永劫回帰 -30ページ目

永劫回帰

価値なき存在

 
 
 
旅を企画した頃は終の旅のつもりでしたが、いろいろとあって始まりの長旅に出ることにしました。
 

 

 

空港で朝食を食べ、プロペラ機で北上。2時間弱で到着。

 

 

 

空港から青森駅へ。昼時となり向かった目当てのラーメン?屋は営業中の札もそのままに閉まっていた。隣の店の美味いヱビスありますの張り紙に釣られて入店。些か量が多いかと思いながらラーメン焼売セットを注文。手作り焼売がとても美味しく残さず食べてしまった。ラーメンも昔よくあった懐かしい味で良し。ヱビスビールも勿論いただきました。お店は「錦木惺」と言いますが、惺の字が変換でなかなか出て来ないという😅

 

 

 

昼食後に雨の中、駅からほど近い場所を彷徨いてみることに。

 

 

 

おっ、これは!好物の昭和の薫る建物が目を惹きます。

 

 

 

ディープな雰囲気と生活の匂いが漂う裏通り。プライベート直結の様な気がして、入ることが躊躇われました。

 

 

 

看板ゲートのある、こちらが表通りでしょうか。ここは昭和の歓楽街「第三新興街」。ほとんどの店が営業しているのか、していないのかは昼間の風景からは判然としませんが、夜に来れば生き生きとした街なのかもしれません。

 

 

 

雨で雰囲気が増しているとはいえ、昭和生まれには何か取り込まれる様な懐かしさを憶えます。

 

 

 

何と言えばいいのか?違和感があるなぁと歩きながら思ったのですが、気付いたのは2階の低さ。入り口扉の直ぐ上が2階の床のように見えます。特に左側の古い建物は目立って低い。

 

 

 

2階の下部が張り出しているのも特徴で、高身長の人なら頭をぶつけそうに感じます(実際には大丈夫かな?)。これって雪避けの意味があるのでしょうかね。

 

 

 

雪掻きのスコップが、雪国の生活感を漂わせています。「おかあさん」「富美子」の店名から女将やママの姿が想像できそう。

 

 

 

まだ新しそうな自転車を見ると、仕込み中だったりするのかしらん?

 

 

 

斬新なタイル貼り。看板横の立体感が良いですね。ここも張り出した2階が重そう。

 

 

 

昭和なネーミングのお店。やっぱり2階が低い。

 

 

 

 

右手は公衆トイレ。看板の支柱にパラボラアンテナがあるということは、ここは私有地なのでしょうか?

 

 

 

 

営業しているような、していないような。

 

 

 

 

廃墟?と言ったら叱られるかもしれませんが、判断に苦しむ感じです。

 

 

 

 

暗がりの奥に矢印付きの看板が見えます。夜になると明かりが灯るのかもしれません。

 

 

 

 

夜にはまた違った顔を見せてくれそうな街ですが、その時間帯に老体がお邪魔することはないでしょう。

 

 

 

 

津軽三味線の生演奏は聴いてみたい気もしますが⋯

 

 

 

 

この向こうにも嘗ては店舗があり人々の生活の場だったのでしょうね。

 

 

 

40年前の自分なら、夜に訪れて店を巡ったかもしれませんが、最早この年ではそのような元気もなく、大人の社会見学(昼バージョン)でお茶を濁すしかありません😅

 

 

 

 

夜はライブ。コロナ禍以来途絶えていた観客の声援も復活しており、漸くまともな世の中になってきたなと感じました。人間つくづく愚かしいことを妄信してしまうものだなと当時狂人扱いされた身としては、自分たちがやったこと、他人に強制したことを反省してもらいたいと強く思います。まあ日本人は同調圧力、ムラ社会が大好きなスパイト民族だから致し方ないのでしょうけれど。

 

 

 

 

ライブ帰りに立ち寄った蕎麦屋。今回で3度目になりましょうか。氷魚の一夜干しを肴にビール、地酒でゆっくりと時間を過ごします。

 

 

 

 

明日からも予定が続くので、アルコールは程々にして蕎麦をいただきました。おろし蕎麦美味しゅう御座いました。

 

 

さて、明日は青森をもう少しウロウロしてから北上します。この旅も人生の旅ももう少し続くようです。

 

 

 

どうなったって どうなったって
この歌が終われば
どうなったって どうなったって
この旅が終われば
どうなったって どうなったって
もういいよ
どうなったって どうなったって