永劫回帰 -67ページ目

永劫回帰

価値なき存在

 
 
 
 
さてさて、以前消えた記事と発狂していたのがこれです。書き上げて後から誤字脱字をチェックしようと下書き保存したところ、エラーとなり記事が消滅してしまったという。もうすっかりブログをヤル気がなくなってしまったのですが、なんとか持ち直してブログの更新を開始しております。しかしこの記事はなかなか書き直す気になれず、画像だけの状態で放置しておりました😅 そろそろ書くかなという気分になったので思い出しながら進めてみましょう。因みに訪れたのは昨年真夏の7月でした。
 
 
 

 

前回の徘徊で見た五龍神結界が気になっていたので、またまた飛田周辺を彷徨いてみました。嘆きの壁の追加情報ですが、あれから少し調べたところ壁が撤去されたのは昭和39年の東京オリンピックの時だそうです。家屋の間や目立たない部分はそのまま残されたのでしょうね。

 

 

そして今回はこの地域を守っているという天龍、金龍、銀龍、白龍、黒龍の五龍大神を巡ってみましょう。それにしても五龍大神って、スーパー戦隊ヒーローみたいwww 龍神戦隊ケッカイジャー!!🤣

 

飛田新地の北門にある五龍大神 白竜大明神の立派な鏝絵の隣に五龍神結界の説明がありました。

 

 

 

 

ふむふむなるほど、明治末頃までこの辺りに大きな池があって大蛇🐍が住んでおり、水神として崇め池の周りに天龍、白龍、黒龍大明神の三つの祠を建てて信仰したのが始まりとのこと。この周辺に良水の湧く井戸や水脈が多いのは以前に少し触れた上町断層の影響でしょうね。

 

 

 

先ずは新開筋商店街を歩いて一番近くにある白龍大明神へ向かいます。白竜大明神は飛田新地料理組合、飛田新地協同組合のある飛田会館の敷地内にあり、門扉が開いていない時は直接参拝することはできません。飛田会館については下記リンクの S.Lさんが SMILE LOG に詳しく述べられています。

 

 

 

 

実にこじんまりとした祠に白竜大明神と共に末廣大明神も祀られています。元は会館の屋上に祀られていたそうです。

 

 

 

続きまして、商店街を抜けると直ぐに天龍神社・神宮寺五龍院があります。

 

 

小さく細長い敷地で神職の方は常駐されていませんが、とても綺麗に管理されています。

 

 

 

銀龍大神の近くにあった金龍大神が再開発で行き場を失くし朝護孫子寺に納められていたのを、改めて御迎えし天龍大神と共に祀られています。神宮寺五龍院とありますから今は神仏習合な感じでしょうか。

 

 

 

天龍神社の脇の断層崖沿いの細道を北へ上がると黒龍大神です。

 

 

大阪公立大学医学部附属病院の真下にあり、断層の影響で前の道はかなり急な坂道となっています。

 

 

 

大池がどの辺りにあったのか明治期の古い地図を見ると、阪神高速道路の高架前にある大阪市立金塚小学校の場所にあるのがそうでしょうか?とすると由来について書いてある「かみやまとばし」の標示石があるのは変な気もしますね🤔 地図にも小川らしきものは載っていませんし、むしろ銀龍大神のほうが近い。

 

 

 

「かみやまとばし」の親柱?かなり立派ですね。どうやら直ぐ脇に移設されているようです。

 

 

 

後ろには昔、崖の上と行き来した階段の一部が残っています。

 

 

 

狭い神社の中にある石碑。一ツ〇旧跡と彫ってあるようですが、〇の字が何かは読めませんw

 

 

 

石碑の下にあるレリーフは蛇?龍?と犬?尻尾が長いから虎?が争っている?その下は猪?何か言い伝えがあるのかしらん。裏側に「参は猛悪にして血を好み 羅睺は災害を招ぶ」とか彫ってありそう😁 暗黒神話かよwww

 

 

 

背後は断層崖の途中の斜面。阿倍野水というのは崖からの湧水を指していたのでしょうね。

 

 

 

また南下して飛田新地を過ぎ進みますと、阪神高速道路の高架前のマンションと金塚小学校の間に、ひっそりといった感じで銀龍大神が祀られています。

 

