問題なんかを考えると、ルールなき自由はただの公害である。
何を守り、何を捨てるのか、いかに努力するのか、やはり自由な競争のなかで磨かれた本物であるべきであろう。
おそらく、コミュニティの総意として求める利潤は、金銭的なものばかりではないのであろう。
それしか測定する基準がないからなにもかも金額で計測しているが、GDPというのは本当に尺度としてどうなのか、あくまでもひとつの参考資料にすぎないのだろう。
行政組織の制度設計は、時代のニーズに合わせて変わるべき、だから変えていくべき、大阪都構想に賛成である。


熊本産のスイカをまるまる一個、買ってきました。
甘くて瑞々しくて、とってもおいしかったです。
熊本地震では、私の姿勢としては、とりあえず緊急にはだまって義援金、そして復興段階になったら、できるだけその産地の産品を購入することで、忘れないということなのかなと。
福島のもも、三陸の海産物、少し忘れかけてたけど、宮崎の口蹄疫もまだ元通りにはなってないはずなので、来月は九州産の和牛でも食べに行こう、なぜなら、その店の肉が本当に旨いから。



核兵器なき世界、world without nuclear weapon!、一歩でも実現に近づいてほしいと心から願います。
自分探しの旅を妥協なく続けていくために、今日もまた恥をかく。

成長の物語でもあり、スパイダーマンやスターウォーズのテーマだったりもする。

人は、他人を理解することはできるのだろうか?
自分自身のことすらわからないのに、無理な気もするし、半分ぐらいは共感できるのかもしれないし、幸福な一体感にまで達するの尾かもしれない。
人の気持ちとは複雑なもので、明暗ときにはグレー部分も同時に抱え込むものである。

よく、「心は真っ白」みたいなことを言う人がいるが、私は決して信じない。
それを、信じたい気持ちもわからないでもないが、人間はだれでも矛盾をかかえていると考えるリアリストなので、基本は懐疑的である。



懐疑の視線のその先に、ともに苦労して登った峠のその先に、求める何かがあるように考えるが、その答えは何度トライしてもわからない。
明るすぎて見えないのか、探し求める生命のイズミは、岩の影が雲が風が遮るのか、今その姿は見えない。

ただし、真剣に向き合った時に、どうしても次のステップへ進むときに、暗闇に光をあてなければならないときがある。
暗部に強い光を当ててしまうと、痛いし苦しいときもあるものだ。
おそらく、ここを乗り越えたときにだけ深い信頼関係は醸成されるのだろうと経験が教えるのだ。
腫れ物に触るような人間関なら、長く続けることはできないだろう、すくなくとも神経質な私には無理だ。

普段は押し通さない意地を張ったことにより、感じていた違和感の正体らしきものがぼんやり見えた気がした。
私はこの目でその正体を直視したい、たとえ失明することになっても。
まあ、軽いやけど程度はあったけど、甘酸っぱい興奮は感じた。
正義なんてものは人それぞれ、また、真実というものがあったとしても、光の反射で違って見えたりもするのだ。
今日はどういうわけだか、耳障りのいい偽善という名の保護フィルターではなく、もっとも意地悪く冷徹に屈折する、強力なフィルターを通して、身勝手な正論を貫き通した。
朝からついてないけど、ひとつわかっていることは、弱い姿に世間は冷たい、見せかけの優しさは下心があると考えておいてほぼ正解だ。

今日の苦い記憶を留めておこう、いつの日か優しい光が当たることもあるかもしれないから。


甘酸っぱいザクロの花が咲きました。




どくだみ茶で解毒して、明日もさわやかな青空の下、あれこれ弱さも武器にてんじてみたり、仕事をこなし、汗をかいて、恥をさらして、それでも強く生きていこう。



この可憐な白い花が好きだ。