せっかくなので南端も見に行きました。以前は壁の痕跡が確認できなかった飛田新地の南端ですが、家屋が撤去されていたので壁が現れていました。この直ぐ隣が南海電気鉄道平野線(廃線)の飛田停留場跡で、現在はフェンスに囲われた耕作地となっています。この壁が飛田停留場の前にあった壁に繋がっていたのでしょうね。
壁にぴったりと密着するように家屋が建てられていたのが分かりますね。こうやって壁を残してあるところを見ると、壁自体の所有者が別にいるのでしょうね。
北上しながら以前に確認した所を、また見て回ります。やっぱり100年も経つとボロボロですね。
こういう補修は隣接する家屋の人がするのでしょうか。
商店街に残る何気に懐かしい物。防火水槽?昔はよく見たなあ。
手前の木材は工事の足場という訳でもなさそうですが、何かを展示するのでしょうか?
この壁の右隣も無人で廃屋っぽいです。
この壁は綺麗な状態ですね。家屋を建てる時に補修したのでしょうか。
大門の辺りは遺そうとしているので綺麗にしてありますね。
飛田交番横も大門跡と共に綺麗に遺されています。
ここも鉄筋が剥き出しで風化が進んでいます。
飛田本通南商店街のアーケードを少し進むと右側に山王3丁目地蔵尊のある路地がありますが、その路地右側の建物がゴソッリと無くなり更地になっていました。そして令和に現れた壁。
出入り口の形が何とも言えませんね。扉があったのか?どんなデザインだったのか?気になります。
こうやって見ると刑務所みたいな感じです。
壁は続くよ何処までも。
破損が激しい箇所がアチコチに見られますが、それでも壊せないのは、ある種の呪縛のようにも感じられます。
ここは遊郭の外なんですが、壁を見ていると囚われているような気になってきます。当時の娼妓が同じように壁を見ていたかは分かりませんが、これを見ていたとして希望が抱けたとは思えませんね。
今はここの壁の向こうの建物はほとんどが廃業した自由恋愛の料亭跡か、居抜きの飲食店となっているようですね。
この広い敷地には何ができるのかな?そしてまた壁は封印されるのでしょうか?また折を見て訪れたいと思います。
路地の奥へ目を向けますと、例の扉がはっきり見えます。
ドアノブがないので開けられませんが、付いてたら開けようとしていたと思います😁
地蔵尊の左隣の扉は前回訪れた時にはてっきり個人の家屋への入り口だと思っていましたが、考えればこの向こうは壁ですから後年着けられた新地への出入り口なんでしょうね。でもこの造りはどう見ても玄関だよなあ😆
扉の向こうはすっかりと塞がれておりました。所謂トマソン化していますね。
前回確認した北側の最終地点の向かい側の建物をよく見てみると、その時は気づきませんでしたがこれも壁を利用してるのかな?と、はっきりとはわかりませんが位置的にそんなふうに感じました。
前回見た壁の内側の曲がり角部分の控え柱。
隣接する家屋が建て替えられていました。壁の古さがより際立ちますね。
飛田新地の案内図です。ご利用予定の方は参考にして下さい😁
新開筋商店街の古い看板。
廃業した旅館。この先も遺して欲しい昭和レトロな家屋です。
阿倍野区の道路上から飛田新地を眺めていると、なんとも風情のあるこの料亭跡の建物を内覧している人達がいました。リノベーションをして何か商売をするのでしょうか。それとも自由恋愛の料亭再開?
不法投棄をされていた空き地が、残土置き場になっていますね。日々変わりゆく町の風景。
以前伺った天龍神社後ろの荒廃した家屋とゴミの山。
なんと更地にしていました。
どんどんと再開発が進んでいるんですね。
彷徨き中に町中で見かけた何とも凶暴な面構えのイケズ石🤣 何回も家に車をぶつけられたんやろなあ。
今回は長くなりましたので、続きの「便意に耐えて上町断層をゆく!の巻」は次回へ。乞うご期待!何をやねんwww


































