学生時代、ギンズバーグの詩「HOWL(吠える)」を読みました。
最高にポップでぶっ飛んでる印象を受けました。
※北米の野生のオオカミの赤ちゃんが遠吠えの練習中。かわゆすぎです。
さて今回はITに対する遠吠えを殴り書きしてみたいと思います。
私はAIロボティクスは基本的に良いものと思います。
もちろんわからないことも多く、欠点もあります。
例えば、IoTやAIは人種的なバイアスがかかるようです。
アメリカのある州で就職の選考にAIを活用したところ、白人男性ばかりが目立って採用になったようです。
さて、AIは万能ではない、だから使うのをやめよう、と短絡的に向かわないでほしいのです。
もちろん、こうした重大な欠陥に対しては、なにかしらの修正が必要だろうし、補完する技術で悪影響を減免できるかもしれません。
人は生きてるだけでリスクを抱えているのだから、ベネフィットとの比較検討で決断するしかないのだから、少しでも有利な選択を繰り返すべきです。
間違えたら修正すればいいのです。
自動運転もおなじことです。
じじいどもが事故起こすのを放置するより、そもそも自動車運転免許なんか必要ない世界で暮らしたいと思います。
楽しみとしての運転はゴルフ練習場と同じ感覚でサーキットで楽しめばいいのです。
普段の生活では無人運転のバス(タクシー)がぐるぐるまわってれば駐車場もいらなくなって自然豊かな人間らしい生活が実現するかもしれません。
「姥捨て山」実験おおいに結構、とにかく新技術で安全な街を特区でつくってみたらいいのです。
いきなり全土ではむりだろうから、東京湾の島でやってみたらいいのです。
品川駅までシャトルバスが循環して、まるでエレベーターみたいな感覚で自宅から新幹線乗り場までいけちゃったら、いいですよね。
息苦しかったら引っ越せばいい、つまり、不便がいいというひとは、自己責任で電気もガスもない山奥で暮らすのも自由です。
すべての人に中途半端なサービスというのはよくないのです。
どっちか、ただし、あとから考えが変わったら引っ越せるように、ただし、危険込みの自由を選ぶか、すこし制限されても効率重視で高レベルの快適と安全が得られるか、どっちかです。
たぶん、どっちつかずは楽しいと思いますが、それは財産のある人だけに許される贅沢なのです。
そこまで税金や介護保険でまかなうことはできません。
同意した人にチップを埋め込んで、安全で快適な体験を味わってみたら、もう元には戻れないぐらいすばらしいとおもいます。
どうせ人間はいつかくたばるのだから、私は新しい世界を見てみたいと思います。
地球温暖化ガスの問題もそうです。
水素燃料電池を循環させるコミュニテイーをどこかに実験的につくれないものでしょうか?
私は原発許容派ですが、やはり危険を承知で二酸化炭素削減のための時間稼ぎのためだと思っています。
ベーシックインカム保証してくれたら原発の近所に暮らしてみたいぐらいです。
閾値が高めですから、深淵を覗いて深淵にのみ込まれそうになるタイプですね、よくいえば気持ちに余裕があります。
チャレンジそのものが楽しい。
デジタル資本主義時代の勝者は、エストニア、イスラエル、アメリカ合衆国、カナダ、台湾、シンガポールあたりでしょうか。
ぼやぼやしてたら相対的に貧しくなります、まあ、それも悪くないかもしれません、ごく一部、短い期間ステイしただけですけど、東南アジアや東ヨーロッパや中東地域の貧しい地区の人たちは毎日楽しそうです、私の目にはそう見えました。
コロナは良くも悪くも世界の現実を暴き出しました。
つまり、現代の黙示録あるいは福音なのです。
この状況に正面から向き合って行動した人たちはたぶんつぎの30年は繁栄します。
繁栄するだけが理想の世の中でもないし、幸せになる義務もない、むしろ清貧を生きる覚悟以上に自由な心持を知りません。
浮き沈みの波もあるし、調子の悪い時期もあります。
ワクチン打ったら10万円とかにすればいいのにね。
世の中のためになったらご褒美、アメリカのワクチン打ったら5週連続(つまりラッキーな5名)に一億円チャンスは言いアイデアだと思います。
対して、GoToみたいにばらまくのはウイルスだけのような無駄遣いは許しません。
今私が何よりも許せないのは、日本人の犠牲よりもオリンピック開催で稼ぐことの方が大事だと言い放ってるIOC会長です。
ここまでくると人種差別だしどうにも許しがたいので国際司法裁判所に提訴すべきです。
もう何が何でも五輪中止を訴えたいのです、もうこれは宗教的とも呼びたい魂の叫びです。
オリンピックはウイルスを用いたテロ事件というふうに感じます。
事実上ノーチェックの大会関係者10万人を入国させてトレースしないということは、燃料満タンの飛行機でツインタワーに突撃するのと何ら変わりません。
ワクチンは遅れちゃったのはもうしかたないので、過ぎたことは今さら言いません。
とにかく、実験でいいから、国産ワクチンのモルモットになるから、私に一刻も早く打ってくれ、と思います。
たぶん今回の新型コロナはRNAタイプのウイルスだから、毎年ワクチン打つことになります。
国産、開発はどこの国でもいいけど、ライセンスでもいいから安定的な国産が重要だと思います。
私はアストラゼネカでもOKなので、希望者に対して築地の大規模会場はアストラゼネカにすればいいのでは?
私は希望します、そうすればどうしてもファイザーがいい人の予約もすこしは取りやすくなりますよね。
まあ、私一人ならニューヨークに打ちに行きたいのですが、同居の老人を置いてはいけません。
いいニュースもひとつあります。
同居の老人の予約がとれました、そうです、ほんのすこし希望が見えてきました。
がんばって繰り返しトライして、電話で予約が取れました。
まずは予約希望の受付で必要事項を確認して、その日は電話を切り、順番待ちで後日連絡が来ました。
2回とも日程を病院の方で決めてくれました。
大変親切な対応で、時間の融通はききました。
ちなみに2回目は7月29日です。
最初から、もう役所の都合で日程決めておけばよかったんだよ、大規模集団接種なんだから。
都合の悪い人だけ個別の事情でキャンセルや日程調整だけにするほうが、すべての人がゼロから予約取るより効率的です。
多くの住民は有給休暇とったりして協力してくれると思いますよ。
全員までには時間かかるだろうけど、希望者の6割までは公平性よりもスピードで動いてほしいと思います。
まあ、どうでもいいことですが、私はできることならひとりでも多くの人がより幸せだと思えるように願ってます。
でも、人生は苦しいことの方が多いぐらい、でも生きてればいいことあるって楽観的に思ってますから。
どうにもならないことは諦めて、できることをがんばろう、同じがんばるならより正しい(であろう)努力をしよう、と主張したいのです。
私の夢は、鯨の回遊する海辺の町で、保護犬と暮らすことです。
夢というのは、叶う夢もあれば叶わない夢もある、そこが夢の良いところです。
叶わぬ夢ほど追いかけがいがあるのですからね、私は今が十分満足(つらい現実もまるごとひっくるめて!)ですから、万馬券を夢見て疾走する馬の美しい姿に感動したいのです。
蝶々の夢、青い鳥、あるいは深淵を覗き込むチャレンジ、どの道を進むことになるのかわからないけど、どれもありなのではないでしょうか。
自然に無理なく身の丈で生活し、うまいクラフトビールがあれば楽しい、もしかしたら望むすべてとはいわないけど、いいね、と軽く笑えると思います。
ないものねだりより今このときを全力少年♪