 

こちらも再開発の為に何度かの遷座を経てこの地に落ち着いたようです。小さいながらも立派な祠ですね。

 

 

 

神鏡が御神体なのでしょうか。綺麗に手入れされています。

 

 

 

こうやって小さな祠を巡ってみると、それぞれに紆余曲折がありながら地元の人たちに大切にされていることが、よくわかりますね。

 

 

今回巡った五龍神の位置を地図に示しました。

①黒龍大神

②天龍大神

③白龍大神

④銀龍大神

⑤金龍大神(この位置は五龍神結界の看板からで、現在は遷座し天龍大神と合祀されています)

 

 

 

明治期の地図と重ねてみました。

 

※時系列地形図閲覧サイト「今昔マップ on the web」(C)谷 謙二 より作成

 

創建された当初の場所から動いていないのは黒龍大神と天龍大神だけで、白龍大神は黒龍大神と天龍大神の中間辺りの東側にあったようです。銀龍大神と金龍大神は何度も遷座していますが、創建時は池の近くに鎮座していたのは間違いないようです。※小学校の敷地にあるへの字型が稲屋池(金塚池とも)で、五龍神結界の説明板と黒龍大神の由来にある大きな池に当たるのでしょうね。

 

この五龍神結界のおかげでこの辺りは戦災を免れたと言われていますが、米軍が空爆しなかったのは戦後進駐した時の兵士の●処理を考えてのことだったのではないか?と思うのは捻くれた見方でしょうかw 苦界の結界としては実に優秀やと思いますけろ🤣

 

 

 

さて五竜神結界を訪ねたあとは、飛田新地を少しぶらぶらしてみましょう。

 

 

以前も見た鯛よし百番に行ってみましょう。

 

 

 

なかなかに派手なようで落ち着いているような不思議な雰囲気です。

 

 

 

妓楼建築として登録有形文化財に指定されています。いつか中も見学したいなあ。

 

 

 

登録有形文化財の説明板。

 

 

 

隣の洋風建築と繋がった不思議な造りです。

 

 

 

モダンな洋風建築は後からの増築でしょうね。

 

 

 

後ろは和風建築なんですよね。正に和洋折衷😄

 

 

 

阿倍野区へ戻って飛田新地を見下ろします。ここはもう廃業しているようです。飛田新地の料亭もどんどん少なくなっているようですね。

 

 

 

では天王寺駅方面へ足を延ばしましょうか。

 

 

キューズモールから眺めるチンチン電車。路面電車はいい風景を創り出しますよね。

 

 

まだまだ歩きます。天王寺駅前から新今宮方面へ。

 

 

ビル前の花壇に鉄人28号がいてはります(笑)

 

 

 

雑草が茫々で尚且つ二重にフェンスで囲まれた「てんのじ村記念碑」は関係者以外立ち入り禁止なのでしょうが、手入れくらいしたらええのにね。

 

 

記念碑には上方演芸発祥之地とありますので、芸人の町と呼ばれた所へも寄ってみましょう。

 

 

左下が今も残る芸人長屋。あべのハルカスや大阪公立大学医学部附属病院との対比が何とも言えません。昭和の哀愁が漂っていますね。

 

 

 

戦後、この狭い山王(天王寺村)地区には芸人が400人程住んでいたそうです。わたしの知っているところでは、人生幸朗、かしまし娘、ぴんからトリオ、横山ホットブラザーズ、中田ダイマル・ラケット、ミヤコ蝶々など、昭和に活躍した芸人さんがここで暮らしていたことがあるんですね。

 

 

 

そろそろ足も草臥れてきましたし、夕刻も近いことですから阪堺電車の新今宮駅から移動して、おでんでも食べにいきましょうか。

 

 

新今宮駅、アートな駅ですねwww

 

 

 

チンチン電車を待っていると駅横のコンビニ前で怒号が飛び交っていましたが、これもまたこの辺りの日常のようです。ホームにいる人は誰も気にしている様子はありませんwww この刺激的なちょっと危ない街に皆さんも是非お越しくださいませ。あっ、自己責任でねwww