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永劫回帰

価値なき存在

 
 
 
 
小樽市総合博物館本館へは手宮口から入るのが近いと運河館の受付の人に教えて貰ったので、旧手宮線の線路をテクテクと歩きます。
 
 

 

途中見かけた石造りの家屋は、出入り口も塞がれており煙突も折れて残念な姿に。何かに利用されて残ると良いのですが。

 

 

 

手宮駅が近いので線路も複線化しています。陽が傾いて来たので影が長くなりました。

 

 

 

線路を歩く高校生カップル。良いなあ、青春ですね☺️

 

 

 

15時丁度に博物館本館へ手宮口から無事入場しました。直ぐに目に入るのが手宮駅(貨物駅、旅客用の手宮駅は旧渋澤倉庫の近くにあった)ホーム横の転車台です。

 

 

 

広い屋外に北海道で活躍した鉄道車両が多数、静態展示されていました。屋外の展示場は人っ子一人居なくて、貸し切り状態でしたが、得した様な、寂しい様な、少し不安の様な不思議な気持ちになりましたね ( ˘•ω•˘ ).。oஇ

 

 

 

で、展示車両を覗くと、Σ('ω'ノ)ノ!ギョッ!人が•••、こういうのは本当に驚いて腰を抜かしそうになります💦 うわって声が出ましたよ😅 人形って何か怖いんだよなぁ。人間はもっと怖いけど ( ̄▽ ̄;) ハハハ…

 

 

 

鉄道事故の救援車。

 

 

 

資材等が搭載されています。

 

 

 

工具類も整理整頓されて、現役の頃宛らですね。

 

 

 

ん?何でプレスリー?と思ったら石原裕次郎でした。閉館した石原裕次郎記念館からの寄贈でしょうかね。

 

 

 

北海道鉄道開通起点(ゼロ・マイル)を示す標柱。

 

 

 

北海道の鉄道起点が此処だとは知りませんでした。

 

 

 

機関車庫一号は明治41年竣工。昭和初期に左側の3庫が解体されますが、平成8年に復元されています。

 

 

 

こちらの機関車庫三号は明治18年に竣工した、現存する日本最古の煉瓦造機関車庫です。

 

 

 

機関車庫一号、三号、転車台は国指定重要文化財。

 

 

 

「国鉄キハ01系気動車」ローカル線の為にバスの設計で、バス用ディーゼルエンジン搭載で製造されたレールバス。

 

 

 

レールバスの内部。北海道で多く走っていた様ですね。

 

 

 

「大勝号(7150形)」明治28年に北海道炭礦鉄道手宮工場で国産蒸気機関車第2号として完成。現在見る事の出来る最古の国産蒸気機関車です。鉄道記念物に指定されています。

 

動態保存の米国製蒸気機関車が夏期(4月末〜10月中旬)に屋外展示場の中央駅ー手宮駅間を1日、2〜3往復していますが、この日は残念ながら運行期間を過ぎており、車両も見当たりませんでした。扉の閉まっていた機関車庫に入っていたのかな。

 

 

 

「キ601ロータリー式雪掻き車」大正12年にアメリカで製造されたものを輸入。準鉄道記念物に指定されています。巻き込まれたら*挽き肉ミンチマシーン状態だなw 動物との衝突事故とかありそう。

*挽き肉ミンチマシーンは荒木飛呂彦作『死刑執行中脱獄進行中』に出て来ます。

 

結局、屋外展示場では誰とも出会いませんでした。

 

 

 

軌道自転車とでも言うのかしらん?


館内の展示場も人が少なかったですね。平日はこんなものなのかな。

 

 

 

明治25年に北海道炭礦鉄道手宮工場で製造された道内製造第1号客車。1等客車「い1号」鉄道記念物に指定されています。

 

もう少しゆっくりと見学したかったのですが、「手宮洞窟保存館」へも行かねばなりません。正面入口を出て道路を渡ると直ぐにあると言っていたので向かいましょう。

 

 

「手宮洞窟保存館」も小樽市総合博物館の共通入館券で入ることができます。

 

 

 

「手宮洞窟」は慶応2年に鰊番屋建築用の小樽軟石を探していた石工の長兵衛が偶然に発見します。洞窟内の岩壁に刻まれた文様は、明治11年に榎本武揚に由って学会に紹介され、英国人地質学者ジョン・ミルンや開拓使、渡瀬庄三郎等が学術的な調査を行ないました。洞窟に描かれた陰刻画は約1600年前の続縄文時代に石斧等で刻んだ後、磨いて仕上げたと推定されています。国内では、この様な彫刻はフゴッペ洞窟にしか発見されておらず、嘗ては此れを文字と考える解釈もありましたが、現在では類似の物がシベリアや中国、朝鮮半島でも発見されており、日本海を囲む大きな文化圏が存在したと考えられています。アイヌ以前の先住民の遺した物なのでしょうね。大正10年に国指定史跡となり、昭和61年から保存修理事業が開始され、平成7年に「手宮洞窟保存館」が完成しました。

 

彫刻壁画はカプセルで保存されており、薄暗く距離もある為に中々判別が難しかったです。まあ、館内が全て暗いんですけどね😅

 

 

 

全体図と見比べて何となく判ると言った感じでした。しかし、この彫刻の画は普通の人らしき姿は無く、人外の異形(第一印象はトリフィド?でしたw)ばかりに思うのですが•••、何かの呪術や儀式の装束みたいな感じなのでしょうかね。それとも神や異星人、異次元人の降臨を描いてるとか? (ΦωΦ)フフフ…

 

そうそう、楽曲「小樽のひとよ」の2番の歌詞に出て来る “古代の文字” はこの手宮洞窟の彫刻画のことだそうです。

 

 

洞窟保存館を出て少し歩くと旧手宮鉄道施設の「擁壁」があります。

 

 

 

明治44年に手宮駅近くの岩壁に石炭積み込みの為の高架桟橋が造られ、その支線の路盤を支える為に「擁壁」が設置されました。支線は手宮洞窟の上を通り高架桟橋へ繋がっていました。高架桟橋は昭和19年に廃止され、昭和36年に全て解体撤去されました。関連する施設は「擁壁」が唯一残るのみです。

 

 

 

煉瓦積みの「擁壁」は長さ85mで国指定重要文化財です。植物や樹木の葉が枯れる冬季には、全体が見渡せる様ですね。

 

 

 

「旧右近倉庫」明治27年築。窓の上の妻壁の屋号「//」は北前船主・左近権左衛門の店印「一膳箸」結構大きな倉庫で迫力があります。現役の倉庫です。

 

 

 

「旧広海倉庫」明治22年築。北陸の海運商広海二三郎が建てた越屋根方式の倉庫。現役の倉庫です。

 

 

 

「旧増田倉庫」明治36年築。北陸商人の増田又右衛門が所有していました。現役の倉庫です。この3つの倉庫の前は嘗ては海岸で、裏手には港からの線路が敷かれており、荷物の輸送と保管に最適な場所だった様です。

 

 

 

運河の北側突き当りにある企業の物流センターです。煉瓦造りで良い雰囲気ですね。

 

 

そろそろ日が暮れそうです。お昼ご飯を食べなかったので、はらぺこあおむしなのでした。よし、店を探そう。

 

 

 

 

𝓽𝓸 𝓫𝓮 𝓬𝓸𝓷𝓽𝓲𝓷𝓾𝓮𝓭𓂃 𓈒𓏸